絶対にバレてはいけない異世界召喚(偽)
自分のことを異世界召喚されたと思っている精神異常者系一般冒険者。を書きたいが、かなり暗い。
世界は脅威に満ちている。王城の地下、永く使われていなかったであろう黴臭い密室で、宮廷魔術師ニグ・セゼレアは再度ソレを認識する。
枯渇してなお魔力を抜かれ、存在から崩壊を起こし、もはや人であったかどうかすらの判別すらつかない肉塊が、魔法陣の中央で幾重にも重なっていた。
無論魔王や魔獣、魔族の仕業ではなく、我々人類の……さらに言うとこの王国の、宮廷魔術師の仕業である。
「異世界召喚なんて、本当に可能なんすかねぇ?」
「……補佐官君、それを口に出してはいけないよ。それは、この方々の生命への、侮蔑になってしまうから」
セゼレアは悲痛に微笑む。本当は解っている。それでもなお、その先を口にすることは憚られた。
「そもそも異界の扉を開くのに、この量では魔力不足でしょうよ。王より賜られた人柱は奴隷奴隷罪人浮浪者……まともに考えてリソースが不足してるっすよ」
魔法陣上の肉塊が発光し気化していく。魔力を絞り尽くし、さらに存在までをも搾り取ったのだ。
拘束した次の生贄を魔法陣に乗せ、術式を紡ぐ。
――怒号、悲鳴、懇願。絶叫。
枯れ果て、溶け落ち、また新たに肉塊が生成されていく。
――――。
「……ねぇ、セゼレアさん」
「なんだい、補佐官君」
「……もう、やめません?」
知っている、解っている。一昼夜が経過してなお進展が見えない、この術式が成功する見込みが少ないことを。大規模な構築術式を維持するために、補佐官は右足と左手を、宮廷魔術師セゼレアは両腕と左目をも魔法陣に捧げていた。即座に止血と止痛したとはいえ、足元は赤で染まっている。
「他の国が成功した術式を部分的に盗み出して、それを多少補ったところで絶対失敗しますって。魔力も足りない。他の国がやってくれてるんすよ?僕達が戦功のレースに乗る必要なんて、何処にもない。国王の面子とエゴっすよ」
最初から期待が薄い試みだということは、誰の目から見ても明らかだった。故に提供される人員の質が低く、宮廷魔術師団の中でも比較的若輩の彼らが任命されたのであろう。
「……外交としてのカードが、少しでも欲しい側面はあるのだろう。そして我々はそれに逆らえない。だけど、世界は脅威に満ちている。それは事実だ。
私にはもう腕が無いからね、残りの生贄をこちらに配置してくれないか?」
残りの拘束台に目を配る。残りは1人。ボロ布を纏って鎖に繋がれた少女。碌でもない人生のオマケに、本当に碌でもない死に様だ。どうせ二束三文で買われた命なのだろう。
「貴方の尊き犠牲に感謝致します」
この少女を供物にした所で、魔力は目標値の7割。たとえ宮廷魔術師であるセゼレアと補佐官の命を捧げたとて、8割強といった所が精々だろうという事は、もう幾分か前には認識していた。与えられたのは失敗か、全滅か。さもなくば奇跡的な成功か。
神を信じていれば奇跡を祈るという選択の元信仰に逃避出来たのだろうが、生憎セゼレアも補佐官も無神論者だった。
「おっと、術式構成が揺らぎ始めたね。差し出せるのは下半身か、心臓か……」
瞬間、セゼレアの脳天に衝撃。補佐官の青年が、宮廷魔術師の頭を残った右手で殴りつけていた。
「死ぬ気っすか!」
「……そうだよ。この方々の死に報いるには、それしかない」
セゼレアは起き上がれず、地面に這いつくばったまま、淡々と答える。肉塊に残った眼球と視線が合う。向こうは死んでいるので、視線と言うには語弊があるのだろうが。
補佐官は、部屋中央の魔法陣に背を向け、ぽつりと呟く。
「一つだけ、方法があるっす」
中止して裏切って逃げる。無理だ、この負傷では逃亡が制限されている。故意に蓄積した魔力を暴走させて爆発する。無意味だ、諦めの末の心中に過ぎない。
「今から3人が生き残れる方法があるとしたら……どうします?」
「……聞こうか」
その夜明け、ようやく血色の儀式は終わりを告げた。