第5話
このところ、泰斗は旧ダイヤ国に入り浸りだ。
それは言うまでもない、あの塩の水たまりに浮かび上がったロボットと、完全防水機能を研究するためだ。
くだんのロボットは、人が乗って操縦するようになっている。
それについては、クイーンシティとダイヤ国の研究員はかなり不思議に思っている。
「なんでわざわざ人が入って動かさなきゃ、ならないんだ?」
実のところ、ロボットテクノロジーにおいては、クイーンの技術をしのぐものはない。
終わらない戦闘にも絶望せず、彼女たちは研究に研究を重ね、強靱で軽く素早く確実に移動し、100%攻撃を防ぐと言う信念の元、人型護衛ロボットの開発に力を注ぎ、戦争から人を守ってきた。
人が乗ると言うことは、それが破壊されると命を失うと言う事だ。
平和を願う彼女たちが、ましてや人以上に動けるものを作る技術があるのに、そんなものを作るわけがなかった。
「それにしても、あんまり機動性が良くないね」
「大きすぎるし重いし、その上人が入ることで、余分なところに余分な力がかかってしまうんでしょう」
「うーん。でもさ、もっとここのパーツを見直せば……、えーと、ちょっと考えてみる」
「はは、泰斗さんにかかれば、きっとそのうちすごいのが出来ますよ」
なんと。
あれから数日で、ダイヤ国クイーンシティ共同研究チームは、塩水浸しになっていたロボットを綺麗に拭き上げ、修理し、再び人が乗り込んで動かせるまでにしていたのだ。
それもこれも、開いて壊れていた座席部分以外のパーツが、水浸しだったにもかかわらず、すべて起動したからだ。
防水の技術に関しては、このロボットの方がクイーンより何枚も上手だと言う事だ。
また泰斗は、このロボットを作った人にも興味があった。
なぜなら、ほんの小さな動きのひとつひとつにも気を抜かず、心を配っているのがわかったからだ。乗っている人の安全を第一に考えて、しかも乗っている人が快適に運転出来るようになっている。
座席が壊れていたのは、緊急用の脱出装置が働いたと言う事だろう。
「どんな人が作ったんだろう。どんな人が乗ってたんだろう」
そんなことにも思いをはせ、出来ればいつか会ってみたいと思う泰斗だった。
さて、場所は移って、ここは塩の水たまり。
ロボットが発見された後、またそこは静けさを取り戻していた。
その間に、現場から少し離れたあたりに建物が建築され、またそこに新たな移動装置を設置し、第三拠点とすることとした。
「ふうー、これで、移動が楽になる」
丁央は、移動装置の試運転があるとわかると、誰よりも早く参加を表明して、今日はそれに乗ってやってきたのだ。
「国王様のご到着、だな」
「遼太朗。お迎えに来てくれたのか? 嬉しい」
わざと身体をクネクネさせて喜ぶ丁央をあきれて見ながら、遼太朗は答える。
「ああ、そうだ。だが、お前じゃないぞ」
と、丁央の後ろにある荷物を指さした。
「あ、これねー。どうしようかな」
「丁央」
はあ、とため息をつく遼太朗に、「すまんすまん」と謝って、彼に荷物を渡した。
その場で荷物の中身を確認する遼太朗。それは、かなり昔の資料の数々だった。
「もうー、絶対にあるはずだって、歴史学の大先生2人が詰め寄って来るから、王宮の図面穴の空くほど調べてさ、実際の建物もぶっ壊すほどの勢いで調べてさ、図書館何日もお休みにしてさ」
「わかったよ、ありがとう、丁央」
また、わざと大変だったことを並べ立てる丁央を、笑ってさえぎって遼太朗は礼を言う。
「どういたしまして。けど、絶対に無駄にするなよ」
「あたりまえだ」
そのあと、朔の待つ部屋に一緒に荷物を運び入れると、丁央は水たまりへと足を運ぶ。
「いよう、国王様のご到着、だな」
遼太朗と同じセリフで彼を迎えてくれたのは。
「移動装置の乗り心地は、いかがでしたか?」
空間移動の第一人者、トニーと時田の2人だ。
「もちろん! 快適に決まってますよ」
その言葉を聞いて、トニーはニッコリしたのだが、時田はなぜかご機嫌ななめだ。
「どうしたんですか? 時田さん」
「うん? 何だかまたよからぬ事を考えてるらしい」
驚く丁央が時田を見ると、腕組みをして難しい顔で塩の水たまりを眺めている。しばらくすると、うん、とひとつ頷いて言った。
「よし! 決めた! やっぱり新しい移動部屋を作る!」
「え?」
「あの、天文台型移動部屋は、すごく気に入ってるんだが、やはり図体がでかすぎる。今度はもう少しコンパクトなのを作る」
「え? ええーー?!」
叫び出す丁央など眼中にない様子で、時田は続けて言った。
「そうだな。どうせなら水の中にも移動できるような奴を作って、R-4に一泡吹かせてやる。そうと決まれば、完全防水のシステムを調べに行かにゃならんな。おい、行くぞ、トニー」
勇んで建物へ戻る時田を見ながら、トニーは本当にすまなさそうに言った。
「おわかりでしょうが、言いだしたら聞かない奴です」
「わかってます。けれど」
と、そこで丁央は黙り込む。彼の頭の中では、超速で計算がなされているようだ。やがて1つ頷くと、トニーに返事を返した。
「水の中に移動できるという発想は、今後かなり重要になってくるかもしれない。協力は惜しみません、どうか納得のいくものを作って下さい」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
目を見張ってそれを見ていたトニーは、感動したように自分も頭を下げた。
「貴方のような人が、国王でいてくれて良かった」
ニッコリ微笑みながら顔を上げた後、軽く胸に手を当てると、くるりと向きを変えてトニーは時田の後を追っていった。
あの湖の出現からこちら、機械技師たちは水と悪戦苦闘している。加えて今度は、濃い塩水だ。もっと頭を抱えた技術者にとって、あの完全防水の大型ロボットはまさしく天からの恵み、だった。
「けどなあ」
丁央は喜んでばかりもいられない、と言う気持ちの方が強い。
いつまで塩の水は増え続けるのか、1体どこからやって来るのか。
1番考えられるのは、次元の扉。だが、クイーンシティ周辺にしかなかったそれが、ジャック国にもあったのだろうか。だったら、あの大型ロボットを整備して、塩水の中を詳しく調べる必要があるし、次元の扉ならやはり大昔の資料も必要だろう。
「まだまだやることは山積みだな」
「そうじゃよ」
「ラバラさま!」
いつの間にそこにいたのか、ラバラが隣に立って同じように水たまりを眺めていた。
「どうしたんです?」
「いや、リトルたちが煩くての」
答えに困る丁央に、ラバラが可笑しそうに言う。
「こことダイヤ国とクイーンシティで、同時に星読みを行いたいんじゃが。協力してくれるかの?」
「はあ?」
「その前に、クイーンシティ旧市街にある、昔の工場跡まわりを整備しておいてくれ」
どうやらまたひとつ、いや、ふたつ、やることが増えたようだった。
そこには昔、ロボットの整備工場が建っていたらしい。
今ではそれらはとっくに取り壊され、旧市街のはずれのはずれにあたるそのあたりは、一面雑草が生い茂っていた。
「本当にこのあたりに、次元の扉の出入り口があるの?」
「ラバラさまが言うんだから、間違いないさ。」
「ふうん。じゃあ早速始めるね」
2人でやって来た丁央と泰斗が、何やらはじめようとしている。
「リトル」
泰斗が呼ぶと、どこからかサアーッと金銀が集まってくる。
「お願いするね」
泰斗のまわりをポンポン弾んでいたリトルペンタが、あちこちに散らばっていたかと思うと、一カ所に集まりはじめる。
「あ、あそこみたいだよ」
「だな」
位置を確認した2人は、今度は連れていた作業ロボを起動し、フワフワと遊ぶように浮かんでいる彼らの真下の草を刈っていく。
そしてそこから、旧市街の祝祭広場まで、人が1人通れるような簡単なけもの道を、手作業でチマチマと作っていくのだ。
「それにしても、国王がする仕事なの、これ」
「だって俺若いし、いちばん暇なんだもーん。それよりロボット工学の精鋭の泰斗くんこそ」
「だって、僕も若いし、いちばん暇なんだもーん」
ふふふ、と可笑しそうに笑う2人が暇なはずはない。
ただ、時間と労力だけを使うこんな仕事を、2人ともあまり人には押しつけたくないのだ。だからといって、無理をしているわけでもない。
「なんか楽しいね」
「うん、そうだな。そろそろ祝祭広場かな。お、もう1人暇な奴がいた!」
「何のことだ?」
こちらは広場の方から草刈りをしてきたらしい、遼太朗が眉をひそめて言う。
「遼太朗~、手伝いに来てくれたんだ、ありがとう」
泰斗が嬉しそうに言うと、遼太朗はちょっと笑って「たまたまだ」と言う。どうやらその言葉に嘘はなかったようで、広場ではステラが一角獣と戯れていた。
「なるほど、せっかくのおデートを邪魔しちまったな」
「まったくだ」
「ステラさん、お久しぶりです。お邪魔しちゃってすみません」
「いいのよ、私が次元の扉見たいって言ったの」
広場に出た泰斗が、一角獣にまとわりつかれながら言う。それを優しく微笑んで見ながら、ステラが返事を返していた。
「え? でも、なーんもありませんでしたよ?」
丁央が不思議そうに言うと、すっとステラの雰囲気が変わる。
「そうね……」
遠い目をしてどこかを見ていたステラは、うん、と頷くと笑顔になった。
「確認できた、ありがとう。で? おふたりはまだ時間大丈夫? 家でお昼をご一緒しませんこと?」
「ほんと?! いきまーす。ステラさんの料理美味しいんだもん」
「賛成!」
思いがけずただ飯にありつけるとわかった2人は、大喜びで後の仕上げを急ぐのだった。
そして。
ヴィンヴィンと、200何年かぶりにその音が鳴り響く。
次元の扉が開く、あの音だ。
「すごい、ラバラさまの指定通りだな」
祝祭広場に立って、扉を通り抜けてくる勇者たちを待ちながら、丁央は震えていた。
「国王? 震えてるぞ?」
驚いて言うハリスに、丁央はニイッと笑顔を返す。
「ひっさしぶりだ、武者震い! 本当にあるんだぜ、知ってるか?」
「ああ、なるほど」
この幼なじみの国王が、こんなことくらいでビビる訳ないか、と、なぜか楽しくなる。
彼らの目に、後ろを気にしながらこちらへやって来る、一角獣の姿が見え始めていた。