第4話
「これは、間違いなく次元の扉というやつ、だろう」
「間違いなくのあとに、だろう、は使い方間違ってますよ、直正さん」
あのあと、九死に一生を得て研究所に戻った調査メンバーは、冷えた身体をジャグジーで温めて(ダイバーと直正だが)、今は会議室に集まっていた。
「この映像を見る限り、あの大きなロボスーツが引き込まれたあたりには、なんの亀裂も見当たらない。と言うことは、やはりあのとき、どこかへ続く道が開いたと推察するのが当然だろう」
会議室に浮かび上がらせた映像を確認しながら、綴が言う。
綴は、あの状況下のなかで、引き込まれているあたりの角度や位置を見極め、映像が映せるであろう反対側の岩場に、カメラを撃ち込んでいたのだ。
今現在の様子を見ると、そこは静かに凪いだ、ただの岩場だ。
「あのあたりだけ、すごくキラキラしてましたからね」
さすがベテランダイバーは、身の危険を感じながらも状況を冷静に見ていたようだ。
「さて、だったらこのあとどうするか、だ」
「また開くのを待つ?」
「いや。海の中では危険すぎる。それよりも、」
「それよりも?」
聞き返した直正の言葉に被って、タブレットがブルブルと震える。どこからか連絡が入ったようだ。
無言でそれを読んでいた綴が顔を上げると、皆の目が彼を凝視している。特に直正と鈴丸の目はキラキラと輝いている? それに少し引き気味だったが、気を取り直して連絡事項を伝えた。
「直正たちが着替えている間に、研究所に報告しておいたんだ。それと、ちょっとした確認事項と」
「確認事項とは?」
琥珀が質問する。
「皆、次元の扉と言うのは知っているよな、まあ直正ですら知っていたんだから、間違いないだろう」
「俺ですらって、どう言う事だよ」
ブツブツ言い出す直正を手で制して、綴は話を続けた。
「それがまだ使えるかの確認だ」
「え?」
その場にいた誰もが驚きを隠せない。
「さっきのような状況が今後も続くとすれば、いくら雨の惑星と呼ばれるこの星でも、水量に限界はあると思うんだ。もし、すべての海の水が次元の向こう側へ流れ込むようなことになったら、それこそ惑星の危機だろう」
「な! 危機どころか、海水がなくなってしまったら生きていけませんよ」
鈴丸が悲愴な声で言う。
「だったら、次元の向こうで何が起こっているのか、自然なのか人工的なのか、確認しにいくしかないだろう。そしてどうせ行くなら危険の少ない、と言うか、200年ほど前までは行き来していたと思われるそこを使うのが当然だろう」
「当然って……」
綴はしばらく黙って、皆が彼の言葉を咀嚼するのを待った。そして、おもむろに話を続ける。
「今、所長から連絡があって、昔は次元の扉というのは2つあったそうだ。イグジットEと、イグジットJと言うのがその呼び名だ。現在も使えるのは、幸いにもここから近いJの方だ。そして扉と呼ばれているもの自体は厳重に保管されているんだそうだ」
「扉は保管されてる?」
「ああ」
「じゃあ、決まりだな!」
「?」
親指を立てて、直正が楽しそうに言う。
「その扉ってのを見に行こうぜ!」
まったく。言う事は大体わかっていたが、こうも当てはまるとため息しか出てこない。
綴はそれでも、直正の行動力が人を引っ張って状況を変えるのを何度も経験していたため、「わかった」と、所長に返事を打ち始めるのだった。
そのあと、ダイバーと潜水艇クルーとは海洋研究所で別れを告げる。彼らは引き続き、あの岩場の探索を続けてくれるのだそうだ。
「くれぐれも危ない真似だけはしないで下さいよ」
「ボンベのない状況で非常脱出ボタンを押した奴には言われたくないよ」
そうなのだ、あのとき直正はダイバースーツは着用していたが、口に当てるボンベすら持っていなかった。
「絶対助けてくれるって思ってましたから」
と、ちらっと綴を見る。
「はは、すごい信頼だ。でもそれは大切だぞ」
バン! と背中を叩いて、彼らはまた研究所へと帰っていった。
そしてあとのメンバーは、来たときと同じく最新鋭機に乗り込んで帰路につく。
「広実さん」
機体が水平飛行に入ったところで、琥珀が綴に話しかけてきた。
「はい」
「もし許可が下りそうなら、僕も次元の向こうへ行きたいのですが」
「え?」
驚く綴に、前の席の鈴丸までが座席から顔を出して言う。
「あ、琥珀さんずるいです。俺が先に言おうと思ってたのに」
「え?」
「せっかくここまでご一緒したのに、と言うより、このまま終わってしまっては、なんとも気持ちが悪いというか」
「そうです、そうです。こんな状況で結果も見ずにいるのは、自分の気持ちが許しませんよね」
あきれて2人を見ていた綴の後ろから、直正が嬉しそうに話しに加わった。
「よし! おふたりの意をくんで、俺たち4人でメンバー結成しましょう」
「おい」
「良いじゃないか、所長は俺が説得する」
すると綴は、
「所長を説得してすむ話じゃないだろ」
と、またあきれて言う。
「え? なんで?」
すると、隣で可笑しそうにやり取りを聞いていた琥珀が言った。
「話が次元の扉となると、研究所だけでなく、その上にまで許可がいりそうですからね」
「上って……」
と、首をかしげる直正に、綴があとを引き受けて言う。
「次元の扉を死守している、頭ガチガで融通のきかない連中たち、通称バリヤ、だ」
「バリヤ」
どこかで聞いたような名前だなと思いつつ、綴が「頭ガチガチで融通きかない」などと言うものだから、直正はそっちでツボにはまってしまう。
「ハハハ」
「何が可笑しい」
「だってさ、頭ガチガチの綴が頭ガチガチって、そいつらどんだけすごいんだよ、おっかしいー、ハハハ」
「なんだと!」
「何か文句ある?」
また顔をつきあわせて言い合う2人を、鈴丸が「まあまあ」となだめる。
「そんじゃま、取り急ぎは所長の許可だな」
笑い顔のまま、直正は絶対に取ってみせると意気込んでいる。
「僕たちも、それぞれ上司や同僚に許しをえてきます」
と、琥珀は鈴丸を見る。
鈴丸も、うん、と勢いよく頷いた。
そうして彼らは、またの再会を約束して別れていったのだった。
そうして彼らは今、宮殿へとやって来ていた。
「なあ、本当にここで良いのか?」
「所長が言うんだから、間違いないはずだ」
「うちの所長もここだと言ってます」
「俺のところも、ここだって言ってたよ」
実はそこは、宮殿ではなく、世界で5本の指に数えられる超有名リゾートホテルの玄関だ。200数十年の歴史を誇る建物は、古いと言うより重厚。決してきらびやかではないそれは、生半可な気持ちで宿泊する者を寄せ付けない、来る者を選んでいるような厳粛さがある。
「とりあえず、話は通してある。あとは当たって砕けろだ」
「わあ、綴くんがそんなこと言うなんて、珍しい」
冗談を言う直正をまた綴はギロッとにらむ。
「けど、当たって砕けろなら、俺にお任せ!」
「ははっ、そうですね~直正さんのためにあるような言葉です」
目を見開いていた綴に追い打ちをかけるように鈴丸が言ったので、綴はふっと笑ってうつむき、ぽつりと言った。
「じゃあ、最後はお前に任せるよ、直正」
「いらっしゃいませ」
自動ドアではなく、手動の重々しいドアを引き開けてくれたボーイに会釈して、4人はレセプションへと向かう。
「ようこそSINGYOUJIホテルへ。ご用件をお伺いします」
SINGYOUJIホテル。
それがこのホテルの名前だ。初代オーナー存命中は違う名前だったのを、引き継いだ2代目オーナーが彼の偉業をたたえて改名したのだそうだ。
「ソラ・カンパニーより参りました、広実と申します」
それだけで話が通じたようだ。フロントスタッフは「お待ち下さい」と、どこかへ連絡を入れる。
「どうぞこちらへ」
先ほどのフロントスタッフが、そのまま案内をしてくれた。
広い廊下の先に応接室と書かれたプレートの部屋がいくつかあり、そのうちの1つに通される。
「こちらでしばらくお待ち下さい」
入ってみると、中は大きな窓から明るい日差しが入る気持ちの良い部屋で、座り心地の良さそうなソファが配置されている。
「さすがは高級リゾート!」
と、物怖じしない直正は、さっさとソファに座り込んだ。
窓に歩み寄って、木々の向こうに広がる美しい庭や景色を見ていた琥珀は、ふう、とため息をついて、「一生に一度くらいは泊まってみたいですね」と、直正の正面へ腰掛ける。
「一生に一度と言わず、何度でも」
直正が面白そうに言ったのと同時に、コンコンコンとノックの音がする。
「お茶をお持ちしました」
「どうぞお入り下さい」
綴が返事したにもかかわらず、直正が飛んで行ってドアを開けようとする。
「はいはーい、今開けます、ね、……と」
把手を引こうとする前にドアが開いて、直正は素早く後ずさった。
「ようこそSINGYOUJIへ。皆さまのお越しをお待ちしておりました」
ティーカップを乗せたトレイを持ちながら、器用にお辞儀をしているのは、一分の隙もなくモーニングスーツを着こなした古老の男。
「どうぞお掛け下さい。ただいま紅茶をお配りいたします」
にじみ出るような暖かな笑顔でそう言うと、ゆったりした動きなのに、いつの間にかテーブルには紅茶が配られている。
感心したようにポカンと眺める直正を横目で見ながら、紅茶を口に運んだ綴は無意識につぶやいていた。
「美味しい……」
「恐れ入ります」
聞かれた恥ずかしさを隠そうと、綴はうつむいてカップを皿に戻す。
「私は、当ホテルのバトラーをしておりますスミスと申します。そして、今回ご依頼のありました、次元の扉を代々お守りしております、通称バリヤでございます」
「え?」
それを聞いて、そこにいた面々は皆、驚く。
「え? ひとり? バリヤって、頭ガチガチで融通の利かない連中なんじゃ、……あ!」
「直正!」
あまりの驚きに思わず出てしまった口を慌てて押さえる直正。
だが、時すでに遅し、部屋にいた連中で聞こえなかった者はいないだろう。
「申し訳ありません。聞かなかったことには出来ないと思いますが、彼の失礼をお許し願います。おい! お前も謝れ!」
思わず立ち上がって頭を下げる綴に言われるまでもなく、直正も「すみません!」と、ガバッと最敬礼する。すると何を思ったか、琥珀と鈴丸もきちんと立ち上がって、頭を下げる。
しばらく目を見開いてそんな彼らを見ていたバリヤ、いや、MR.スミスは、ホホと慎ましく笑ったあと、口を開く。
「どうか顔を上げて下さい。そうですか、そんな噂が広まっておりましたか。どうりで、次元の扉を使いたいと言う者が来ないはずですな」
MR.スミスの語るところによると、もう何代もこの扉は使われていないのだという。
昔はややこしい手続きがあって、幾度も書類審査と本人の審査が行われ、パスするのに一苦労だったそうだ。その上申請してから何ヶ月も待たされるため、あきらめる者も多かったらしい。
「その審査が、頭ガチガチで融通が利かなかったのでは、ないでしょうかな」
ニンマリと笑ってウインクなどするMR.スミスは、いたずら好きの好々爺と言う感じだ。
「じゃあ、今は?」
「さて。次元の扉を管轄するお役所など、聞いたこともございません」
「と言うことは……」
嬉々として目を輝かせる直正と鈴丸に、MR.スミスは優しく答える。
「どうやらわたくしの一存でお通し出来るようです」
「「やったー!」」
飛び上がって喜ぶ直正と鈴丸。
綴と琥珀もうなずき合って嬉しそうだ。
「ただ、もうひとつ、頭ガチガチで融通の利かないものがおります」
だが、事はそんなに単純ではなさそうだった。
「私の受け継いだ申し送りによりますと、次元の扉は通る者を選ぶのだそうです」
「通る者を」
「選ぶ?」
訳がわからずに聞く彼らに、MR.スミスはとんでもないひと言を付け加えた。
「次元の扉に承認されなかった者は、何度通ってもこちら側へ返されるのだそうです」
「「ええーー?!」」
飛び上がっていた2人の悲痛な叫びが、応接室にこだました。