第3話
最初は物珍しさも手伝って、塩の水たまりは観光名所と化していた。
それもようやく収まったかと思った頃、また新たな珍しいものが見つかって、再度人がやって来るようになった。
ときおり思い出したように増えていく塩の水たまり。
ある日、訪れていたうちの1人が、その中になにやら動くものを発見する。
「なにあれ? 何かいる」
それは細長くて平べったく、クネクネと動きながら水の中をあちらへこちらへ移動している。
「オモチャ? それともロボット?」
水の中で息継ぎもせずに動き回るものが、生き物だとはとうてい思えない。
それを聞いた生物学者や、遼太朗のような歴史学者も調査のために現地入りしている。
「水の中で本当に生きているのか?」
「いや、やはり相当進んだテクノロジーなのでは」
生物学者たちは、本当の生き物であれば嬉しいのだが、ぬか喜びになってはいけないので、今はまだなるべく自重している。
「とりあえずは映像を解析しつつ、スキャンも行うか」
むやみに傷つけないように、との観点から、生物学者たちは今は画像にそれらを収める事に終始している。
そして彼らの隣では。
「やはりジャック国には、このような生き物かまたはテクノロジーに関する資料は残されていませんね」
先ほどまで、以前に発掘されたジャック国の資料を調べていた遼太朗が来て言った。
「そうか。だったら、ダイヤ国か、クイーンシティの方がまだ望みはあるか」
クイーンシティの歴史メンバーを総括する朔が、難しい顔をして言う。それに答える遼太朗。
「ですね。と言うより、実際に次元の扉の話が残っているクイーンシティの書庫を、もう一度掘り返してみようかと思ってます」
「わかった、至急頼むよ」
「はい」
しばらくして、テクノロジーと言う発想がくつがえされる事件がおこる。
ボコン! とまた増えた水に水面が大きく揺らいで、動くものがいくつか砂に打ち上げられたのだ。
「キャッ」
それらは砂の上で、ピチピチと跳ね回っている。
「なにこれ! 気持ち悪い」
遠巻きにしていた人々がしばらく様子を見ていると、いつしかそれらは動かなくなった。
「どうしたんだろ」
好奇心の強い者が恐る恐る近づいてみると。
「これって、ロボットじゃないよ。生き物だよ。けど、おかしいな、水から出たのに」
「もしかして、死んでる?」
「ああ」
そこへやって来る生物学者たち。
「これは」
「やはり生物だったんだ!」
驚きと喜びを隠せない彼らは、早速それを回収して生態を調べることにする。
水の中で生きているというのは、この次元の人々にとっては信じられないことだ。けれどまたその常識もくつがえされたのだ。
そしてあるとき、砂に打ち上げられたものがピチピチと跳ねるうちに、運良く水のあるところへと落ちる。するとそれは、息を吹き返したように、悠々とまた泳ぎだしたのだ。
「また元気になった! やっぱりこれって水の中でしか生きられないのね」
「すげえ~」
そんな事実がわかったあと、観光客や警備員は、打ち上げられているのを見つけると、そっとそれらを水の中へ返してやるようになった。
そんな珍しさも収まった、またある日。
その日の水の増え方は、今までとは何か違っていた。
初めのうちはいつものように、ザザーッと少しずつ打ち寄せていたのだが、急に、深くなったあたり、ちょうど水が噴き出していると思われるあたりに、ボゴンボゴンと泡が立ちはじめたのだ。
訪れていた人たちは、ざわつきながら様子をうかがっている。
警備員があわてて「離れて下さい!」と誘導しはじめたとき、いちだんと大きな泡がボコンッと立って。
何かが浮かび上がってきた。
「何だあれは」
警備員が慌てて双眼鏡を取り出してみる。
「ロボット?」
それは、戦闘用でもない、作業用でもない、とにかく今まで見たこともないような形状で、しかも、人の倍ほどもある、見たこともないような大型ロボットの残骸だった。
泰斗は焦っていた。
ロボットと聞いては、もういても立ってもいられない!
塩の水たまりに、大型ロボットが浮かんできたと連絡が入ったのが、つい今し方。
ここからジャック国へ1番早く着く行き方は、もちろんトニー&時田の移動部屋だ。
けれど連絡を入れると、彼らの移動部屋は、そのジャック国へ資材を搬入するために向かったばかりだという。
一歩遅かった。
次に考えたのは、R-4の移動部屋。
「けど、あのあまのじゃくなR-4が、うんって言ってくれるかなあ」
迷って、他の方法、たとえば移動拠点を点々としていく、などを考えたのだが、結局ダイヤ国からは移動車になる。それでは遅くなってしまう。
「うーん、背に腹はかえられない! ダメ元で聞いてみよう」
と、R-4に連絡を入れてみた。
すると。
「イイよー」
なんと! あのR-4が、すんなりOKしてくれたのだ。泰斗は砂嵐が来るんじゃないかと心配になったほどだ。
「R-4がこんなに素直に移動部屋使わせてくれるなんて、なんか怖いんだけど」
移動部屋で泰斗が苦笑いしながら言うと、R-4は心外と言う表情(いや、表情は変わらないのだが)で言った。
「ナに? ボクガいつも、そんナにイヂわるだって言いたいノ?」
「あはは」
「泰斗、ヒドーイ」
泣き真似などするR-4に、さすがに悪かったかな、と謝る泰斗。
「ごめんごめん」
すると、R-4は「ナンテネ」と言ったあと、
「ボクも、そのロボットに興味ガ、アルからネ」
としれっと言う。
「え? あはは、なあんだ。じゃあ最初からR-4に頼めば良かった」
笑いながらR-4に抱きつく泰斗に、「ヤメナサイ」などと言いつつも、されるがままのR-4だった。
移動しながら連絡を入れて、くだんのロボットが置かれた場所は確認してあった。
なんとその場所は。
「いよう。もちょっと早ければ乗せてやれたのにな」
トニー&時田の天文台形移動部屋の中だった。資材を降ろしたあとに運び込んだのだという。このあと、旧ダイヤ国にあるロボット研究施設に運ぶためだ。
旧ダイヤ国は、ちょうど両国の中間に位置しているため、どちらの研究員も足を運びやすいとの配慮からだ。
「時田さん、お久しぶりです。大丈夫です。R-4が移動部屋を使わせてくれましたんで」
「なに?! R-4が来てるのか? おし、ちょっくら行ってくる」
R-4の移動部屋大好きの時田は、泰斗の話を聞くと勇んで飛びたそうとする。
だがそれは叶わなかった。
「時田。ダーメ」
「あれ? R-4。珍しいな、お前さんが移動部屋降りて来るなんてよ」
「R-4も、このロボットに興味があるんですって」
「へえー」
時田は感心したように言いながら、何故かニヤニヤと足は出口の方へ向かっている。
「どうしたんですか?」
不思議に思って泰斗が聞くと、
「今、移動部屋はR-4不在! 俺が調査し放題だー」
と、楽しそうに外へ飛び出した。
「あーあ、ごめんよ、R-4。大丈夫、俺が好きにさせないから」
そのあとからR-4の頭をポンポンして、トニーが時田のあとを追いかけて行った。
「相変わらずだね。いいの? R-4」
「ダイジョーブ」
全然焦る様子のないR-4に、何か策があるのだろうと、泰斗は、とりあえずここは自分の興味を満足させる事を優先する。
平らな台に横たわるように置かれたそれは、かなり大きなものだ。
「へえ、思ってたよりずっと大きいや」
ものすごく嬉しそうな口調の泰斗は、ためつすがめつグルグルと台のまわりを回った後、「よっこらしょ」と、台の上に登ってしまう。
そして、我を忘れたように上からその身体を調べはじめた。
「へえ、これが、ふうん、あ、そうか!」
ブツブツ言いつつ、いつものようになでたり軽く叩いたり、はては抱きついたり、そんな状態の泰斗には、外の音は耳に入らない。
その横で、R-4も台のまわりをゆっくりと廻りつつ、ロボットのスキャンを行っていた。
その音に気がついたのは、R-4。
「泰斗」
「泰斗」
「たーいーとー!」
「うわっ」
耳元で大音量を出されて、さすがの泰斗も我に返る。
「ビックリした。なに? R-4」
「通信が入ってル、丁央から」
「ありがとう。はい、丁央どうしたの?」
泰斗はここがトニー&時田の移動部屋だと言う事をすっかり忘れていた。
「あれ、泰斗? なんでお前がそこにいるんだ?」
「なんでってロボットが引き上げられたって聞いて、あ!」
ようやく思い出したらしい。
「ごめん、僕はR-4の移動部屋で来たんだよ。で、時田さんは入れ違いにそっちへ行っちゃった」
「またあの人は……」
アチャーと言う顔が見えるような、落胆した声で丁央が言う。
「どしたの?」
「俺は今、旧ダイヤ国のロボット研究所にいるんだ。資材を降ろしたら、至急ここにそいつを運んでくれって言ったんだけど。絶対忘れちまってるな」
「わあ、ごめん。だったらすぐ呼んでくるよ!」
泰斗は大慌てで通信を切ろうとして。
「移動中、ロボット調べててもいいよね」
と、付け加えるのだけは忘れなかった。
旧ダイヤ国の研究員たちも、今か今かと首を長くして待っていたようだ。
移動部屋の入り口が開いて、台に乗せられたロボットが出てくると「おおー」と、どよめきながらまわりを取り囲み、足早に研究所へと運び込む。
「ふん! 運んで来た俺たちは用なしってか」
何やら機嫌の悪い時田。
と言うのも。
せっかくR-4不在で調査し放題! だったはずが、移動部屋の出入り口には、医療ちゃんと分析ちゃん(どちらもR-4の移動部屋で活躍しているロボットです)が立ちはだかり、頑として中へ入れてくれなかったのだ。
そんな理由が充分わかっているトニーがなぐさめる。
「まあまあ、研究者や科学者ってのはそんなもんさ。ロボットを調べてる泰斗にだって、ほぼ無視されてたし、俺たち」
移動中も心ここにあらずでロボットに向き合う泰斗には、やはり2人の声は届いていなかったようだった。
「お疲れ様でした、トニー、時田さん」
「いや、これくらいなんてことないよ」
「ふん!」
時田にかかれば、クイーンシティ国王も形無しだ。こちらも理由がわかっている丁央は、苦笑いをして2人を客間へ案内するよう言うと、最後にフラフラと出てきた泰斗に声をかける。
「泰斗」
「あれって、…あれってあれだよ!」
「泰斗?」
そこに丁央がいるのを、今気がついたような泰斗は、走り寄って腕をつかむ。そしてそのまま丁央をユサユサと揺さぶりながら言った。
「丁央! 防水の理論が落っこちてた。いや、浮かんできたんだ!」