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バリヤ 9  作者: 縁ゆうこ
第1章
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第2話


「うー、やっと雨上がりましたねー。おっはようございまーす」

 少々寝不足ながらもいつもどおり出社した直正は、元気よく挨拶しながら、さあーて、今日はどこの席で仕事しようかな、と考える。

 アナログなツール(紙と鉛筆? とか)にこだわらない者は、決まった席を持っていない。パソコンやタブレットひとつ持って、毎日好きな席に着くのだ。

「お、あんな可愛い子いたっけ? 今日はあの子の隣にしようっと」

 昨夜の失態もなんのその、1ミリの懲りもなく、直正が嬉しそうに歩き始めたとき、彼にお声がかかる。

「直正」

 聞き覚えのある声の方を見ると。

「……つづる

 一番見たくない顔がそこにあった。直正は天を仰いで、けれど、仕方なく彼が手招きする個室の方へと向きを変えるのだった。


 広実ひろさね つづる

 彼は、ここ「ソラ・カンパニー」で天文学・地質学・海洋学などを研究している研究員だ。やや杓子定規なところはあるが、実直で優秀、小さな努力をいとわずに続けられる粘り強さがある。

 ソラ・カンパニーは、利益を上げることを必要としないシステムを初めて確立した研究所で、ここに働く者は生活の心配なく、惑星の調和をはかるために、日々研究や実験を続けられるのだ。

 直正は、研究と同時にソフトウェアの開発及び管理まで任されている。まあ、ちょっとノリが軽いのはともかく、彼もまたかなり優秀なのである。


「なにかご用ですか? 広実研究官」

 会議や打ち合わせ用の個室へ入って行きつつ、そう声をかける。

「ふざけるな」

 直正が真面目な顔で大真面目に言ったにもかかわらず、綴は苦虫をかみつぶしたような表情で言う。

「ふざけてないよー、ひどおい」

「やはりふざけていたな。まあいい、とにかくこれを見ろ」

 と、彼は操作していたパソコンから、部屋のディスプレイにデータを飛ばして映し出した。

 見るとそれは、どこかの海岸とおぼしき場所の写真だ。

「これがどうしたの?」

 直正が聞くと、綴は話をはじめた。

「今見てもらったのは、Jの最北端付近の海岸線だ。で、これがこの写真の約1週間前のもの」

 と、また違う写真を写しだして、さっきのと比べるように並べて置いた。

 よく見ると、背景は同じように見えるのだが、

「えーっと、海の水が、増えてる? あ、こっちのが以前のだから……」

「そう、海の水が減っているんだ」

 そう、以前の写真では砂浜に生えた木の近くまであった海水が、1週間後には何十メートルか先までなくなっている。

「すげえ引き潮とか」

「それも考えられた。あの月食の作用だとも思われた。だが、干潮なら水は戻ってくるだろう? けれどここの海水は減ったままだ」

「それって……」

「そう、原因はわからないが、どうやら海の水が、減りつつあるらしい」

「減ってるって、じゃあ海水がどこかに移動してるってことか? 」

 すると綴はかぶりを振る。

「いいや、今のところどこからもそんな報告は来ていない」

「へえー。だったらなんだろ」

 不思議そうに言う直正の前に、綴はタブレットを差し出して画面を起動した。

「?」

「お前も聞いたことはあるだろう? その昔、ここネイバーシティには次元の扉という、異次元へ続くところがあった」

「ああ、そこで大活躍していたのがなんと! 俺のご先祖さま、伝説のバリヤ統括隊長、手塚てづか 直人なおとさまだぜ!」

 ただ血のつながりがあると言うだけで、今の自分とは何の関係もないのだが、直正は何故かガハハと大笑いしながらふんぞり返っている。そんな直正を表情1つ変えず見ていた綴が冷静に話を続けた。

「ああ、お前とは大違いだな。……で」

 綴のひと言にガクッとなった直正は、「そりゃそうだけど」とシュンとその場に体育座りなどして顔を伏せている。

「おい、聞いてるか?」

 綴がいぶかしげに問いかけると、ぱっと顔をあげた直正は、

「聞いてるぜー」

 などと軽く言う、いつも通りの彼だ。

「まったく……。で、これはネイバーシティの科学者の間でも、今のところ真っ二つに意見が分かれているんだが、また何かの拍子に、新たな次元の扉が開いたんじゃないか、と言う説が浮上しているんだ」

「へえ」

「それが海底に出来たため、海水が次元の向こうに流れ込んでいる、というんだ」

「なるほど」

 感心して顎に手をやり、何度も頷く直正に、また冷静に綴が言う。

「なるほど、じゃない。その調査のために、俺たちはこれから現地に向かわなくちゃならないんだ」

「おう、そうか。じゃあ気をつけてな」

「何言ってるんだ、お前もそのメンバーの1人だ」

「え? おれ? うっそおー!」

「メール見てないのか? 朝一で所長から入ってたはずだぞ」

「ホントかよ! やっべえ」

 慌ててパソコンを立ち上げる直正。

 届いていたメールを開くと、確かに所長から、J最北海岸の調査メンバーに任命する、と、お堅い言葉で書かれた指令が来ている。

「ハハ、所長ってば、こんなガチガチの文章、イメージじゃなーい」

「そこかよ。違うだろ、大事なのは内容だ」

「わかってるって。で、えーと出発は、今日の午後ー?! アンビリーバブルー!」

 頭を抱えて叫ぶ直正に、綴はまたしても冷たく言い放つ。

「ちゃんと伝えたからな。所長から、手塚くんはきっとメール見ないで大慌てすると思うから、広実くんがきちんと教えといてね、と念を押されたんだ。でなきゃ、わざわざお前に言いに来るかよ。俺だってこれから色々準備があるんだ、だからまたあとでな。いいか、くれぐれも、時間には遅れるんじゃないぞ」

 最後の、くれぐれも、をことさら強調して言ったあと、綴は足早に部屋を出て行った。

 しばしポカンとしていた直正だったが、ハッと我に返ると部屋の時計を確認する。

「うわ! もう時間が。早くしないとまた綴くんに怒られちゃう!」

 そう言うと、彼もまた大急ぎで部屋を出て行くのだった。




「これに乗って行くのか?」

 今回は時間に遅れず、それどころか10分前に集合場所へ着いた直正は、目の前の最新型飛行機を見て驚いている。

 ボディは小さくて、パイロットに聞いたところによると定員は30名。

 けれど、流線型の機体はため息が出るほど美しく、飛行機には必須の滑走路も、これまでの常識を覆すほど短くてすむと言うことだ。

「へえー、すげえ。そんな最新鋭機に乗れるなんて、俺たち超ラッキー!」

「それだけ急いでるってことだ」

 律儀にタラップの前で待ってくれていた綴と直正が乗り込むと、もうあとのメンバーは座席に着いていた。

 奥の方の座席には、海の調査と言う事でダイバーや潜水艇のクルーが何人か。

 彼らの席は前の方にしつらえられていて、通路を挟んだ隣と、その前に男性が2人腰掛けている。どちらも直正にとっては初対面だった。

「初めまして。天笠あまかさ 琥珀こはくと申します。生物学が専門なんですが、海洋生物も担当してるので、僕が選ばれたようです」

 隣の男がそう自己紹介してきた。口調から真面目なタイプだとわかる。こいつは綴と気が合いそうだな、と思った直正も自己紹介をする。

「あ、初めまして、手塚てづか 直正なおまさです。えーと、俺は何が専門になるんだろ? 綴、わかるか?」

 自分の事を、前の座席で手荷物を棚に収納している綴に聞く。

「知るか!」

 無碍に言う綴に苦笑して肩をすくめて琥珀にまた向き直る。

「だそうです。まあ、何か役に立つと思うんで、どうかよろしく」

 と、握手の手を差し出すと、琥珀は可笑しそうに自分も手を差し伸べてきた。

「失礼しました。俺は、広実ひろさね つづると申します。天文・地質・海洋……、まあ言えば惑星学を専門にしています。それと、今回はこの馬鹿野郎のお目付役と。コイツが何か変な事しでかしたら、遠慮なく俺に言って下さい」

「ええー? ひでぇ」

「所長に言われたんだよ」

 そんなやり取りを目をパチクリさせながら見ていた、綴の隣の席に座っていた男が、笑いながら声をかけてきた。

「なんだか仲が良くて楽しそうですね」

「はあー?」

「は?!」

 2人はその言葉に顔を見合わせる。

「誰がこんな奴と。こいつはねえ、口うるさい小姑みたいなもんですよ」

「誰がこんな奴と、は俺のセリフだ。こいつは誰かが手綱を持ってないと、どこへ行くかわからん暴れ馬みたいな奴で」

「なんだと」

「なんだ? 文句があるのか?」

 顔をつきあわせて言い合う2人を「まあまあ」と諫めて彼が自己紹介する。

「初めまして。俺は鈴丸すずまる・オルコットって言います。専門は理工学。中でもロボットメカニックが好きなんです。よろしくお願いします」

 そう言ってニッコリ笑う鈴丸は、癒やし系と言って良いだろう。その笑顔に直正たちの心のトゲトゲが溶けていくような気がした。

 屈託なく手を差し出す彼に、「どうも」と直正は照れたように自分も手を差し伸べたのだった。

 そんなメンバーを乗せたジェット機は、彼らがシートベルトを着用すると、まもなく離陸をはじめる。そして滑走路を半分も過ぎないうちに、もう機体は空に舞い上がっていた。

「うわあ、すげえ、もうこんな上空まで上がってる」

 窓に顔をくっつけるように外を見ている直正の言葉に、琥珀と鈴丸は思わず笑い出し、綴は「まったく」と言いながらも苦笑しているのだった。

 ベルト着用サインが消えると、直正は客室乗務員の所へ行って、飲食物のワゴンを一緒に押させて貰い、後ろの席のダイバーやクルーとも親睦を深めはじめた。

「手塚さんって面白い人ですね」

 後ろを覗きながら可笑しそうに言う鈴丸に、綴はこちらも可笑しそうに答える。

「あいつの辞書には、遠慮と言う文字がないんですよ」

「そのかわり、心の壁を溶かすっていう文字が一番はじめに載ってるんでしょうね」

 琥珀の言葉を少し目を見開いて聞いていた綴だが、そのあとポツンとつぶやいていた。

「ま、そうかもしれないな」


 最北と言うだけあって、現場の近くは、夏が近いのに風がかなり冷たかった。

 都合の良いことに、海洋研究施設が目の前すぐの高台にある。

「到着早々で申し訳ありませんが、荷物を置かれたらまたすぐ出発です」

 迎えに出た所長とおぼしき人物が、すまなさそうに言う。

「いえ、俺たちはそのために来たんですから。で、出発とはどこへ?」

 綴が代表して答えると、所長は皆を海が見える大きな窓へと先導して下の方を指さす。覗き込んでみると、海に潜水艇が浮かんでいる。

「カッコイイー」

「おお」

「あれも最近開発されたものですね」

 三者三様に感想を述べたあと、直正が「早く行こうぜ!」と足早に外へ飛び出そうとする。だが、その首根っこを器用につかんで綴が言った。

「海水が減る位置を確認してからだ。闇雲に潜っても、時間が過ぎていくだけだからな」

 綴の早業に、琥珀と鈴丸はポカンとしていたが、

「すごい連携」

「やっぱり仲が良いんだ」

 と、感心している。

 海洋研究所が割り出したおおまかな地点を確認したあと、少し打ち合わせをしてメンバーは潜水艇へと向かった。ここでも綴が冷静に皆の意見を取り入れて判断した。どうやら自然に彼がまとめ役になっているようだ。


 潜水艇の中には、ダイビングアイテムの他に、すごいものが運び込まれていた。

「うわ! なんだこれは!」

「お前はさっきから驚いてばかりだな。けどこれはさすがにすごい」

 そこには、人が乗り込めるようになっているロボットスーツが堂々と立っていた。

「はい! これを使えばダイビングに慣れていなくても、海の中を自由に動き回ることが出来ます」

「鈴丸が作ったのか?」

「全部ではないですよ。けど開発には携わりました」

「乗ってみてもいいか?」

「おい!」

 また無茶を言う直正を、綴が止めようとしたが、ここまで一緒に来ていた所長がすんなりOKを出す。

「良いですよ。どちらにしてもどなたかに乗って貰うことになりますから」

「え? あ、はい」

「いやったー!」

 直正は飛び上がって喜んだあと、嬉々としてロボスーツに乗り込む。そのあと鈴丸に操縦の仕方など聞いている。

「ふーん。じゃあ一度動かしてみるわ」

「はい。では皆さん下がって下さい」

 ガシャンと音がして、完全に直正の姿が見えなくなったあと。

 ウィーン、とロボが最初の一歩を踏み出した。

「お、上手だな」

「直正ロボ、こっちこっち」

 飛行機の中で仲良くなったクルーやダイバーが面白がって声をかける。

「ラジャー」

 直正もそれに答えて彼らの方へ方向を転換した。

「すごいですね、初めてでこんなにスムーズに乗りこなせる人は珍しいですよ」

 鈴丸が驚きながらも嬉しそうに言っている。

「まあ、あいつは器用だし、運動神経もいいですからね」

「へっへー。じゃあ、こいつは俺が担当するぜー」

「ああ、わかったから、いったん降りろ」

「OK~」

 直正がロボスーツから降りて来ると、所長が「それでは、調査の方よろしく頼みます」と言い置いて、潜水艇をあとにした。


「では出発します」

 クルーが言うと、潜水艇は静かに潜行をはじめる。

 調査地点に着くまでの間に、ダイバー2人と直正は厳重に用意を調えていた。

 特に直正。

「このボタンはどういうときに使うんだ?」

「あ、それは非常事態用なので、滅多なことでは使わないでください」

「非常事態?」

「はい。隣のレバーをこう引き上げて、ボタンを力一杯っていうか殴る勢いで押して下さい。すると拘束が解けてロボから放り出されます」

「放り出される?」

「はい。言えば非常脱出用ボタンですね」

「うわ、こえー。気をつけるわ」

 本当に怖そうに言う直正に、鈴丸はちょっと微笑んでまた説明をはじめるのだった。

「確か示されたのはこのあたりだ」

 操縦桿を握っていたクルーが言う。

 窓からあたりを見るが、普通の海底と何ら変わりはなさそうだ。

「では、俺たちは外に出てみます」

「俺も行くぜえ」

 ダイバーと直正が各々潜水艇から海の中へと出ていった。


 しばらくは何事もなく過ぎていった。そして、初めはぎこちない動きだったロボスーツが、まわりの魚を追いかけられるまでになった頃。

 ヴィンヴィン

 と、少し先の方にある岩場から、耳慣れない音が鳴りだした。

「なんだ?」

 ダイバー隊は様子を見るべく岩場へと近づく。

 と、その時だった。

 キラキラと岩の表面が輝き出したと思う間もなく、近くにいた魚がそのあたりへ引き込まれて姿が見えなくなる。

「うわ!」

 先頭にいたダイバーが、焦ったような声を上げた。

「潮の流れが!」

 キラキラが急に広がって、吸い込みがきつくなったのだ。

「潜水艇へ戻れ!」

 後ろにいたダイバーに思い切り叫ぶと、直正は先にいたダイバーを救出に向かう。

「手を!」

「……う」

 何とか手を取った直正は、ダイバーを腕に抱き込んで潜水艇へと急ぐ。

 すると、潜水艇から頑丈なロープが伸びてくる。

 ダイバーがそれにつかまると、勢いよく潜水艇へと引き込まれていく。

「よし」

「直正も早く!」

 綴が叫んでロボスーツがウィンと起動を高めた時、ゴオーッとまた吸い込みが力を上げる。

「うわっ!」

 くるくると回りながら引き込まれていくロボに、ロープが放たれる。

「直正! それに掴まれ!」

 ガシッとロープをつかんだのだが、なにせロボは図体がでかいため、なかなかロープを引き上げられない。

 このままでは潜水艇ごと引き込まれかねないと思ったその時。

 ガシャン!

 と音がして、ロボスーツから直正が飛び出してきた。非常脱出ボタンを押したのだ。

 彼はロープを2度3度つかもうとして失敗し、ようやく4度目にがっしりとそれをつかむ。

「よし! つかんだぞ、引き込め!」

 綴が叫ぶと、ロープはかなりの勢いで潜水艇へと引き込まれていった。

 潜水艇は、全速力でその場を離れる。


 窓から後ろを見ると、ロボスーツが岩場の中に消えて、そのすぐあとにキラキラと輝いていた光も静かに消えていった。



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