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バリヤ 9  作者: 縁ゆうこ
第1章
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第1話


 湖岸に、ボートが浮かんでいる。

 丈夫な素材で出来ていて、中に腰掛ける場所があり、4人も乗れば満員になりそうな小さなものだ。


「おわ、もう出来たのか? さすが泰斗たいとだな」

 バタン、と湖を巡る周回道路に止まった移動車から降りて来たのは、丁央てぃおと近衛隊の副隊長、れんだった。

「へえー、これがボートってやつ? 葉っぱみたいな形してるね、乗れるの?」

「あ、丁央、蓮さん。うん、遼太朗りょうたろうが苦労して探してくれた資料の写真を分析して作ってみたんだ。まだ試作品なんだけどね」

 楽しそうにボートの前を行ったり来たりしていた蓮が、返事を待たずにパッと地面から飛び上がった。

「乗っても良いんだよね~」

「え?」

「あ、ずるいぞ、俺も!」

 飛び乗った連に続いて、丁央までもが泰斗の返事を待たずに飛び移る。

「ええ?! ちょっと、2人と、も、!」


 ドボン!


 泰斗の言葉が終わる前に、グラグラと揺れたボートから派手な水音を立てて2人は湖へと落ちた。

 しばらく水に沈んでいた2人だったが、ボコボコと上がった気泡のあと、「ぶわっ!」「ごほ!」っと派手に再登場した。

「安定が悪いから、って、言おうと思ったんだけど……」

「そういうことは、もっと早く言ってくれ」

 自分勝手なことを言う丁央に、「丁央ってばまったく」とあきれかえる泰斗。

「あーびっくりした! でも、大体わかったよ」

 こちらは、こんな時でも楽しそうに浮かびながら頭をブン! と振った蓮が、ボートのふちに手をかけて、軽々とボートに上がり込んだ。

「おおっと」

 ちょっとグラリとしたが、蓮はうまくバランスをとって体勢を立て直す。そしてまだ水の中にいる丁央に手を伸ばした。

「国王~」

「お、サンキュ」

「乗ったら出来るだけ素早く姿勢低くして下さーい」

 軽い調子で言う蓮に、ニヤリと笑みを返して丁央もまた、バランス良くボートに乗り込んだ。

「うむ、なかなか良い乗り心地じゃよ、泰斗くん」

 偉そうに冗談を言う丁央に、泰斗は仕方なさそうに、でも笑いながら言う。

「乗り心地良いのはいいけど、2人ともちょっと気をつけてね。ボートに酔わないように」

「酔う?」

「酒は飲んでませんよ~」

 生真面目な顔でジョークを飛ばす蓮に、泰斗は苦笑して言う。

「乗り物酔い。まれに移動車とかで気分悪くなる人がいるでしょ? それと同じ……、うーんと、ちょっと違うかな。とにかく、今まで経験したことのないような酔い方をするかもです」

「へえ?」

 感心したように言う丁央の前で蓮が聞いた。

「で、これ、どうやって動かすのー?」

「ああ、……えっと両側にオールって言う、棒の先に水かきみたいなのが着いてるのが設置されてるでしょ、そう、それ」

 蓮が手に取ったオールに頷く泰斗。

「それを、こんな風に動かすんだ」

 と言うと、泰斗は地べたに座り込んで、ボートをこぐ真似をした。

「OK」

 泰斗のやるようにオールを動かす蓮。最初は「あれ? 意外と難しい」などと言っていたが、そこはそれ、運動神経の塊のような彼は、すぐにコツを覚えてしまう。

「わあお、なかなか気持ちいいねー」

「おい、ずるいぞ、蓮。俺にもやらせろ」

「わあ、こくおう~また水に落ちますよお」

 席を移動しようとする丁央だが、またグラグラと立つこともままならない。

 とりあえず蓮は、岸へ帰ろうと考えたようだが、ふと気がついた。

「泰斗くーん、これってさ、方向転換はどーするのおー」

 まっすぐにしか進まないボートに、蓮が聞く。

「あ、オールのどちらか一方だけを動かして下さい」

「了解!」


 そのあと、交互にオールを漕ぐ2人は、さすがというか、この短時間のうちにかなり遠くまで行ってこられるようになった。

 船酔いも、さすがにこのぶっ飛んだ2人に恐れをなして逃げだしたようだ。

 泰斗は面白がってわざと水に落ちたりする2人に辟易して、岸からかなり離れた所に移動してデータを取っていた。

 それはなぜかというと。

 悲しいかな、この世界には今まで、海は言うに及ばず、小規模な湖や川のたぐいすら存在していなかった。そのため完全防水と言う概念がなく、水に濡れるとすぐに調子がおかしくなるのだ。

 比べて、砂漠に取り囲まれたここでは、砂に対する防備は完全無欠なのだが。

 たぶんあの調子では、あらかじめボートに取り付けた装置はずぶ濡れで、もう使い物にならないだろう。

「ふう、どこかに防水の理論、落ちてないかな」

 さすがの泰斗も、概念から作り出さねばならない水との対話には、かなり手こずっているようだ。


 そんなとき。


 ウィンウイン


 と、丁央が乗ってきた移動車から呼び出しのアラーム音が鳴り出した。

「丁央! ダイヤ国からだよ」

 確認に行った泰斗が、大声で丁央に呼びかける。

「おし、こっちに飛ばしてくれ、って通信つけてなかった。すぐ行くから泰斗出てくれえ」

「わかったよ」

 泰斗が応答している間に、オールを持っていた蓮が猛スピードで岸に帰る。

「サンキュ! さすがだな、蓮」

「どういたしまして」

 岸に着くか着かずのうちにボートから飛び降りた丁央が、急ぎ移動車に走り寄る。

「俺だ、どうした?」

「国王、イエルドです」

 通信の相手は、ちょうどダイヤ国を訪れていたイエルドだった。

「ああ、何があった?」

「実は」

 イエルドの話によると、ダイヤ国からかなり離れたあたり、ジャック国の国土は広大だったのでそこも旧ジャック国の領地なのだが、から、また水が噴き出しはじめたと言うのだ。

「何だって? それで、ダイヤ国は対処できているのか?」

「はい、この間のような大規模ではありませんので。ただ」

「なんだ?」

 そのあとに出てきたイエルドの言葉に、丁央は言葉を失った。

「その水は、ただの水ではなく塩水だとのことです。しかも、かなり濃度の濃いものだそうです」




 見渡す限りの砂漠に、小さなオアシスが出来ている。

 ある程度の水がたまったところで噴出が収まると、好奇心の強い輩が興味津々で物見遊山に集まって来ていた。

「まったく、どこから情報が漏れたんだ。けど、危険だから近づくなってお達しは出てるんだろ」

「クイーンシティに出来た湖には、今のところなんの危険もないから、そんなに厳しくないんじゃないか」

「それにさ、向こうと違ってここのは塩水だって言うから、珍しいんだろ」

 とりあえず結成された警備の面々は、そんな無駄口を叩きながら、湖の水をひとくち啜っては塩辛さに咳き込んで大笑いする人たちをあきれて見ている。

「そんなに咳き込むほどなんかな」

 そのうちの1人が水を手にすくっている。

「おい、やめとけよ」

「なに、実地訓練……、グッ、ゲッ! ゴホッゲホッ……、なんだこれ!」

「言わんこっちゃない」

 あきれた様子で同僚を見ている警備員の耳に、砂漠からウィンウィンと静かな音が聞こえて来た。

 そちらに目をやると、空間がグニャグニャと歪みはじめる。

「あれは……」

 つぶやく彼の前に、かなり大きな陽炎かげろうが現れたかと思うと、それは天文台へと姿を変えた。

「移動部屋」

 そう、それはトニー&時田が作り上げた、天文台型の移動部屋だった。


 中から降りて来たのは。

「皆、お疲れじゃの、ご苦労ご苦労」

「よ、警備ご苦労さん」

「「国王!」」

 ダイヤ国王と、クイーンシティ国王の2人だった。

 その1人、クイーンシティ国王の丁央は、また出来上がったオアシスを確認すると、近くへ走り寄る。

「うわあ、本当だ。オアシスになってるじゃないか、しかもこれ、塩水なんだよな」

 手にすくった水を啜った丁央は、

「ウゲエッ! グォホッ、ゲホッ、うおーーー」

 と咳き込み、様子を見ていた警備員の2人は下を向いて笑いをこらえている。

「これこれ、聞いていたじゃろう、丁央」

 背中をさすって、こちらはホホと可笑しそうに笑うダイヤ国王。

「うげえ、聞いてましたけど、ここまでとは」

 苦い顔をして、舌を出していた丁央は、イエルドが差し出した水筒の水を美味しそうに飲んだ。

「ああ生き返った、ありがとうイエルド。けど、なんなんだこれは」

「わしらにも皆目わからないんじゃよ。ジャック国は広大で、謎の多い国じゃからの」

 静かに答えるダイヤ国王に、丁央が思いだしたように言った。

「前に、遼太朗……、うちの歴史学者から、海というものがあると聞いたことがあります。その海の水は塩水でできているとも」

「ほほう。それは興味深いの。ぜひチームを結成して、調査をせねばの」

「はい!」

 このときを境として、「大きな水たまり」調査チームが結成された。



「それにしても、何故今になってこう次から次へと……」

 少し離れたあたりに佇みながら、イエルドがつぶやいていた。



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