第14話
ポンプ型移動部屋が塩の水たまりへ到着する。
そこへロボットスーツに乗り込んだ直正がやって来て、ザバザバと水の中へ入って行った。微妙にずれて現れた移動部屋を、リトル達が集まっている場所に、いわば次元の扉のあたりに手で移動するのだ。
1人で苦戦している直正の隣にもう1体ロボットスーツが現れた。
「手伝うぜ」
ハリスだ。この短期間で、ロボット研究所はロボットスーツを完成させていた。
「頼む。1人じゃ、バランスが悪くてさ」
しっかりと移動して固定したのを確認すると、直正が合図を送る。
彼らのそばに、トニー&時田の移動部屋が現れ、二重の出入り口から彼らを回収し、水たまりギリギリの岸辺へとまた現れる。
「よし、設置完了。あとは次元の扉が開くのを待つだけだな」
そこへ、なぜか護衛ロボが何体もやって来る。
「なんだあ?」
時田がのほほんと声を上げる。
「護衛ロボ? どうした、誰が指令を出したんだ?」
丁央が確認するが、誰からも答えが返ってこない。
業を煮やした直正が、ロボスーツのまま降りたった。
「護衛ロボット、邪魔だよ。さあさあ、帰りましょうねー」
だが、帰るどころか、護衛ロボがロボットスーツのまわりを取り囲んだり、はては押し返したりしている。
「どうしちまったんだよ、まったく」
「護衛ロボが暴走? したのか?」
丁央が泰斗に聞くが、彼にも訳がわからない。
すると、グニャグニャと空間が歪み、R-4の移動部屋が現れた。
「R-4、どうしたの?」
それに答えるように、R-4は泰斗に言う。
「トニーと時田たちに、塩ノ水たまりから離レルように、言って」
「え?なんで?」
すると、R-4はしばらく静かに計算をしているようだった。そして、今までにないような堅苦しい音声で話し始める。
「ワタシタチハ、人ヲタスケルヨウニ、プログラミング、サレテ、イマス」
初めて聞く、他人行儀なR-4の言葉に驚く泰斗は、何故だかわからないが、頭の中に計算式が次々浮かぶのを止められないでいた。しばらくして、はっと気がついた泰斗は、トニー達に通信を入れる。
「トニー、時田さん。ポンプ型移動部屋はどれくらいの距離から遠隔操作できる?」
「あ? ああ、第3拠点あたりからでも出来るが、それがどうした?」
「だったら、2人はこっちへ帰ってきて」
「なんだって?」
驚くふたりに泰斗が言う。
「何か変なんだよ、計算しても計算しても答えが出ない。けど、R-4がこんなに他人行儀に真面目なのはきっと何かあるんだよ。お願い」
泰斗に言われて、また直正のロボスーツを回収すると、第3拠点まで戻ってくる。それを確認した護衛ロボもまた、岸辺からどんどん離れて行った。
第3拠点近くに戻った時田は、念のため遠隔操作の作動確認をする。
「おっし、さすが俺、充分大丈夫だぜ」
その時。
ドゴオーン! と水の中で鈍い音がする。
驚いてそのあたりを凝視する面々の耳に、ネイバーシティからの緊急通信が響いていた。
「聞こえるか綴! たった今、海底火山が爆発した!」
「緊急事態だ! トニー、時田、今すぐ移動部屋を起動させてくれ」
綴の焦った声に、事の緊急性を察知した丁央は、ゴーサインを出す。
「トニー、時田、頼む」
「言われなくても」
ヴィンヴィンと音を立てて、ポンプ装置と移動装置が起動する。
同じように、ヴィンヴィンと聞き慣れた音がして、海水の中にきらきらと光るものが見えた。爆発に促されて次元の扉が完全に開いたようだ。
時田は移動部屋を確実に次元の扉へと張り付かせる。
ギュウンギュウン……
少しずつ進み始める移動部屋。
順調に砂の山に吸い込まれていくかと思ったそれが、いきなり動きを止めた。と言うより、何かに押し返され始めたのだ。
「どうした?!」
丁央が言ったすぐあと、砂の間からボコボコとあふれる水から湯気が上がっている。温水が噴き出しているのか。
「向こうからの圧が強いんだ」
綴が言う。
ボコボコと、張り付いた移動部屋のまわりから温水が次々噴き出し始め、その隙間から高温の砂が岸辺のあたりまで吹き出して突き刺さる。
「R-4が危惧していたのはこのことだったんだ」
あのまま岸辺にいれば、彼らも危なかったかも知れない。
「私が!」
見かねたナズナが第3拠点を飛び出して砂漠に立つと、両手を伸ばしてかざし、呪文を唱え始めた。
☆◎▼τη‡※
すると、ほんの少し吹き出した温水が緩やかになる。
「ナズナ!」
後を追って飛び出そうとしたクルスの前に立ちはだかる者がいた。
「お前さんはここでナズナに力を送ってくれ」
ラバラはニイッと笑うと静かに言って、第3拠点を出て行った。
ナズナのあとから、ラバラ、ステラ、ララの3人もやって来て、同じように両手をかざし、同じように呪文を唱え始める。
飛んで来る温水から彼女たちを護るように、またいつの間にか護衛ロボがその前に立っていた。
ナズナは彼女たちの一歩前に進み出て、またグインと力を込める。そうとうの魔力を使っているようで、次第に息が荒くなり、また額からも汗が流れ落ちだした。
「ナズナ……」
クルスは祈るように彼女に想いを送る。
当然、他の者たちも。
「頑張ってくれ」
「頑張れ」
ディスプレイでその様子を見守る、クイーンシティとダイヤ国の人々も、祈りと想いを力の限り送っている。
そこへ何頭もの一角獣が姿を現した。琥珀とララがあらかじめ第3拠点へ連れてきていたのだ。彼らは、空へ舞い上がって行く。
その下で、次元の扉にピッタリ張り付き、流れ出てくる温水と高温の砂を抑えている、ポンプ型移動部屋。
だがさすがに一角獣の角を混ぜた壁も、高温に耐え兼ねようとしたその時。
天翔る一角獣が首を上げて聞こえないいななきを上げた。
すると、四方から、サァーっと音がして、金銀、プラチナブルー、それともう一つ、あらたに認められた、ピンクシルバーが集まってくる。
ものすごい数のそれらは、次々と移動部屋を覆い始めた。
「リトル! 頼むぜ!」
時田の声に応えるようにリトルたちは輝きを増す。
そして護衛ロボに護られながら、懸命に呪文を唱えるナズナと、それを支えるように後ろから呪文と祈りを贈る、ラバラ、ステラ、ララの3人。だが純粋な魔女がナズナ1人の力では、限界がある。ときおり崩れ落ちそうになるナズナに、クルスは今にもそばへ走り出したい衝動を何とか抑えていた。
そのとき。
ナズナの横に1人、また反対側に1人、人影が浮かび上がった。
「お待たせしました」
「よく頑張ったわね」
その声はどちらも聞き覚えがある。
「ロアン伯父さん、……、ルエラおばさま?」
驚くナズナに、2人はキッと前を向くと同じように手を差し出して呪文を唱え始める。
少し後ろでその様子を見ていたステラとララが、信じられないと言うように目を見張る。
「あれって」
「もしかして……」
「「ルエラー?!」」
2人の叫びに、なんとルエラは振り向いて、嬉しそうに手など振ってみせる。
「そうよおー、ひさしぶりねえ。うーん相変わらず私たち魔界の子孫は可愛い~」
と、投げキッスなどしている。
「ルエラ」
ロアンの氷のように冷たいつぶやきに、ルエラはペロッと舌を出してまた前を向く。
「ごめんなさい~、でも熱烈歓迎って嬉しくない?」
「今はこちらが先です」
「はーい」
ルエラは軽~い返事のあと、また前に向き直ると、すっと背筋を伸ばす。
ふ、とルエラを取り巻く雰囲気が変わり、静かに呪文が聞こえ始める。
するとナズナは、自分の腕がズズッと音を立てたように軽くなったのがわかる。それと同時に、リトルたちの輝きが倍ほどにも増したのが、誰の目にも明らになる。
「……すごい」
「あれが、ルエラの力?」
「ほう、さすがは伝説の魔女じゃの」
うしろの3人も、そのまた後ろで事の成り行きを見守っていた者たちも、目を見張っている。
前方の3人と後方の3人。
一角獣と3つのリトルたち。
そして、クイーンシティとネイバーシティの英知を集結した空間移動部屋。
ディスプレイ越しに、想いを送る人々。
それらの力と想いは、集結して、開いた次元の扉の中へ移動部屋と輝くリトルたちを押し込みながら進んで行く。
ヴィンヴィンヴィンヴィン……
まばゆい光の中、最後のリトルが次元の扉に入った途端、ザアー! と言う音と共に、海水と、なんと吹き出していた温水までもが中へ引き込まれていった。
パアン……
光がはじける。
一瞬眩んだ目を開けた人たちは、次に信じられないような光景を目にする。
塩の水たまりは、次元の扉とともに、跡形もなくなっていた。あとに広がるのは、見慣れた広大な砂漠のみ。
フワフワと浮かぶ2つ3つのリトルだけが、そこに次元の扉があった事を物語っているようだった。
「ふう」
力を使い果たしたのだろう、ため息と共に崩れ落ちるナズナに、すい、と手を差し伸べるルエラ。次の瞬間には、もうお姫様抱っこの体勢なっている。
「お疲れさま、よくやったわ」
そこへダブルリトルが飛ぶような速さでやって来た。転げるように降りたったのは、誰あろうクルスだ。
「あら?」
必死の形相の彼を見て、すぐに状況を察したルエラは、「気を失ってるだけよ」と、ナズナをひょいと彼に渡す。
「ありがとうございます。そして、ありがとうございました」
クールな彼が少し涙ぐんで、ナズナを抱きしめるようにしながら頭を下げた。
すると、ルエラはキュッとした笑顔になって言う。
「んー! 若い人はステキねえ、いいわねえ。ねえ、ロアン」
頷いて微笑みながらその様子を見ていたロアンの視線を、何かがひゅっと横切った。
「「ルエラ!」」
ステラとララの2人だ。彼女らはルエラに抱きついて再会を喜んでいる。
「きゃー、こっちもすてきー」
嬉しそうなルエラに肩をすくめるロアンと、笑いながらのんびりやって来るラバラがいた。
一方、ネイバーシティでは。
海底火山の爆発に伴う、地盤の隆起が起こっていた。
ゴゴゴゴと鈍い音を立てて、次元の扉のあたりも盛り上がっていくのが確認された。
ヴィンヴィン
お馴染みの音とともに、金銀、プラチナブルー、ピンクシルバーの輝きが水中に現れる。それはどんどん拡大したかと思うと、バアン! とはじけた。海水からドオンと水柱が上がり、もくもくと水蒸気の煙が上がる。高温の岩が海水に冷やされて固まっているのだ。
そのあとも隆起は止まらずに続いて、いきなりザバーーン!と海がひらけて、ごつごつした島が海上に姿を現した。と同時に、火山の爆発は終結を向かえたようで、徐々に噴煙が鎮まっていく。
次元の扉は閉じられ、今は島の一部としてただ岩の塊があるのみだった。
しばらくすると、色とりどりに輝いていたリトルたちが大きな虹のかけはしを作り、それはまもなく陽炎のように消えていった。
一連に起こったその様子は、まるで幻想のように美しい光景だった。