第13話
星読みでわかった「厳しいこと」はどうやら水に関係するものではないらしい。
だったら、何なのか。
それがひょんな所からの情報で明らかになった。
どんな些細な事でも、次元に関係のないことでも、ネイバーシティに変化があったら連絡してほしいと言ってあったため、所長から聞いたときはあまりピンと来なかったのだが。
「地質の研究してるヤツらからね、あのJ最北端近くで近々地殻の変動があるんじゃないかって」
「地殻変動ですか、そんなのしょっちゅうですよね」
直正が言うと、所長もちょっと苦笑いをする。
「だよねー、けど今回のは少し規模が大きいかもって」
「わかりました。お忙しいときにありがとうございます」
「ううん、全然平気だよ。そっちも大変そうだけど、頑張ってね」
「ラジャ!」
通信を切ったあと、綴が少し考え込んでいる。
「どうした? 地殻変動が何か気になるのか?」
「今回のは規模が大きいと言っていた。大きく動いた地殻が次元の扉に影響すると思うか?」
「うーん、水の圧がかなり上がるかも知れないけど、星読みによると水じゃないんだよな」
「規模の大きな変動、水には関係ない、だったら……、火?」
そのあと2人は、同時に叫んでいた。
「火山か!」
「火山だ!」
ヤバイヤバイと言いながら直正は、タブレットを操作する。
「え? けど、このあたりは海のど真ん中だぜ、……あ!」
直正が何かを思いついて綴を見ると、彼は静かにその答えを出した。
「海底火山だ。確かあの海域には火山帯が走っているはずだ」
「もし爆発してこちらに土石流が流れ込んだりしたら」
「海のないこちらの世界は、焼き尽くされてしまうかもしれない」
「ダメだぜ! 絶対に食い止める!」
「たぶん、火山です」
「火山?」
その頃、異界に帰ったロアンも、同じ答えを出していた。
「って、どういうこと? あの次元に火山なんてないはずよ」
驚くルエラに、ロアンが説明する。
「ですから、ネイバーシティ次元の扉近くに、火山があるのでしょう」
「ええ?! ちょっとお、それってまずいんじゃない?」
「おおいにまずいですね」
「じゃあ、ロアン。貴方はいつでも飛んでいけるように待機しててね」
「ルエラもですよ」
「ええー? 私はもうネイバーシティには行かないって決めてるの」
するとロアンが、少しにやりとしながら言う。
「大丈夫ですよ。クイーンシティに直行できる鏡を用意してありますから」
目を見開いたルエラは、思わず笑ってしまう。
「アハハ、あきれた」
綴と直正の説は、ナズナの直感に響いた。
「火山……。そう、きっとそれだわ」
「だったら、早急に移動部屋に高熱対策を施さなけりゃ」
話を聞いた鈴丸が、泰斗に連絡を取ったあと、空間移動研究所へと行く。
火山と聞いても、こちらの次元の者はピンと来ないようだ、火山など見たことも聞いたこともないのだから、あたりまえと言えばあたりまえだが。
「火山? 溶岩? 1000度以上もあるもの? なにそれ、なにがどうなってそんなになるの?」
興味津々だった泰斗だが、高熱対策を持ち出されると、すんなり答えを出した。
「たぶん、一角獣の角を混ぜたこちらの素材なら、かなりの時間耐えられると思う」
「そうなの? すごい!」
今度は、鈴丸が驚く番だった。
「ただ、どれくらいまでしのげるかは、わからないけどね」
とは言え、出来るだけの手は尽くすのが彼らだ。
「ちょっとR-4にも聞いてくる」
泰斗がそう言って出かけたあと、鈴丸も何か出来ることはないかと考えて。
「うーん、こっちの素材って、あっちとは全然違うんだった。だったら知識を仕入れなきゃ」
と、トニーに教わった王立図書館へと向かうことにする。
ダブルリトルを運転しつつ、楽しそうに? 後ろを着いてくるリトルを見るともなく見ていると、ふとある疑問が頭をよぎる。
「……そう言えばリトルって何なんだろ?」
突然ひらめいたリトルの正体解明に、鈴丸はしばし思考を占領される。けれど考えていてもわからないので、クイーンシティの生き字引に教えて貰う事にして、急遽行き先を変更した。
珍しく旧市街の自宅にいたラバラは、鈴丸を喜んで迎え入れてくれる。
「お前さん1人かの? ほほう、珍しい」
と言いつつ、お茶を入れてもてなしてくれたりする。
「リトルというのは天地の護り。リトルペンタグラムはクイーンシティの護り。リトルダイヤモンドはダイヤ国の、リトルジャックはジャック国の、それぞれの天地にいてお互いが影響しながら世界を護っておる。お前さん達の次元にも、目に見えないだけで、天地の護りはそこかしこにあふれておるのじゃよ。ただ、慢心がはびこる世になるとそれらは、いち抜けたー、と、どこかへ行ってしまうのじゃ。傲慢は身を滅ぼすぞ。……と、いかんいかん、また説教じみてしもうた、ハハハ」
リトルの事を聞くと、ラバラはそんなふうに説明してくれた。
護りが目に見えるなんて、向こうの世界では信じられない~、と、直正のように思っていた鈴丸がふとつぶやいた。
「でも、そのリトルってなにで出来てるんだろ……」
「なにで出来ておるか? そんなもの」
「そんなもの?」
「わかるわけないじゃろう」
ガクッ!
本気でがっくりとずっこけた鈴丸を見て、ラバラはカラカラと笑い出すのだった。
R-4に聞きに行った泰斗に、「アノ素材と、リトルがイレば、ダイジョーウブ」と、彼は言ったそうだ。
「なんでリトルがいればダイジョーウブ、なの?」
あとで念のため鈴丸が聞いてみると。
「リトルは、天地ノ護り、ダカラ、ね」
などと言う。
鈴丸はこのとき真剣に考え込んだ。
R-4って、本当にロボットなの?
「こりゃあ、移動部屋の制作、急がにゃならんな。しかも完璧に、だ!」
話を聞いて張り切りだしたのは、もちろん時田だ。
「はいはい。また何日か徹夜かな」
トニーは慣れたことと用意をはじめる。
泰斗と鈴丸、そしてジュリーとナオ、そのほかのロボット研究所の面々も、自分たちの仕事の手が空くと、手伝いに訪れる。
綴と直正は、王宮に新しくしつらえて貰った通信室で、随時送られてくるJ最北端にある火山帯の動きを綿密に計算する作業に入っている。
さすがのラバラも、次元の向こうにある火山の爆発まで占うことは出来ない。と言うより、未来は絶えず変化し続けるため、こればかりは誰にもわからない。ナズナのような純粋な魔女にさえ。
彼らは今までのデータと予測とを組み合わせて、出来るだけ正確にその日を割り出す事に全力を傾けている。それこそ昼夜を問わずに、だ。
また、月羽やクルスなどの、エネルギー関係の研究をしている者は、陸地と海の動きを、またデータの読み方を教わり、交代で彼らの補佐に入っている。
「こんなにすごいエネルギーの流れを、なぜネイバーシティでは有効利用出来ないのかしら」
月羽などは不思議そうに言う。
「いやあ、色々あってね、ネイバーシティのエネルギーは純粋に流れていかないんだよ」
直正は自然界の事ではなく、人社会にうごめく強欲や慢心の事を言っているのだろう。綴も、最もだと思いつつ、今はこちらの世界を守る事が先決だと気を引き締めた。
その頃琥珀は皆の了解を得て、一角獣の観察のためあちこち移動していた。
「僕がここにいても、特に出来ることがないようですし」
と言う彼を、誰も責めも咎めもしない。世界は皆が違って成り立っている。出来る者が、出来ることを、出来るだけ。けれど、身の上に起きたことには全力を尽くす。
時間が過ぎてから、巡り巡って自分のしたことが誰かの役に立ったとわかるのは、ままあることだ。
反対に、自分が出来もしないことを無理して、かえってまわりに迷惑をかけるのも、またままあることだ。
短い草と、赤茶けた山。彼が今いるのはクイーンシティの郊外だ。
「一角獣もリトルたちと同じく、ある場所から行き来が出来ないのかと思ったら、どうも違っているみたいだ」
「ほんと?」
「はい。これであのあたりを見てみて」
琥珀が双眼鏡を渡すと、ララは彼が指さしたあたりを見る。
「あ、いるわね。えーと、ホントだわ。微妙に身体の色が違うのがいっぱいね。あんなにいるなんて珍しいー」
移動は何故かララと共にだ。とは言え、琥珀が強制したわけではなく、ララが勝手に着いてまわっているのだ。
「ララ、第3拠点へ行ってみよう」
少し考え事をしていた琥珀が急に言う。
「どうしたの?」
「ちょっと気になってね」
第3拠点にたどり着いた琥珀とララは、双眼鏡を使ってくまなくあたりを見るが、どこにも一角獣は見当たらない。
「どうしたのかしら? いつもなら何頭かいるはずなのに」
不思議そうに言うララに、琥珀が答える。
「動物の本能だ。ララたちの星読み通り、もうすぐここで厳しいことが起こる。彼らはそれを察知してここから離れて行ったんだ」
「え? でも、それだとここにはリトルジャックしか来られなくなるわ。いざというとき、それだと困るわ」
「そうなんだ。これは何とかしておかなくちゃ」
「協力するわよ!」
パチン、と無邪気にウインクするララに、こんな時なのに琥珀はなぜかとても楽しくて、大いに笑ってしまうのだった。
それからしばらくして。
「おっし! 空間移動部屋ふたつ、めでたく完成だ!」
最後の仕上げを済ませた時田が、両腕を上げてガッツポーズする。
おおー! と言うどよめきと共に、皆が拍手をし始めた。
大喜びの中、ナオがどこかに連絡を入れる。
「試運転の王宮広場、用意はバッチリ整っているようです」
どうやら丁央に報告したようだ。
「そうか! だったらさっそく始めようじゃありませんか」
嬉しそうに言う時田の横で、ふだんは冷静なトニーもさすがに嬉しそうに言う。
「じゃあ、俺がポンプ式を担当するよ」
ヴィンヴィン、……ヴィンヴィン
王宮広場にふたつの音が鳴り響く。
グニャグニャと歪んだ空間もふたつ現れ、見慣れない移動部屋が姿を現した。
「おう、丁央。完成したぜ」
集まった見物客の歓声を受け、二重扉の移動部屋から降り立った時田が、バルコニーにいる丁央に手を振る。
「そっちのは?」
「あ? あれは無人なんだ」
「無人?」
「すごいねえ!」
観客はほほうと感心した声をあげている。
「意外と早く、やりおったな」
そこへラバラが現れる。その後ろからステラとララが。そしてステラの持った鏡から、ボウンと白煙が上がり、ナズナが現れて、また観客がやんやと歓声を上げた。
「ラバラさま」
「約束じゃ」
ニッコリ笑ったラバラは、ふたつの移動部屋を見上げると、後ろに控えた魔女達に目配せをする。
「はい」
彼女達は四方に散ると、移動部屋を囲むように立った。
Ωνχ∬※★☆
呪文と共に4人が両手を上げると、ポワンと優しいあかりが移動部屋を包み込む。
通信部屋のディスプレイで一部始終を見ていた直正が、グスッとすすり上げる。
「お前、またか」
綴があきれたように言って、ほれ、とティッシュを渡す。
「うるせえ、あれを見て感動しないなんて、人じゃない!」
直正は星読みの時、その美しさに、感動のあまり延々と号泣していたのだ。
「わかったよ」
見えないように綴が笑いをこらえていると、情報画面に変化が現れる。
見ると、J最北端の少し南のあたりで火山帯に動きがあったことがわかる。
綴は、誰に言うともなくつぶやいていた。
「いよいよ始まったようだ」