星読み
水辺にやって来たネイバーシティ一行が、あまりにも楽しそうだったので、遼太朗がふと思いついて、湖にあとのメンバー、鈴丸とナズナを呼び寄せる事にした。
そして噂を聞いたクイーンが、この機会を見逃すはずがない。
「わあ、本当にけっこう大きな湖だね」
「私はもう2回目よ」
「おい、そこで立ち止まるな。あとがつかえてる」
「わ、ごめんなさい!」「あら、失礼しましたわ」
天文台形移動部屋の出入り口に鈴丸とナズナが現れ、そのあとに丁央が2人を急かせて降りて来る。
そのあとからは。
やんや、やんやと大勢のクイーンたちが降り立った。
今日は湖で、何度目かの歓迎祭りが催される事になってしまった。天文台型移動部屋に乗れるだけ乗ってぎゅう詰めでやって来た彼女らは、そんなことすら楽しんでいる。
「ああー面白かった!」
「ほんとだね」
そして次の便? でやって来たキングたちに、会場の設営をあれこれ指示し始める。
「どこの次元も男どもは、こき使われる運命なのね」
そんな様子を眺めていたナズナが、可笑しそうに言うと、丁央が答える。
「そうなのか? ここだけだと思ってた。クイーンシティは、キングたちの横暴で絶滅しかけた歴史があるから、男という種族は今、その償いをさせられてるんだよ」
「まあ、そうなの。けど、貴方たちはやけにフェミニストで優しいわよ?」
「優しくなければ生きている資格がない。そういう風にプログラムされてるんじゃないかって思うときが、たまにある」
「プログラムって……。あ、そうか、貴方たちにはネイバーシティの血も流れてるわ、だからね?」
「こき使われるのが?」
「まあ、違うわよ、優しいのが。アハハ」
ひとしきり笑い合うと、丁央は少し真面目な顔に戻って言う。
「けど、ダイヤ国はもともと、男も女も争いを好まない種族なんだ。彼らが生きながらえて存続を許されてるって事は、やはり争いばかりの世は絶滅の運命をたどるんだろうな」
「そう、ね」
「だから、大昔に来てくれたバリヤは俺たちの救世主ってとこか」
「そんな大げさな」
また笑い合う2人だったが、なぜか丁央がもっと笑みを深めて言う。
「お、ダイヤ国の救世主じゃなくて、王子様がお迎えに参りましたよ」
指さす先を振り返ってみると、こちらへやって来るクルスが見えた。ララに連絡したときに、特別ゲストとして丁央が気を利かせ、彼も呼んでおいたのだ。
「どうぞごゆっくり」
うやうやしく礼をして第1拠点の建物へ向かう丁央と入れ違いに、クルスがやって来て隣に立つ。
「水があるところはやはり落ち着きますか?」
「ええ、でも貴方たちは緊張するのよね」
「いいえ、あ、いえ、」
「ふふ、どっちなの?」
答えになってない答えに思わず笑ってしまうナズナに、クルスが言った。
「緊張しますが、貴女がいて下さると落ち着きます。とても心地がいい」
そう言って見つめてくるクルスから、ナズナは瞳をそらせなくなる。
「いつか海と言うものを、貴女と一緒に見てみたいですね」
こちらは正真正銘のロマンチストだった。
その日の夜、湖の岸辺にはいくつものかがり火が焚かれ、幻想的な景色を見せていた。
集まった人々は、語り合ったり、歌ったり、踊ったり。各々がこのイベントを心から楽しんでいる。
そんな中、特に約束をしていたわけでもないのに、4人の美女? が、とあるかがり火のもとへとやって来た。
「で? いつになったの? おばあさま」
ステラが孫の立場で遠慮なく聞く。
「砂漠のキャラバン隊が帰ってからと思っておったが、特に待つ必要はなさそうじゃの」
ラバラはそう言って、美しく輝くペンタグラム星座を見る。
つられるように他の3人も夜空を仰いだ。
「よし、夜が明けたら各々準備するがよい。明日の夜が本番じゃ」
「「「ええー?!」」」
あまりに早い決定に、3人は同じように声を上げたが、そこはそれ、さすがは魔女の血を引く者達たち。次の瞬間には、もうそれぞれがトランス状態に入り、自分の担当場所に想いを飛ばし始めるのだった。
それを満足そうに眺めたラバラは、丁央を探しに行く。
「え? あしたー!!?」
遠くの方で、丁央の叫びが聞こえたとか聞こえなかったとか。
その昔、ジャック国最後の攻撃地となった第2拠点近くの砂漠には、今日もリトルペンタとリトルダイヤがホワンホワンと遊び回っている。
その境目を中心に、ステラが魔方陣を置いて行く。
「懐かしいわ、ここで泰斗がダブルリトルの試運転をよく行ってたの」
ダブルリトルと言うのは、誰でも簡単に乗りこなせるように制作された、小型の移動車だ。そのエネルギーにはリトル達が関係していて、ここを境にリトルペンタとリトルダイヤが入れ替わるのだ。
初めのうちは、さすがにその入れ替わりに苦戦していた泰斗だが、そこは彼の事、あきらめずに試運転を繰り返し、たゆまぬ努力でとうとう入れ替わりに成功したのだった。
「そうだったな。泰斗がなかなかあきらめないって、こぼしてたこともあったな」
ステラの付き添いと護衛のため、共に来ていた遼太朗が可笑しそうに言う。
「そうよ。本当に泰斗ったら、あと1回、もう1回ってしつこくて。疲れを知らないんだもの」
「だろうな」
遼太朗は、研究や試作に没頭する泰斗を知っているので、妙に納得して頷いた。
「でも、さすがにナオだけは違ってた。泰斗をサポートするのが本当に楽しそうだったわ。早くあの子が幸せになってくれれば良いのにね」
「ああ」
ナオが泰斗に思いを寄せているのは、当の本人が気づいていないだけで、あのジュリーでさえ(え?)知っている。
「きっとなるようになるさ、俺たちみたいに」
そう言うと遼太朗は、ステラのそばへ行ってその身体を引き寄せる。
「あら、まだ魔方陣の制作途中なの」
「時間はたっぷりあるでしょう? お姫様?」
笑って顎を持ち上げると、ステラも微笑んでされるがままになっている。
軽いキスだったはずが、2人はいつしか時を忘れていた。
「ラバラさまのご決断は、いつも電光石火ですな」
通信のディスプレスから、のほほんとした声で言うダイヤ国王。
「すまぬの」
「なんのなんの」
ダイヤ国に到着したララとナズナは、それぞれが決めた場所に魔方陣を置き始めている。
特にララは、ダイヤ国民に星読みを間近に感じてほしいとの思いから、それを王宮広場に置く事に決めた。
「これが魔方陣?」
「触っちゃ、だめだよね?」
「完成するまでは、消したりしなきゃ大丈夫よ」
「わあ」
子ども達は興味津々で、彼女が置いて行く魔方陣にこわごわと手を置いたりしている。
「ここの模様、このあたりに生息する一角獣の角にあるものと似ていますね」
背後で声がして、振り向くとそれは琥珀だった。
彼は調査をするうち、一角獣がクイーンシティとダイヤ国では多少の違いがあることに気がついた。個体を識別する角の模様にも地域で特徴があり、身体の配色も微妙に違っている。
「ええ。魔方陣は特定の法則に基づいて作成されるけど、それがすべてではないの。法則のそこかしこに、自分自身の得意分野や好きなものや、自分ならではのものをちりばめるのよ」
「へえ、それが貴女の場合、一角獣なんですか?」
「んー、そうね。言われてみれば私、一角獣ってとても好きだわ」
「でしたら、これが終わったら、ぜひ研究にご協力を」
「え? 私が?」
「好きこそものの上手なれ。僕が見落としていることも、知っているかも知れないです」
きょとんとしていたララは、琥珀の言い方が可笑しかったのか、楽しそうに笑いながら承諾した。
「はい、あはは、面白い人ね。では、今夜の星読みが終わったら、なんなりとご質問にお答えいたしますわ」
「ありがとうございます」
塩の水たまりの岸辺に立って、空を見上げつつ思案にふけるナズナ。
「置かれる場所は決まりましたか?」
こちらも付き添い兼護衛を買って出たクルスが隣で聞く。
「そうね、本当ならもう少し先の方が良いんだけど」
「え?」
「リトルジャックがいるところ。トライアングル星座? とでも名付ければ良いかしら」
「そんなものがあるのですか」
「ええ」
晴れた空を見透かすように、遠くを見つめるナズナ。だがクルスが見る限り、そこにはただ空があるだけだ。しばらくして、ふっと意を決したようにナズナは、うん、と頷く。
「じゃあ、ここに魔方陣を置いて行きます」
「はい」
こちらも力強くクルスが頷いたとき。
カタン、と、何かが倒れる音がした。
「あ」
それは、念のためにとナズナが持ってきて、立てておいた鏡だ。だが、ナズナはなぜか戻そうともせず固まっている。
「どうかされましたか?」
クルスが心配そうに言ったのと、ボウン、と何かが鏡から飛び出したのが同時だった。
そこに立っていたのは、1人の男性。
クルスが驚いたのは、ナズナが彼に走り寄って、嬉しそうにハグをしたことだ。あまりの展開に複雑な心境でいたクルスは、だが次のセリフに納得して安堵した。
「伯父さん!」
彼の名は、ロアン。
その昔、第一次のバリヤ隊員として活躍した経歴を持っている。彼はナズナの伯父に当たる人だ。
「どうしたの? おばさまの差し金?」
「いや、私個人の興味から」
と言いつつ、少し可笑しそうなのは、やはり。
「というばかりではなく、ルエラがとても気にしていたので」
「やっぱり」
久しぶり、でもないのだが、まさかこんな所で会えると思っていなかったのだろう。ナズナはとても嬉しそうだ。
「伯父さん、紹介するわ。彼はクルス。ダイヤ国のエネルギー開発を担当しているの。クルス、こちらは私の伯父の、ロアンよ」
彼らの後ろで少し緊張気味に立っていたクルスは、歩み寄ると手を差し出した。
「クルスと申します。ナズナさんには慣れない地でのお願いを聞き入れて下さり、皆、大変感謝しています」
「ロアン・フルストヴェングラーです。とんでもない。次元は違えども、なにがしか、つながっているのが世界というものです。こちらの一大事はすべての一大事ですよ」
クルスは握手を交わしながら、彼の物腰の柔らかさと、それとはうらはらな、奥に秘めている意志の強さを感じ取っていた。
ロアンは、クルスとナズナの様子から、こちらも何か感じ取ったようだ。
何故かこんなセリフを付け加える。
「ナズナを、よろしくお願いします」
え? と言う顔をしたクルスが、ナズナと目を見交わし、とたんにお互い照れたようにうつむいた。
ロアンは満足した様子で微笑むと、声をかける。
「さあ、魔方陣を置いて行こうか、ナズナ」
「はい!」
やがて太陽が沈み、夜が訪れた。
今日も空は良く晴れ渡っている。
間隔を開けて置かれた4つの魔方陣。
ひとつはクイーンシティの天文台近く。
ひとつは旧ダイヤ国、かつて最後の砦があったとされるジャック国の名残の地。
ひとつはダイヤ国、民衆が見守る王宮広場。
そして、ジャック国に現れた塩の水たまり、新たな次元の扉が開いた場所。
そのあたりの、すべての明かりが落とされた。
特に決まった時間もなく、ラバラがおもむろに立ち上がると、両手を広げて天を見上げる。
「♪~♪~~♪」
何語ともつかない言葉でメロディを語り始めるラバラ。
固唾をのんで始まりを待っていた人々は、その心癒されるメロディにうっとりと聴き入り始める。
途端に魔方陣が輝き始める。
やがてその響きと輝きは空の星々をまばゆいばかりに輝かせ始めた。
「わあー」「きれいー」
どよめく人々が見守る中、一段と輝きを増したペンタグラム星座から飛び出したリトルペンタが、一直線に大空を渡っていく。
「♪~♪~~♪」
まずステラがそれを受け取ると、リトルペンタがリトルダイヤに入れ替わる。キラキラときらめくそれは、また一直線に大空を駆けていく。
「♪~♪~~♪」
次にララが受け取って。
かがやく魔方陣に目を見張っていた人々は、空へ昇った輝きに、また目を見張る。
「なんてきれい」
「なんて素敵」
「♪~♪~~♪」
最後にナズナが天に両手を差し出した。
すると。
サアーッとやって来たプラチナブルーが、今度はピンクシルバーへと入れ替わった。
「あれは……」
彼女を見守っていたクルスが、少し離れたあたりでトライアングルの星座がまばゆく輝き出すのを見る。そして驚くことにそれは、少しずつこちらへと移動し始めたのだ。
空に一直線に並んだ3つの星座。
その各々を繋ぐように、金銀、プラチナブルー、ピンクシルバーが天の川のように連なってきらめいている。
移動していたトライアングル星座が次元の扉の上でピタリと止まり、その中央からリトルジャックが塩の水たまりへとあふれんばかりに降り注ぐ。
それと同時にまわりの星たちがよりいっそう輝きを増すと、4人は申し合わせたようにそれぞれ跪き、深く深く頭を垂れた。
その美しさに、惚けたように空を見上げていたクイーンシティとダイヤ国の人々は、しばらく感動に流れる涙をぬぐいもせず、ただ、ただ、無言だった。
「ラバラさま。わかりましたか?」
さすがに時間がたつとやんややんやの大騒ぎになった天文台で、丁央が近衛隊に護衛されていたラバラに聞く。
「うむ。なかなかに厳しいことがあるかもしれん」
「ええ?!」
「どうした?」
こちらは無言になってしまったステラに、遼太朗が尋ねる。
「ひとつ厳しいことを乗り越えなくては」
「わかった」
「ええ?」
あっさりと言う遼太朗に、反対に驚くステラ。
「丁央じゃないけど、俺たちなら、大丈夫さ」
「ふふ、そうね」
ダイヤ国王宮もやんやの大騒ぎの中で、1人難しい顔のララ。
「どうしました?」
「えーっとね。今の私の顔みたいに、厳しいのよ」
「はあ……」
訳がわからず情けなく返事する琥珀に、ララは笑顔を取り戻して言った。
「さ、約束よ。一角獣に会いに行きましょ」
「え? いきなり?」
2人は腕を組んで、人々の間をすり抜けていくのだった。
「……」
「……」
無言のナズナとロアンを心配そうに見つめるクルス。
「これは」
とつぶやいたロアンのあとに、
「ちと、厳しいかの」
ふざけてラバラの口調を真似するナズナが、微笑んだあと軽く言った。
「まあでも、何とかなるでしょ」
「……」
だが、心配性のロアンは無言のままだ。
しばらくすると、何かを思いついたように言う。
「何とかなる、とは思うけど、念のため、いつでも鏡が渡れるようにしておいて下さいね」
「来てくれるの? 助かるわー」
「手が空いていれば、ですよ」
冗談のように言い置いて、ロアンは急ぐのか、風のように異界へと帰って行った。
「良い伯父さん、ですね」
「そうでしょ、真面目で情に厚くて。とっても信頼してるの」
曖昧に微笑んだクルスの心情がわかったのかどうか、ナズナはクルスに向かい合う。
「貴方に向ける気持ちとは、全然違うわ」
そう言って大胆にクルスに抱きついた。
驚くクルスを楽しそうに見上げたあと、彼女は少し背伸びをしたのだった。