第12話
新しい資材が、空間移動研究所に運ばれてきた。
「ご依頼の品でーす」
「おう、国王自ら運んで来るなんて、もしかして俺たち、とっても期待されてる?」
そう、それらを運んで来たのは、なんとクイーンシティ国王、丁央その人だった。
「違いますよ、時田さん。今日は建築屋として来たんです」
丁央は国王業の傍ら、建築家としての仕事もこなしているのだ。
「なんだ、そうか。だったらこき使ってやるぞ」
「うわ! 相変わらず酷い人ですね」
「ハハハ、で、これが例の扉の残りか?」
時田は移動部屋を作成するために運び込まれた大小の板をなでながら言う。
この資材は、天文台型移動部屋を作る時に使用した高い壁の扉の残り。
要望があればそのつど配布してきた資材だったが、それでもまだ有り余るほど残っている。もともとクイーンシティの建造物は、手入れを怠らなければかなりの期間使用に耐えうるのだ。
「はい、今回は水中でも使いたいって事だったので、ちょっと手を加えて、以前より強度が増してます。かなりお得ですよ! しかも今なら国王のお墨付き!」
「お前はなんたらショッピングの回し者か」
さすがの時田もあきれたように言う。
「ハハハ、まあ使ってみて下さい。あ、それと、これが依頼されてた図面です。とりあえず2パターン作ってきたんですが」
「おお! 見せてくれ」
テーブルに2枚の図面を広げる丁央。時田は目を輝かせてそれらを見ていたが、あることに気がついたようだ。
「これはなんだ?」
「移動部屋です」
「わかってる。けどどこで操縦するんだ?」
1つめの図面は、かなり変わったものだった。
ただの四角い箱に仕切りがついているだけで、中はがらんとして操縦席もない。
「これは遠隔操作で動かすんです」
「遠隔操作だとおー!」
丁央の説明によると、こちらのは次元の扉から吹き出す海水を、部屋自体でポンプのように押し戻す装置になっている。あわよくばそのまま空間移動して、次元の扉を閉じてしまえるのではないかということだ。
「そんなにたやすいもんかよ」
「けど、泰斗とR-4が言ってるんですよ」
「ふうん」
さすがの時田が納得している。彼もこの2人には一目置いているのだ。
そしてもう一つは。
「こっちのは何だか出入り口がやたらと広くないか? それになんで二重構造になってるんだ?」
すると、丁央はさすがと言うように頷いて言う。
「わかりましたよね。実は、ロボット研究所からの依頼で」
と言うそばから、ウイーン……、と音がして、ここの出入り口に大きな影がさす。
「あれは」
「そうです。ネイバーシティのロボットスーツ。今まで考えもしなかったんですが、水の中で人が作業するために、クイーンシティでも制作してみたらどうかと言う話しが出ていて」
「そうか、それを乗せるために?」
「ええ、そうです。……入ってこれるか?」
丁央は、ロボットスーツに話しかける。
「大丈夫……、ですけど、横向きに歩きながらかがむのは、ちょっとしんどいですね」
中の声はどうやら鈴丸のようだ。丁央に頼まれたらしく、あえて人用の小さい出入り口を利用している。
「わかった、ありがとう。で、入ったら扉の前に立ってみてくれるか」
「はい」
律儀に直立する鈴丸に微笑みながら、丁央はタブレットを取り出して、出入り口との差を測りはじめた。
「あれ? この間より背が伸びてる。ロボットスーツも成長期?」
数値が微妙に違っているのを不思議に思った丁央が、冗談のように言う。
「あ、実は衝撃吸収のクッションを足底に取り付けたんで、その分かな? すみません」
「ごめん、丁央。報告が遅れちゃった」
出入り口に現れた泰斗が、手を合わせて言ったあと、時田に向き直る。
「で、ですね、時田さん。二重になった入り口の外の部分は、水中で出入りするために、水を注入したり排出したりするんです」
「なんだと?! 水の注入排出ー?」
時田が叫ぶのは想定内だったらしく、泰斗はまあまあとなだめるように言う。
「言いたいことはわかってますって。強度の問題ですよね」
「今回はそれに加えて、防水もだ」
「はい、対策は考えてあります」
「だったら、許す」
あっさりと許可した時田に、泰斗ではなく丁央がガクッと肩を落とした。
「えらくあっさりですね」
「あたりまえだ、泰斗が考えてあるってんなら、間違いないさ」
ニカッと笑う時田と少し照れたように笑う泰斗。
その泰斗が、ロボットスーツを降り立った鈴丸の背中に手をあてて言う。
「防水は彼ですよ、しかも間違いなしです」
「え?」
「あたりまえだ。このスーツ見りゃわかる」
鈴丸は嬉しいのと恥ずかしいのと、そして緊張でアワアワする。
だって。
この短期間で感じた泰斗の天才ぶり。彼はのめり込んで没頭して発想を引き出すだけでなく、実際にそれを顕現してしまう。一分の狂いもなく。その一連は、とてもこの世の者とは思えない(いや、実際次元はちがうけどね)。やはり天が彼に与えた才能なのだろうか。
時田も彼ほどではないが、その柔軟で奇天烈な発想が彼の天才ぶりを垣間見せている。
2人の天才について行けるのかという緊張と、少しでも役に立てればという気持ちと。
改めて鈴丸は、ここへ来て彼らに出会えた不思議を感じると共に、その幸運に感謝せずにはいられないのだった。
「はかどっておるかの」
そこへひょっこりとラバラが顔を見せた。
「ラバラさま。もしかして今晩星読みですか?」
丁央が慌てたように聞く。
「いやまさか。場所の下見ついでに寄ったまでじゃ」
「良かったあ、まだなーんも用意してないですよ。で、場所って、星読みをする場所ですか?」
「そう、あの天文台の丘が良いな。魔方陣を敷くにも都合が良い」
「了解しました! 各方面に周知しておきます!」
ビシッと敬礼などして真面目に言う丁央に、ラバラは吹き出して答える。
「いっちょ前に。で、時期じゃがな、例の砂漠のキャラバン隊は、そろそろ湖に到着すると聞いたが」
「ええ、今日の夕刻には」
「そうかそうか。だったらもう少しじゃの。あいつらが帰ってきたら、始めることにするか」
「わかりました」
彼女は丁央が運び込んだ資材をチラと見て、スイとそばへ寄る。そして表面をなでながら、何やら考え込んでいる。
「どうしました?」
不思議そうに聞く丁央に、ラバラはニイッと笑って言った。
「なかなか良く手を加えてあると思ってな。じゃが、今回は今一度、コイツが完成したらまじないをかけてやろう」
すると、それを聞いていた時田が嬉しそうに言った。
「お、ラバラさまのお墨付きも頂けるのかい? こりゃあ世界の果てまで移動できそうだ」
「ハハハ、ワシだけではない。皆のまじないじゃぞ」
「そりゃすげえ。楽しみにしてるぜ」
「まかせておけ」
「んじゃまあ、始めるか」
パン、と手を打って、時田がメンバーを呼ぶと、それぞれがそれぞれのプロの顔になって、図面の元へと集まるのだった。
その日の夕刻。
砂漠のキャラバン隊は、第1拠点である湖に到着した。
「おー! ここは湖って感じだな」
「ああ、そうだな。さすがにずっと砂ばかり見ていたから、水があるとホッとするな」
直正と綴のそんな会話を聞いていた遼太朗が、少し不思議そうに言う。
「そうなのか? 俺たちはこんなに大量の水がある方が緊張するけどな」
「へえ。じゃあ、海なんか見たら、遼太朗たちは卒倒するかも」
隣にやって来た琥珀が可笑しそうに言う。
「海! あの塩の水たまりが拡大しているんだよな」
「そうだよ」
「規模は?」
「見渡す限りだよ」
「見渡す限り! やはり一度見てみたいものだな」
2人の会話を聞くともなしに聞いていた直正は、なぜか吹き出す。
「どうしたんだ?」
「いや、俺たちって見た目は同じイケメン揃いの若者なのにさ、話しすると、やっぱ次元がちがうんだなーって」
すると綴が少し眉をひそめて言う。
「それが笑うようなことか?」
「うん? あー違うって。そんな俺たちが、こうやってわかり合って友情深められるなんてさ、すっごーい事なんだって、なんか面白くて興味津々って感じ?」
その言いぐさにポカンとしていた綴は、「全くお前は」と、あきれたように肩をすくめる。そのあと、ふと思いついたように遼太朗に言った。
「今回の事が無事終わったら、皆で一緒に海を見に行きましょう」
「わあ、綴くんったら、ロマンチスト~」
「うるさい」
どこまでもふざける直正に、わかっていても真面目に反応してしまう綴だ。遼太朗はこちらも吹き出しながらつぶやいた。
「次元が違っても、やっぱり丁央みたいな奴はいるんだな」
ネイバーシティの惑星学を研究する2人が、こちらの世界が惑星でないと気がついたのは、2日目の夜のことだった。
「綴、こっちの星空、なにかおかしいよな」
「直正も気づいたか」
「ああ、太陽が昇って沈んでを繰り返しているから、騙されてたけど」
すると、綴が苦笑して答える。
「騙されてたって……。まあいい。だが、星は」
「動かないんだ」
そう、こちらの夜空に浮かぶ星々は、どれも1つも動かない。いや、星がウロウロするという意味ではなく、太陽のような昇って沈んでの動きをしないのだ。
それに気がついた彼らは、他にもあらゆる観測を行った結果、信じられないことだが、ここが惑星ではないことが証明されてしまったのだ。
「惑星じゃない? でも、昼と夜は交互に来ますよね?」
琥珀も初めは驚いていたが、説明を受けて実際に夜空を見ると、信じないわけに行かなかった。
「しかも太陽はこの3日間、全く同じ位置から昇って、全く同じ位置に沈むんだ。少しのずれもない。ネイバーシティではあり得ない話だ」
次元が違うとは言え、ここまで違っているものなのか。そこで彼らは、惑星のことを知っているかどうかを遼太朗に聞いてみた。
「惑星? ああ、昔の資料を読んだことがある。ネイバーシティは水の惑星と呼ばれている、とな。驚いたよ、ネイバーシティは球体の上に人が住んでいるんだって? それで、その球体は空間に浮いていて、自転しながらさらに太陽のまわりを回っているんだよな」
「知っているのか?」
「歴史学者はたいていな」
「へえ、こっちの歴史学者ってのは、すごいんだな。けど、それはさておき、ここはそうじゃない!」
直正が何故か声高に言うと、遼太朗は反対に驚いている。
「気がついたのか? この短時間で。やっぱりお前達はすごいな。その通りだ。クイーンシティ、というか、ここは惑星じゃない。……えーっとそうだな」
と、遼太朗は何やら考えていたが、思い出したようにタブレットを操作して、ディスプレイを起動する。浮かび上がったのは、クイーンシティの地図だった。
「これはクイーンシティ王宮図書館にある資料だ。実を言うと、こちらの世界の事は、まだ半分も解明されていない。今わかっている事を説明するよ」
遼太朗の説明は驚くような事ばかりだった。
まず、こちらの世界の果ては、クイーンシティ。
あの、次元の扉のある草原の向こうに、目に見えない壁のようなものが存在しているのだそうだ。どんなに試しても、ラバラさまのような魔女が試しても、何をしてもその向こうには抜けられない。ただ、先の見えない空間が広がっているのだそうだ。
そしてそこを拠点として、この世界は、ジャック国の方へどんどん拡大して広がっていると言うのだ。この広がりを彼らは宇宙と呼んでいる。
「この宇宙がどこまで広がるのかわからない。そして、大昔に、クイーンシティとダイヤ国以外のすべてを飲み込んだブラックホールがなぜ現れたのか、それらはどこへ行ったのか、すべてが謎のままなんだ」
「ふえー」
「まるであちらの宇宙のようだな」
「そちらにも宇宙があるのか?」
「ああ、俺たちの宇宙は、惑星が浮かぶ真っ暗な空間をそう呼ぶんだ、けれど解明されているのはたった2%ほどと言われている」
「似ているな」
「ああ」
世界の解明は、どちらの次元にとっても難解きわまりない事らしい。
ただ、綴はこの事実を、自分たちだけの胸にしまっておくことに決め、他のメンバーとも約束した。そこの次元のことは、そこにいる者たちで解明していくのが本来の姿だろうから。
「それにしても、星の位置が止まったままなんてさ、全部がペンタグラム星座みたいだな」
ネイバーシティでは、地軸の真上にあるペンタグラム星座だけが、一年中その位置を変えないでいる。そして、不思議なことにこの星座は2つの次元にまたがっている。
「星が動くのは、星読みが行われたときだけだ」
遼太朗の説明に、直正はちょっと考えて言う。
「星読みって……、ラバラさまが言ってたやつか」
「そうだ。だが、星読みを行っても、ペンタグラム星座とツインダイヤモンド星座だけは動かずそのままの位置にある。それもこの世界の不思議の1つだな。……ただ、」
「?」
「何度見ても、星読みは、やたらと美しい」
まだ昼間の明るい空を見上げて言う遼太朗に、いつの間に来ていたのか、ハリスもまた空を見上げて言う。
「そうだな。美しすぎるな」
すると、直正はしばしポカンとしたあと、ブッと吹き出した。
「無骨な野郎がふたりして美しいだなんて、笑えるー」
ハリスはムッとしたように直正の頭を抱える。
「なんだと」
「ふがっ、ロープロープ!」
助けを求める直正に、遼太朗は手も差し伸べずに言った。
「まあ、見てからのお楽しみだ。あとで茶化したことを後悔するさ」
それでようやく納得したハリスは、攻撃の手を緩めるが、直正は逃げもせずハリスに捕まったまま、くるんと空を見上げる体勢になった。
「楽しみだ!」
「お前なあ」
皆の楽しそうな笑い声が、天高く舞い上がって行った。