第11話
〈クイーンシティ王宮、そのあと旧市街〉
ここだけは、王宮が誇る花々も色あせて見える。
4人がかもし出す笑い声のハーモニーは、鳥のさえずりより美しい。
それは、王宮の庭園で、お茶を楽しむ月羽、ステラ、ララ、ナズナだ。若い女の子の話題と言えば、やはり恋? おしゃれ?
「でね、その時のラバラさま、とーっても格好良かったのよお」
「そう! 我が祖母ながら誇らしかったわ」
「ええー見てみたかったー」
どうやら恋やおしゃれの話しとは縁遠いようだ。
「ねえ、今日はどうする?」
「旧市街へ行ってみたい。こちらに着いた時は、ゆっくり出来なかったから」
「OK、旧市街ならこのステラさまにお任せあれ!」
「頼もしいー」「ステキー」
残りのお茶をそれぞれ飲み干すと、女子会は旧市街へと舞台を移していった。
「月羽さま、お散歩?」
「月羽さま、ご試食はいかがだい?」
「あ、ちゅきはしゃまー」
「月羽さま」「月羽さま」
彼女たちが旧市街の賑わいに入って行くと、途端に月羽コールが起こる。ステラとララは慣れたものだが、ナズナは、月羽は王妃なのだから当然と思いつつも、少し驚いていた。
なぜなら、月羽は1人の護衛もつけていない。自由にそこら辺の人と話しもするし、買い物もするし、試食だってしている。ただの女の子と全然変わりないからだ。
いかに月羽が、と言うより国王と王妃がクイーンやキングを信頼しているか、そして彼らもまた、国王と王妃をいかに大切に思っているかの証しだろう。
「もしや、その見かけない子が、ナズナ?」
「そうよ。次元を超えてやって来たのよ」
「まあ、なんてこと、ステキだねえ」
「それに、美人だし」
「ホント、月羽さまに負けず劣らず」
「あら? 私は?」
「ステラはその次って感じだね」
「ま、失礼しちゃう」
ハハハ、ははは、と屈託なく笑うクイーンたちに、今度はナズナコールが起こる。
「ナズナ、これ食べてみな」「この花も綺麗だろお」「ナズナ」「ナズナ」
旧市街の市場はいつでも、お祭り好き、楽しいこと好きのクイーンたちのおかげで、笑顔と喜びがあふれんばかりだ。
彼女たちもつかの間、この雰囲気をただ楽しむのだった。
〈クイーンシティ・ブレイン地区〉
「おー! とうとうここの一員になることを決めたんだね鈴丸くん、歓迎するよお」
「違いますよ先輩、ただの見学です。で、このあとは空間移動研究所へ行くんです」
「ええ~? ジュリー寂しい~」
泰斗が鈴丸を連れてロボット研究所に入って行くと、お待ちかねのジュリー先輩が大きく手を広げて歓迎の意を表する。けれど泰斗に阻止された上に、極めつけは。
「わあ! ロボットがいっぱい! これの用途は? これは? これは?」
鈴丸の目に入るのはそこら中にある研究対象のロボットばかり。ジュリーのことは言うまでもなく、人は眼中に入っていないらしい。
「あれ……」
シュンとして一瞬肩を落としたジュリーが気の毒になって、泰斗は慰めの言葉をかける。
「彼にとっては、全部初めて見るロボットばかりなんですよ、先輩」
だが、そんなことで本当に気を落とすジュリーではなかった。
「え? なにが? いやあ平気平気。自分の世界に入り込んだ泰斗くんに無視されるのも、ちょっかいかけに行ってナオに怒られるのも慣れてるし~」
冗談で泣き真似などしながらそんなことを言うジュリーに、泰斗が苦笑していると、後ろから声がした。
「先輩、そうとう根に持ってますね」
ナオだ。
「ナオ、ひどいよー」
などと、たわいないやり取りをしていると、一通り見て回って納得した鈴丸がやって来た。
「ふう、もっと細かく見てみたいけど、それはまたあとの楽しみに取っておきます」
「もういいの?」
「うん、ありがとう、泰斗」
そして、本当に今気がついたらしく、鈴丸は嬉しそうにジュリーとナオに挨拶する。
「あ、ジュリーさん、ナオ、お邪魔してます。って言ってもすぐに出かけちゃうんだけど」
「そんなの気にしなくていいよ」
と、また隙を見てガバッと鈴丸にハグするジュリー。
「う、……ムググ」
頭を抱えられて、苦しそうな声を出している。
「わあ、先輩だめですよ」
「先輩!」
2人に引きはがされて、大きく深呼吸する鈴丸の横で、ジュリーは今度は標的を泰斗とナオの2人に変えて、彼らの髪の毛をガシガシかき回すのだった。
〈砂漠のキャンプ〉
「今日はこのあたりで一晩明かすか。どうだろう、ハリス」
「そうだな、良い選択だ」
そろそろ日が暮れようとしている。
通信を取り合った移動車が着陸を終えると、綴と琥珀は外へ出て大きく伸びをした。遼太朗はそんな2人に「疲れたか?」と、声をかける。
「いや、時間が限られていると思うと、データ収集に力が入りすぎて」
「僕も、遠くを見すぎて目が疲れました」
「俺は楽しいぜえ」
あとから降りて来た直正がにんまりと笑う。
「お前はいつでも、だろう」
いつものやり取りに皆が笑っていると、ハリス隊の移動車からゾーイが降りて来た。
「では、夕食の準備を始める。料理できる奴は?」
ゾーイが聞くと、なんと全員が手を上げた。
これにはゾーイも少し驚いている。
「遼太朗が料理するのはわかっているんだが。お前たち、腕のほどは?」
すると、綴と顔を見合わせて直正が言う。
「綴と俺はカレー程度だな。琥珀の実力は知らないけど」
「カレー?」
「あ、あっちの料理の名前。で? 琥珀はどうよ?」
すると、琥珀はなぜか少し恥ずかしそうに言う。
「ああ、レストランでシェフのバイトしてる」
「ええ?! すげー!」
なんでなんで? と聞く直正に、琥珀の言うところによると、研究だけでは食べていけないので、アルバイトをしているのだそうだ。
「え? ああ、そうか」
直正も綴も納得する。あちらの世界では、生活の心配なく研究一筋で行けるのは、今のところソラ・カンパニーしかないのだ。
「じゃあ、帰ったら所長に話してみるよ。こんな優秀な生物学者を放っておく手はないって」
「ありがとう」
そんなやり取りの中、コホン、と咳払いが聞こえる。
見ると、ゾーイが腰に手を当てていた。
「よくわからんが、お前はシェフ並の腕を持ってるんだな、琥珀。だったらあいつらと料理を担当しろ。他の者は椅子やカトラリーなどを運べ」
あいつらと言って顎をしゃくった先には、ハリス隊の移動車から顔を出しているカレブがいた。
「お手並み拝見~。今日の担当は俺とティビーと、そして君、琥珀だよん」
おいでおいでをするように手招きするので、琥珀は笑いながらそちらへ向かった。
入れ替わりに、花音とパール、レヴィ、ワイアット、最後にハリスが降りて来た。手には各々椅子を持っている。ハリスなどは軽々と3脚の椅子を持っている。
テーブルは作業ロボットが抱えてやって来た。
直正は女性陣の所へ行って、「美しい方が椅子なんて運ばないで下さ~い」と言ってパールから椅子を受け取り、「うお! けっこう重っ!」とその重量に驚いた。
「か弱い方が、椅子なんて運んじゃダメですよお」
と、花音が可笑しそうに言うので、直正はかえってムキになる。
「大丈夫です! うおお!」
雄叫びを上げながら、走って作業ロボが置いたテーブルまで行くと、ドシンと椅子を置いて、ハアハアと息を切らす。
「体力なさ過ぎだぞ」
そういう綴の息はすこしも乱れていない。
「なんだよ。けど、最近ジムもご無沙汰だからなあ」
「じゃあ、鍛えてもらえ」
と、あとから来たハリスを見て言う。
「ん? なんだ? 鍛えてほしけりゃ、いつでも相手になってやるぜ」
「ほんとっすか? おーっし頑張るぜ!」
やる気満々だった直正は、ハリスが相当なスパルタだと言うことを、まだ知らない。
「うげえー」
砂漠の移動も4日目、今日の夕刻あたりには第1拠点であるオアシス湖へ到着する予定だ。
昼食前のトレーニングを終えた直正が、テーブルにへたばっている。
「情けないな」
「ひでえ、綴はハリスがどんだけスパルタが知らないんだよお」
突っ伏したまま言う直正だが、綴はハリスのスパルタぶりをよく承知している。そして、嫌になったらいつでもやめていいぞ、と、言われたのにもかかわらず、決してあきらめずについて行く直正を、綴は正直偉いと思っている。
まあ、そんなことは口が裂けても言わないが。
たわいない考えに微笑みを浮かべ、晴れ渡る空を眺めていた綴が、ふと何かに気づいたように話題を変える。
「直正、気がついたよな?」
「ああ」
ごろん、と、頭は上げずに顔だけこちらに向けて直正が返事する。
まだ夜を3回しか経験していない2人だが、それでもそれを事実だと認めざるをえない。
「正直、俺たちの常識では信じられないけどな」
「ああ、俺もまだ夢を見ているようなんだ」
「何が夢なんだ?」
ちょうどそこへ琥珀がやって来た。
ゆっくりとテーブルから起き上がった直正が、綴とうなずき合う。
「信じられないかも知れないが、琥珀」
「?」
「ここ、クイーンシティとダイヤ国は。いや、ここは惑星じゃないんだ」
「え?」
「ここは丸い惑星じゃない。宇宙に浮いてもいない。ただ平面が広がって、そしてなぜか太陽だけが天空を移動している世界なんだ」
「!?」
言葉を失った琥珀の耳には、かすかに砂が風に舞う音だけが聞こえていた。