第10話
ピンクシルバーのリトルの事は、ダイヤ国王すら知らなかったようだ。
なので、便宜上、それは「リトルジャック」と名付けられた。
水中のリトルジャックの様子から、ナズナが察するに、ここしばらく次元の扉は開くことはないだろうと思われる。
「けど、なんだろう、おかしな感覚がするの」
そんな言葉の後、ナズナは、やはりこの次元に詳しいラバラに会って相談しようと思い、丁央に居所を聞いてみる。
「ラバラさまなら、ちょうどダイヤ国に来てるはずだぜ」
「ホント? ラッキー」
ナズナなら、鏡を使って自由自在にどこへでも行けるのだが、どうせなら移動装置を経験してみたくて、それを使うべく第3拠点に向かった。ここからダイヤ国王宮に設置された、移動装置の発着場所へ飛べるのだ。
他のメンバーも、移動車は近衛隊に任せて、ナズナと共にダイヤ国へと飛ぶ。
そしてなんと。
「お帰りなさい。ラバラさまがお待ちかねですよ」
彼らを迎えてくれたのは、クルスだった。
ひとり固まっているナズナをそこへ置きざりにして、丁央や綴たちはとっとと部屋を出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと!」
と言いつつも、ナズナは何故か引かれるようにクルスの前へと歩み寄った。
「お帰りなさい」
優しく微笑んだクルスが差し伸べる手に自分の手を置くと、ふれあったそこにどんどん熱が集まっていくようだ。これもおかしい、と、ナズナは思う。こんなに優しくてあたたかい気持ちになるのは、初めてだ。今までの恋とは何か違う。
「ただいま」
心持ち染まった頬を見て満足げに微笑むクルスに、曖昧に微笑みを返しながら腕を組み、2人もまた部屋をあとにした。
廊下で、2人が向かったのと逆方向のくぼみから、そおーっと顔を出す怪しげな野郎ども。
「やっぱおかしいぜ、ナズナの奴。あいつがあんなにしおらしいはずがない!」
直正がなぜか自信満々で言うと、綴が答えるように言う。
「完全に恋してしまったらしい」
「だな」
丁央も同意している。
「恋?」
「わあ、ステキだね」
泰斗と鈴丸はホワンと嬉しそう。
「なにはともあれ、良いことです。まわりにもいい影響を与えてくれますしね」
1人冷静に分析する琥珀が、ナズナたちを追って歩き始めると、あとから楽しそうな泰斗と鈴丸、その後ろに綴、最後に納得いかない表情だった直正は、追い越しざまに丁央に肩をポンと叩かれて、「ま、いいか」と、ニンマリ笑顔で歩き始めるのだった。
案内されたのは、王宮の屋上。広い敷地には屋上庭園などもあるのだが、彼らがやって来たのは、少し小高いところにある、360℃周りが見渡せる、がらんとした空間だ。
だがここへ来る途中で、まず丁央が、
「国王に会って来る」
と離脱し、そのあとには泰斗が、
「ダイヤ国にはね、安全を最重視した戦闘ロボがあるんだ」
と、不思議な説明をして、鈴丸をどこかへ引っ張って行ってしまった。
「ラバラさま」
クルスが声をかけると、中央で空を見上げていたラバラが振り返る。
「お、早かったの。早速じゃが、ナズナ、ここへ来てくれ」
「はい」
ナズナはラバラの方へゆっくりと歩いて行く。
そして隣に立って、先ほどのラバラと同じように空を仰いだあと、確認するように景色を眺めながら、その場でゆっくりと一周まわった。
「すごいところだわ」
「ほう」
「キングとジャックがどんなに理不尽でも、ダイヤのクイーンは決してあきらめず、結局すべてを包み込んで調和させようとしている」
「で?」
「もうあと少しで終わる」
「その前に」
「なにか、来ますね」
「なるほど、純粋な魔女というのはなかなかじゃの。それにお前さんはあの、何とか言う伝説の魔女のように、ヘンテコリンではないしの」
ヘンテコリンという言葉を聞いてラバラを振り返ったナズナは、しばらく首をかしげていたが、あっと言う顔になって言う。
「もしかして、ルエラおばさまに会ったの? いつ? どこで? 」
「お前さんも知っておるのか。今ここでは言えんのじゃが」
ラバラはチラッとうしろの4人に目を走らせて言葉を濁す。
「ええー? やだーどうりで伯父さんがあんなに焦ってるはずだわ」
「伯父さん?」
「そう、ルエラおばさまの義理の弟。異界の名門の名を残すため、フルストヴェングラー家のお婿さんになったんです。彼もその昔、バリヤの優秀な隊員だったのよ」
それを聞いて、さすがのラバラも少し驚いた顔になる。
「バリヤの隊員とな。じゃがバリヤが活躍しておったのは、260年以上も前のこと」
「よくご存じですね。けど、私たちは異界に生きる者。ここともネイバーシティとも時の感覚が違うんです」
「ということは」
「はい、彼はこちらで言う300歳くらいになります」
「なるほど。と言うことは? ……あのヘンテコリンもまだ生きておるのか!」
今度はきっちり驚いたラバラに、ナズナは可笑しそうに笑って答える。
「そこにツッコミ入れますかー。はい、まだまだ健在です。直人おじさまがなくなった後、本人はネイバーシティに留まるつもりだったんですが……」
ネイバーシティやクイーンシティでは、異界の魔物も人と同じように歳をとる。ただ、彼らが異界に戻り少し時を経ると、本来の姿を取り戻す。いわば時が巻き戻されたようになるのだ。
直人がどことも違う次元へと旅立った後、さすがのルエラもいつもの天衣無縫が抜けたようになっていた。けれどしばらくして、それが戻りつつある様子が見られ始めると。
「もう、一直ったらね、母さんがこっちに単独でいると、ろくな事がないから、早く異界に帰ってよ、なんて親不孝なことを言うのよ~。酷いと思わない?」
と、冷静に事を判断するひとり息子の一直に諭されて、異界へ帰って行ったと言うわけだ。実際それは完璧に正しい判断だったと今でも皆が思っている。
「なるほど、良い息子を持ったようじゃの」
「そうね。で、伯父さんはきっと、おばさまに何か託されたんだと思うの。おばさまはね、もう異界から外へ出る気はないみたいだから」
その言葉を聞いたラバラは、少し考えるように頭をもたげていたが、そのあとニッコリと笑う。
「そうかそうか。さすがは伝説の魔女じゃの。ただのヘンテコリンではないな」
「あたりまえです」
「ハハハ」
そのあと2人は、なにやら長い相談を始めてしまう。後ろで取り残されていた4人の男子は、さすがに暇を持てあまし気味だ。
「えーと、お2人様。お話しがつきないようですが、俺たち暇だから、クルスに王宮案内して貰うぜ、いいかな?」
しびれを切らせたように、1番遠慮深い? 直正が言う。
それに今気づいたと言う風情のナズナが、あっという顔で詫びる。
「ごめんなさい! よろしくお願いします」
ガバッと頭を下げた先にいるのは、言うまでもなくクルスだ。直正はあっけにとられ、綴は珍しく横を向いてブッと吹き出し、当のクルスはと言うと、特に焦る様子もなく静かに答えている。
「了解しました。それではご案内します。行きましょうか」
彼らはその言葉どおり屋上から出て行ったが、一番最後を歩いていたクルスが、出入り口でふと振り返った。
「ナズナさん」
「はい」
「あとでお茶をご一緒したいのですが、よろしいですか?」
「あ……、はい」
クルスのいきなりの誘いに、躊躇しつつもイエスの返事を返すナズナ。
「良かった。ではのちほど」
微笑んできびすを返すクルスと、少し赤い頬のナズナを興味深げに眺めていたラバラだったが、ウンと1つ頷くと、特に何事もなかったように相談の続きを始めだした。
「お話しは進んでおりますかな?」
「進んでなくちゃ困るぜ」
入れ替わりに現れたのは、ダイヤ国王と丁央だ。
「おう、2人とも世話をかけるの」
「なんのなんの」
「そうですよ、ダイヤ国王の寛大さに感謝して下さいよ、ラバラさま」
「なんのなんの」
さすが年の功のダイヤ国王は、いつでも焦らず慌てず、のほほんとその場の空気を和らげる。
「ですがな、こんな大がかりなイベントは初めてのことですな。大いに楽しまねば」
「皆、お祭り好きだから大丈夫ですよ。それより、今後のことをきっちりはっきりはじき出して下さいよ、ラバラさま。期待してます」
ピッと敬礼などして言う丁央に、ラバラは大いばりで答える。
「そんなもん保証できん」
「ええ?!」
ガクッとよろける丁央に、追い打ちをかけるように言う。
「占いはただの占いじゃ」
「ええー?! そんなあ」
悲痛に叫ぶ丁央に、ラバラは空を見上げながら誰にともなく言った。
「ワシらのはじき出すものは、答えであって答えでない。ただの羅針盤じゃよ。それを参考にして向かう先を決めるのは己自身。それを善き方へ利用するのも、また己自身。そして結果に全責任を負うのもまた己じゃ」
「うへ! 厳しい~」
ふざけたように言いながら、肩をすくめる丁央。
「生きるとは厳しいもんじゃ!」
言葉とは裏腹に大笑いするラバラに、「わかってますよ」と不適に笑いを返す丁央と、そんな2人を微笑ましそうに見つめるダイヤ国王。
ナズナはそんな彼らを見て、時代背景は違えど、この次元に肩入れしたがるルエラやロアンの気持ちが、少しは理解できたような気がした。
ラバラが持ち出した提案はこうだ。
クイーンシティ、旧ダイヤ国(第2拠点)、ダイヤ国、ジャック国(塩の水たまりのあたり)の4つの場所で、同時に星読みを行うというものだ。初めはジャック国を除く3カ所だったのが、ナズナの登場により4カ所に増えたと言うわけだ。
クイーンシティにはラバラ。
旧ダイヤ国にステラ。
ダイヤ国にはララ。
そしてジャック国にナズナ。
彼女たち4人が時を同じくして、星を読みつつそれぞれが得意分野の占いを行う。
「で? いつ決行します?」
丁央の問いかけに、ラバラは少し考えていたが、
「他の者はどの地も知っておるが、ナズナはどこも初めてじゃ。いちど全部廻ってみた方が良いじゃろう」
と提案すると、それを伝え聞いたララとステラが、そして月羽までもが、ぜひ! と案内役を引き受ける事になった。
「まずはクイーンシティからよ」
「ええー、ダイヤ国よお」
「まあまあおふたりとも」
「ふふっ、たーのしいー、あとで王宮でお泊まり会しましょ。もちろん女の子のみ!」
「賛成ー」
とまあ、女子たちはこの火急時に、やたらと楽しそうだ。
そしてもう2人、やたらと楽しそうなのがいた。
ダイヤ国から、旧ダイヤ国へと移動した泰斗と鈴丸の2人だ。
「あれ? 足の運びが滑らかになってる」
そこで整備されたロボットスーツを発見し、大喜びで乗り込んだ鈴丸が驚いている。
「うん、それぞれの関節部分にね、ちょっとしたパーツを組み込んでみたんだ」
「そうなの? ちょっと確認したいから変わって」
と飛び降りて、代わりに泰斗に乗って貰い、事細かに動きの指示を出す。
「しゃがんでみてよ。あ、もうちょっと深く。じゃあ今度はゆーっくり屈伸運動してみて」
「はーい」
「あ! 止まって! わあ、これだね、なるほど~やっぱ泰斗はすごいや」
「そうだろうそうだろう」
「うん、って? え、誰?」
感心する鈴丸の後ろで声がした。振り向くと、腕組みしてニカッと爽やかに笑う男が立っている。
「時田さん!」
泰斗が言うと、鈴丸はあっという顔になって笑顔で自己紹介をした。
「時田さんって、空間移動装置の第一人者なんですよね、泰斗から聞いてます。ええっと、実際にお目にかかるのは初めてですね、俺は鈴丸・オルコットって言います」
「お、俺も聞いてるぜ。すげえメカニックが来たってな。俺は時田 瞬壱だ、よろしくな」
差し出された手をガッチリ握って、時田がこちらも嬉しそうに言った。
「時田はそのすごいメカニックに、防水理論をたたき込んで貰いたいそうだ」
またその後ろから声がして、見ると落ち着いた感じの男が立っている。
「初めまして、トニーです」
「わあ、トニーさんまで。よろしくお願いします」
鈴丸は嬉しそうに握手を交わすと、トニーに聞く。
「でも、防水理論って?」
「ああ。俺たちが新規に手がけている移動装置をな、完全無欠の防水にせにゃならんのだ。だから君の協力が是非とも必要なのだよ、鈴丸くん。おわかりかね?」
トニーより早く、時田がどんどん説明を始めるので、ちょっと押され気味の鈴丸だったが、そこはそれ、彼もまた筋金入りの理系人だ。
「移動装置! それって、俺たちのの次元にはない理論を使ってるんですよね? すごく興味があります、ぜひ協力させて下さい」
「おーし、そうと決まれば善は急げだ」
と、今にも鈴丸の首根っこをつかんで行こうとするので、泰斗が慌てて阻止する。
「わあ、いくらなんでも急ぎすぎだよ、時田さん」
何とか時田を説得し、泰斗たちはクイーンシティのロボット研究所へ寄ったあと、トニー&時田の研究所へ行くことになった。
「じゃあ待ってるぜ。早く来いよ」
「せっかちな奴ですみません、でも楽しみにしていますよ」
2人はそんな言葉を残してクイーンシティへ帰って行った。
「何しに来たんだろ?」
「鈴丸をスカウトしに来たんだよ」
「ええ?」
可笑しそうに言う泰斗に、鈴丸は「まさかー」と本気にしていなかったが、時田の場合、それは案外当てはまっているのだ。
「じゃあ、僕たちも早めにクイーンシティに行こうか」
「その方が良いみたいだね」
と、ここで泰斗はあることを思いつく。
「だったら、ちょっとお願いしてみる」
「?」
ダメ元でR-4に、クイーンシティのロボット研究所へ直行で自分たちを運んでもらえないかと相談したところ。
「いーヨ」
と、いとも簡単にR-4からお許しが出た。
不思議に思った泰斗だったが、その謎はすぐに判明する。
「ただし、防水理論ヲ、説明セヨ」
何のことはない、R-4もまた、鈴丸から防水技術を教えてもらおうと思っていたのだ。
「まったく、R-4ったら」
あきれる泰斗は、けれど今回の提案に目を輝かせる鈴丸を見て、
「ま、いっか」
と、納得したのだった。
さて、ダイヤ国に残った他の者はというと。
まず綴が、純粋な研究のために、できれば移動車でクイーンシティへ帰ってみたいと言いだした。
「ラバラさまやナズナの言葉から察するに、またあの扉が開くまで、時間がありそうです。それなら、その間にこちらの次元のことをもっとよく知りたいのです。お許し頂けるなら、あの移動車でクイーンシティまで行ってみたい」
その依頼は、丁央にもダイヤ国王にも快く受け入れられる。
「ありがとうございます。こんなわがままを受け入れて下さって」
「なんのなんの」
「それってどちらの次元にとっても、きっと良い影響があると思うぜ」
ただ、ダイヤ国からではさすがに時間がかかりすぎるので、出発は第2拠点の旧ダイヤ国からと言うことになった。
そして、当然その旅には直正も参加する。
「俺も行くぜ。砂漠の旅なんて映画みたい。すっげえ楽しみじゃないか」
「研究のためだ」
「まあまあ、堅いこと言わないで、綴くん」
琥珀もまた、一緒に行きたいと言い出した。
「僕も、砂漠に生息する一角獣や、そのほかの生物を観察して行きたいです。かれらの進化にも興味があるし」
「ああ、琥珀は歓迎する」
「ええー? 扱い違うー」
「あたりまえだ」
いつもながらの2人のやり取りを、まわりの者は微笑ましく眺めるのだった。
彼らの出発は、鈴丸たちがロボット研究所へ向かうのと同じ日に設定されることになった。
旧ダイヤ国研究所前の空間がグニャグニャと歪み、そこにポッカリとR-4たちの移動部屋入り口が現れた。
「うわあ……、かげろうみたいだ」
「おおっ、なんだあれ! 空間に出入り口が!」
移動部屋入り口の出現に、素直に驚く鈴丸と直正、目を見張る綴と琥珀。
そんな彼らを面白そうに見つめていた丁央が、R-4の移動部屋のことを丁寧に説明する。綴はそれを聞きながら、次はあれに乗りたいなと密かに思うのだった。
手を振って鈴丸が乗り込んだ移動部屋の入り口が、またグニャグニャと歪んで消えるのをポカンと眺めていたメンバーは、丁央の声に夢から覚めたようになる。
「では、君たちも出発するかね?」
ニンマリ笑う丁央に、「おう!」と元気よく直正が答え、他の2人も頷いた。
今回の旅は、彼らが乗る移動車のほかにもう1台。
「では国王、ハリス隊も共に出発します」
第1拠点にある湖の出現で、砂漠の奥深くに眠っていた旧型戦闘ロボットは一掃されたと思われる。ただ、それが100%だと言う保証はどこにもない。万が一のため、ハリス隊が彼らの護衛につくことになったのだ。
それからもう1人。
「よろしくな、琥珀」
「よろしくお願いします」
琥珀と通信のやり取りをするうち、遼太朗は彼の誠実な人柄に惹かれ、生物学と歴史学の違いはあるが、一角獣の進化と歴史に関する研究を、共に始めてみたいと思っていた。それが今回、このような形で実現することになったのだ。
「では、行ってくる」
「貴重な発見があれば良いな」
がっしりと握手を交わす丁央と綴。
そのあと丁央とコブシを付き合わせた直正が、何故かツツ、と横道にそれていく。
「?」
皆が不思議に思っていると、彼は案の定と言うか、ハリス隊が並んでいるあたりへ行くと、パールの前に進み出た。
「なんて美しい。貴女のような方が護衛について下さるなんて、光栄の極みです」
そして、彼女の細い腰に手を回し、あろう事かその手はスルスルと下に降りていく。
それがヒップにさしかかろうとしたその時。
ズガーン!
直正は砂漠の向こうに吹っ飛んでいた。
「おいたはいけませんことよ」
パンパンと手を払うパールに、はるか遠くから直正の叫びが聞こえていた。
「うっそおー、信じられなーい!」