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バリヤ 9  作者: 縁ゆうこ
第2章
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第9話


 ダイヤ国、王宮広場。

 ここは最初のテスト飛行の時、天文台型移動部屋が到着した所だ。


 同じ場所で、またヴィンヴィンと音がして、まわりの空間がグニャグニャと歪みはじめる。

 それを見上げていたダイヤ国王が微笑んで頷いたのと同時に、移動部屋が姿を現した。

 開いた出入り口から最初に姿を現したのは、やはり国王の丁央だった。彼はダイヤ国王の姿を認めると、足早に歩み寄って握手を交わす。

「国王自らのお出迎え、ありがとうございます」

「いやいや、そちらこそ、国王自らの案内役、ご苦労でしたの」

 人の良さそうなダイヤ国王は、次々降りて来るゲストを、まるで自分の子どもを見るように眺めて相好を崩す。

「ようこそダイヤ国へ。皆、待ちかねておりましたぞ」

 すると、本当にその言葉を待ちかねていたように、今まで人っ子1人いないと思っていた広場の植え込みや建物の影から、大勢の人が現れて手を振ったり飛び跳ねたり、大騒ぎだ。

「ありゃー、ダイヤ国民ももしかしてお祭り好き? また今日も二日酔いかよー」

 直正が頭を抱えるように言う。

「大丈夫だぜ。今日は調査だから、歓迎会は明日、だ」

 丁央が訂正して言うのに、直正は「やっぱり歓迎会あるんじゃねえか」と、ちょっとゲッソリしつつも嬉しそうだ。

 彼らはひとしきり群衆に手など振って、ダイヤ国の歓迎に感謝を返していた。


 それもようやくおさまると。

「丁央!」

 という声が聞こえて、誰かが走り寄ってくる。

「お?」

 なかなかの美人なその人を見て、ちょっと嬉しそうにした直正など眼中になく、彼女は丁央と優しくハグを交わす。

「おう、ご苦労だったな、月羽」

「いいえ、エネルギー開発担当としての当然の役目よ」

 しばらく嬉しそうに瞳を交わしていた2人は、ふと我に返って皆に向き直る。

「紹介が遅れたな。彼女がクイーンシティ王妃、小美野おみの 月羽つきはだ。ちょうどダイヤ国に出張していたんで、ここでの紹介になってしまったけどな」

「皆さんに早くお会いしたかったわ。初めまして、月羽と申します」

 すると、綴がすっと前に進み出て、丁寧に手を取り挨拶する。

「初めまして。ネイバーシティから参りました、広実 綴と申します」

「鈴丸・オルコットです」

「天笠 琥珀です、よろしくお願いします」

 他の2名もそれぞれやって来て自己紹介した。

 次にやって来た直正は、なぜかうやうやしく跪いて彼女の手を取り、格好をつけて言う。

「手塚 直正と申します。貴女のような美しい王妃とお目にかかれて光栄の極みです」

 すいっとその手を持ち上げて、自分の唇をあてようとしたが、横から丁央が自分の手を差し出して月羽の上に重ねる。

「んー、うわっ、なんだよ!」

「なんだよじゃない! お前こそどさくさに紛れて何してんだよ」

 丁央が睨んで言うと、直正はちえっとあきらめて立ち上がった。

 そして、丁央の耳元で「この幸せもの!」とささやいて、そそくさとその場を離れていった。


 最後に月羽の前に立ったのは。

「ナズナ・シンクレアと申します。よろしくお願いします」

 ナズナはそう言って、差し出された彼女の手を取ると、片膝を折って腰を低くするような仕草で挨拶した。

「まあ、貴女が!」

 と嬉しそうに言うやいなや、月羽はなんと彼女にガバッとハグをしたのだ。

「え? あれ?」

「ララから聞いてたのよ、純粋な魔女が来るって。わあ、やっぱり美人ねえ」

 パッと離れて、前から横からナズナをくるくる動かしつつ月羽が言う。

「ララも、……魔女の血を引く者、ですね」

 しばらく遠い目で何か感じ取っていたナズナは、納得したように頷いて言ったあと、嬉しそうに頬に手を当てて言う。

「でも、嫌だあ~美人なんて、そんなホントのこと~」

 と、ここでもナズナは正直だ。

「ララに紹介するわ、来て!」

 と、月羽はナズナを連れて行こうとするが、丁央が「コホン」と咳払いをすると、あっと言う顔になる。

「あら、嫌だ、ごめんなさい。それは後で、だわ。これから皆さんは塩の水たまりを調査しに行くのよね」

「そうだ」

 丁央が咳払いした手のまま言うと、月羽はペロッと舌を出した。その月羽にお呼びがかかる。

「月羽様、エネルギー開発担当が探しておられます」

「はい、すぐに」

 パッと気持ちを切り替えたようにキリリと返事した後、月羽はナズナに「あとで、ね」と言うと、王宮の方へ走り出した。


 途中で、こちらへ歩いてくる男性とすれ違いざまに、二言三言、言葉を交わしている。

 ナズナはふいに、その男性が、かすかながら月羽に叶わぬ想いを抱いているのを感じとってしまう。

 いつもなら、お気の毒、だとか、ご愁傷様、だとか。

 他人事としてその思いは流れて行き、何の感情もわかないはずが、このときに限って彼女はその男性から目が離せないでいた。

 なにかしら? 同情? 憐憫? 

 自分の気持ちがよくわからないまま、その人をただ眺めていた。

「クルス」

 丁央が彼の名を呼ぶと、その男性は丁央に笑顔を送り、ネイバーシティから来た彼らに、順に視線を巡らせる。

 その瞳が、ナズナを捕らえた瞬間。

「!」

「!」

 まるで雷に打たれたように、ふたりの動きが止まる。

「クルス?」

 心配そうに呼ぶ丁央の声に、我に返ったクルスだが、

「ああ、いえ、大丈夫です」

 と、訳がわからないまま、けれどナズナから視線を外せないまま、彼女とすれ違う。

 ナズナも、クルスが横を通り過ぎて丁央の前に行くまで、視線を外せないでいた。

 順番に自己紹介をする皆を見ている間、ナズナはどんどん鼓動が早くなるのを感じていた。

 隣にいた琥珀と握手を交わすと、クルスはとうとうナズナの前に立つ。

 けれどいつものナズナらしくもなく、うつむいたまま手を差し出す。

「ナズナ・シンクレアです」

「クルスです。こちらでエネルギーと、最近は移動装置開発も担当しています」

 緩く手を取られただけで、ドキッとする。思わず引っ込めようとした手を、彼が強く握りこむのがわかる。

「あ、あの」

 なかなか手を離してくれないので、仕方なく顔を上げようとしたそのとき。

「お顔を見せて下さらないのですね」

 と、いきなりクルスが彼女の前に跪いた。

「え?」

 見上げるように自分を見つめている目は、月羽に向けるそれと似ているようで似ていない。

 もっと、もっと深い熱さに輝いていた。

 そうか。

 わかってしまった。

 私たちは、一瞬でお互いを恋してしまったんだ。

「よろしくお願いします」

 いとおしむように微笑んだ瞳に吸い込まれそうになりつつ、ナズナは頬を染めて、「こちらこそ」とかろうじてつぶやくのだった。


 こんなとき、いつもならヒュウと口笛を吹く直正だが、今日は勝手が違う。

「な、なんだよ! あんなナズナ、見たことないよな」

 綴の耳元でつぶやく直正に、

「お前にはわからんさ」

 と、冷静に言い放つと、文句を言い出す直正は置いておいて、丁央に声をかけるのだった。

「いつ出発だ?」




 ダイヤ国で移動部屋から移動車に乗り替えて、彼らは塩の水たまりへと向かう。

 第3拠点は完成していつでも使えるのだが、まわりを確認しながら行きたいと言う綴の要望で、少し時間はかかるが、移動車を使うことになったのだ。

「ええ?! 羽根もプロペラもないのに飛んでる! 泰斗、この移動車って構造はどうなってるの? 何をエネルギーに使ってるの?」

 移動車を見た一行は最初、砂漠を走って行くのだと当然思っていた。だが、乗り込んだ後にそれが静かに浮かび上がると、まず鈴丸が泰斗を質問攻めにした。

 それを聞いた泰斗は、こちらも初めて聞く話に、鈴丸を質問攻めにする。

「え? ネイバーシティの移動車は、羽根やプロペラで飛ぶの? どうやって? エネルギーは宇宙から貰ってるんだけど、それも違うの?」

 2人は、顔を見合わせると、

「どっちも」

「ゼロからの説明だね」

 と、楽しそうにタブレットとパソコンと、ノートとペンをテーブルに広げるのだった。


「やれやれ、やたらと楽しそうだな」

 こちらは副操縦席に座った直正。

「それはそうだろう。何もかもが何百年ぶり。いわばどちらも初めてのことなんだ」

 その横には綴がいる。

 そして2人の後ろから、丁央が操縦を指導している。

「だよな。けど君たち、やたらと操縦が上手いじゃないかね」

 口調はおどけているが、丁央は2人の飲み込みの早さに驚いていた。

「国王様のお褒めにあずかり、光栄にございます。けど、操縦自体はあっちの自動車って奴に似てるから、覚えが早いんだと思うぜ」

「そうなのか?」

「ああ、この移動車がいつの時代に作られたのかはわからないが、さかのぼれば、俺たちは同じ先祖を持ってるって事だからな。構造が似ているのはうなずける」

「だからか。じゃあ君たちがすごいってわけでもないんだ」

「いや、すごいんだよ」

「どこが!」

 アハハと笑う丁央と直正に苦笑しつつ、綴は延々と続く砂漠を見つめて操縦桿を握っていた。


 その後ろで、今回はクイーンシティに残っている遼太朗が通信を入れてきたらしい。

「今回もお供を連れてるんだな」

 琥珀のそばから離れようとしない一角獣に、微笑みながら遼太朗が言う。

「お供って。けど、本当に不思議なんだよ。直正じゃないけど、これが綺麗なお姉さんならもっと嬉しいんだけどな」

「ハハ、ところで、琥珀は名字が天笠って言うんだよな?」

「ああ、そうだけど?」

「実は、俺もうっかりしてたんだが。トニーに聞いて思い出したんだ」

「なにを?」

 すると、フィンとディスプレイがもう一つ現れて、トニーが話しに加わる。

「天笠って名前が、記憶の底に残っててね。いつだったか王宮図書館で見たような気がして。で、歴史のことなら遼太朗が詳しいかな、と聞いてみたんだ」

 それを受けて遼太朗が後を続ける。

天笠あまかさ のぼる。初期のバリヤが活躍していた頃に、生物学者として単身クイーンシティに来ていたと古い資料にはある」

「天笠……」

 自分と同じ名字に思わずつぶやく琥珀。

「しかも資料を調べていくと、この人物は、滅び行く一角獣に見て見ぬ振りが出来ず、彼らを絶滅から救った功労者だそうだ」

「ええ?!」

 驚く琥珀は、

「いやでも、同じ名字なんていくらでもあるし」

 と言いつつ、こちらを見ている一角獣の澄んだ瞳に思わず魅入られる。物言わぬその瞳は、琥珀の中にいる遠い祖先を見透かしているようだった。

「そう、なのか? だからお前たち」

 心なしか嬉しそう(に見える?)彼らに、改めて今回この異次元にきた事実と不思議を思う、琥珀だった。


「けど、今回この子たちを連れてきたのは、別に意味があるんだよね」

 浮かび上がる2つのディスプレイの前に、泰斗と鈴丸がやって来る。

「泰斗、もう移動車の不思議は解明し終わったのか?」

 こちらも移動車を自動操縦に切り替えた直正がやって来た。

 泰斗と鈴丸の2人は、顔を見合わせてニッコリすると、声を合わせたように言う。

「うん!」「だいたいのところはね」

「さーすがー」

 感心する皆の後ろから、丁央が声をかけた。

「打ち合わせするから集まってくれ。で、そこのロボットオタク2人、テーブルを片付けなさい」

 丁央の後ろにはナズナがいて、2人はティカップをのせたトレイを持っていた。

「はい」

「丁央ってば、お母さんみたい」

「なんだと!」

 ふざけつつも泰斗たちはあっという間にテーブルを片付けて、打ち合わせが始まった。


「クイーンシティの次元の扉ってのは、昔の資料で調べたところによると、リトルペンタが大きく関係しているらしい。もうひとつ、ダイヤ国には、今のところ次元の扉は確認されていない」

 丁央はテーブルの上にディスプレイを開いて、説明をはじめる。

「もうひとつ、ダイヤ国とクイーンシティには、各々に違ったリトルが存在していて、それは、第2拠点と俺たちが呼んでいる、旧ダイヤ国を境に互いに入れ替わることはないんだ」

「だったら、今回現れた次元の扉には、リトルペンタは関与していないのか?」

「その可能性が高いんだが、何故か2つのリトルは、一角獣を介してのみ自由に行き来出来るんだ。もし、あのあたりに一角獣が生息していると仮定すれば」

「リトルペンタもいる可能性がある?」

 丁央は頷いて、

「あくまで仮定だがな。けど、一角獣もいつも同じ所にいるわけじゃないだろ、もしリトルペンタを集めるならこいつらが必須ってわけ」

 一角獣を優しくなでながら言う。

「だから連れてきたのか」

「そういうこと。お、ちょうどいいタイミングだぜ」

 コクピットから、目的地が近づくと鳴るアラーム音が聞こえてきた。



 水たまりのまわりは、今日も塩水を口に含んで咳き込みながらふざける観光客が何人もいる。

 その横では、ピチピチとはねる生き物をそっと水の中へ返す者もいる。

「やはり魚も吸い込まれてきたんだ」

「さかな? そうか、そっちではあれを魚って言うのか。後で皆に周知しておくよ」

 つぶやいた綴の言葉を聞いて丁央が言った。

「あれからあんまり増えてないみたいだね、水の量」

 泰斗が言うのに「そうなんだ」と、試しに手を水につけている鈴丸。

「海って言うより、やっぱ塩の水たまりだな」

 その狭さを見て、直正が納得したように言う。

「出入り口はどのあたりにあるの?」

 同じように眺めていたナズナが、丁央に聞く。彼は少し離れた左の方を指さして言った。

「あのあたりだ」

「そう……。だったら、綴」

 と、ナズナは折りたたみ式の鏡を綴に手渡して言った。

「少し調べてくる」

 と、ボウンと、子猫ほどの鏡渡りサイズになって、あっという間に水の中へ消えた。

「すごーい」

「俺も初めて見た!」

 泰斗が驚く横で、鈴丸も楽しそうに言う。

「え?」

「あの技は、そんなに頻繁に使うたぐいのものではないからな。ネイバーシティでも、見たことがない者は大勢いる」

「そうなんだ」

 説明する綴に、泰斗も納得したようだ。

 しばらくすると、綴が手に持った鏡からコンコンと音がする。彼がそれを開くと、ヒュッと何かが飛び出してきて、ボウンとナズナの姿に戻った。けれど彼女は、少しも濡れていない。またそのことに泰斗たちが驚くそばで、綴は静かに問いかけた。

「どうだ」

「うーんとね。扉らしきものは見当たらない。けど、砂が輝いてるの」

「輝いてる?」

 その言葉を聞いたのかどうか、突然、一角獣がウイーンと首を持ち上げると、声なき声でいなないた。


 すると。

 サアーーッと音がして、彼方からプラチナブルー。またその後ろから金銀が。

 そして、真逆の砂漠の向こうから、ピンクシルバーが集まってきたのだった。

 かれら? は、はじけるように、また見方によっては楽しそうに、ポンポン弾んだり、ぶつかりあったりしはじめた。

 あたりにいた誰もが、しばし、混じり合って虹のように輝くそれに目を奪われていた。



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