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バリヤ 9  作者: 縁ゆうこ
第2章
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第8話


 さて、こちらははネイバーシティ。

 直正たちからはまだ連絡が入らない。

 成功したのか、はたまた失敗して次元の彼方へと放り出されたのか。

 実際は、思いも寄らないクイーンシティの歓待ぶりに、連絡を入れると言う事が(綴でさえ)頭からすっぽり抜けていたのだ。


 そんな事情もわからないまま一夜が明けて、さすがに心配になったナズナは、所長に断って、SINGYOUJIホテルへとやって来ていた。

 実はナズナも「ソラ・カンパニー」の契約研究員で、研究の傍ら異界とのコンタクトや、ついでに直正のお目付役もしているのだ。


 綴たちと同じように、MR.スミスに紹介されたナズナは、

「では、早速ご案内いたしましょう」

 と言うのをさえぎって、説明をはじめる。

「いえ、私がここへ来たのは、何かこちらに連絡が入っていないかと言う確認なんです」

「ほほう、と言われますと?」

「出かける前に、彼らが連絡方法を言い残してないかな、と」

 すると、MR.スミスは申し訳なさそうに微笑んで、かぶりを振った。

「いいえ、私にはなにも」

「そうですか」

 ナズナはちょっとだけガッカリした様子を見せたが、実際の所それほど落胆はしていなかった。もし帰らなかったら、どちらにしても自分もあちらに行くつもりでいたし、伯父さんからも頼まれているし。

 そのあと、ナズナは所長に連絡して、これから向こう側へ行く許可を得た。

「すまないねえ。直正くんはともかく、あの綴くんが連絡を取ってこないんだもん、心配だよね。じゃあよろしく」

 そんな風に言う所長に吹き出しながら、ナズナは大事な事を伝える。

「はい。で、念のため、私の机に置いてある鏡は、伏せたり動かしたりしないで下さいね」

「うん、もうそれは徹底してるよ」

「ありがとうございます」

 通信を切って、では、とMR.スミスに向き直ったナズナは、彼が聞きたそうにしている事を察して、先回りして言った。

「鏡のこと、不思議に思われました、よね? 実は私、純粋な魔女なんです。なので、万が一の時のために、鏡を用意して貰っています」

 MR.スミスは、やはりという感じでポンと手を打つ。

「さようでございましたか。では、少しお待ち下さい」

 と、どこかに連絡を入れる。すると、ほとんど待つこともなく、美しい装飾が施されたドレッサーが彼らのいる応接室に運び込まれる。

 それは、まるで元からそこにあったように部屋にしっくりと収まった。

「こちらにお帰りになりたいときは、どうぞこれをお使い下さい。動かさないように申しつけておきますので」

 ナズナは、そう言ってニッコリ微笑むMR.スミスの配慮に、本当に嬉しそうに言った。

「ありがとうございます! 皆が貴方みたいに気の利く人だったら良いのに」

「いいえ、それでは困ります」

「?」

「そんな者ばかりになりましたら、私の腕の見せ所がなくなってしまいます」

 いたずらっ子のようにウインクして言うMR.スミスに、しばしポカンとしていたナズナは「あら、ホントだわ」と、可笑しそうに、けれど心から楽しそうに笑うのだった。


 異界の魔物は、鏡を使って次元を行き来する「鏡渡り」を使う。

 遠い昔のことだが、伝説の魔女のおかげにより、ネイバーシティとは成分の違うクイーンシティの鏡へも渡れるようになっている。

 ナズナはとりあえずその力は封印して、直正たちと同じように歩いて? 向こう側へ行くつもりでいた。

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 閉じていく扉の向こうで深々とお辞儀するMR.スミスに、こちらも丁寧に礼を返したあと、ナズナは「さて!」と、気を引き締める。

「絶対向こうにたどり着いてみせるわ! でなきゃ直正に何言われるかわかんないわ!」

 そうひとりで気合いを入れると、彼女はどんどん奥へと進んでいくのだった。



 まばゆい光にしばらく視界がさえぎられる。

 だが、それもすぐにおさまった。

「貴方としたことが、連絡の一つも入れないで、どうしたの?」

「ああ、本当に俺としたことが、だったよ。すまない」

 目の前に立っているのは、綴だ。

 珍しく照れたように頭を下げた綴は、怪訝な表情で顔を上げる。

「なんで来るのがわかったか、聞かないのか?」

 するとナズナは、いたずらっぽく微笑んで、彼の後ろへ視線を走らせた。

「聞かなくてもわかる……」

 その言葉を言い終わらないうちに、ナズナはステラの前へ瞬間移動していた。

「貴女は、魔女ね?」

「その血を引く者です」

 ニッコリ笑うステラに、ナズナも嬉しそうに微笑んで軽くハグをする。

 だが、次の瞬間、綴は凍り付いた。

「なんで直正は来てないの? まさかあいつ、また!」

 くるりと振り向いたナズナの形相が、鬼のように恐ろしいものだったからだ。


 ナズナの思惑通り、直正はまだベッドの中にいた。

 ただし、今回はひとりだ。

「うー、あだま……いだい……」

 要するに飲み過ぎ二日酔い、なだけだ。

「なんてあんなに勧め上手なんだよ、クイーン……」

 お祭り好きなだけでなく、もっと飲めだの、もっと歌えだの、もっと踊れだの。若いお姉さんじゃないのに、ついつい乗せられてしまった。

 そろそろ起きないと。

 そーっとベッドを抜け出して、なるべく頭を動かさないように浴室へと移動し、熱いシャワーを浴びた。おかげで少し軽くなった頭を抱えて浴室を出ると、コンコンコン、とノックの音がした。

「ふぇーい」

 なんとも情けない返事でガチャリとドアを開けた。

「!」

「!」

 そこには目を見開いた2人の知人。

「おう、綴。え、なんでナズナがいるんだ?」

 バスタオルで頭を拭きつつ言うと、いきなりドン! と押されて、ドアがバタンと閉じる。

「え?」

「何か着なさい!」「下着くらいつけろ」

 同時に聞こえたセリフに、視線を下へとむけた直正は、「ハハハ、すまん」と、浴室へ戻り、ティーシャツとボクサーパンツにジーンズを身に着けると、またドアを開けに行った。


 部屋に備え付けのティセットは、ネイバーシティのものとほとんど変わりがない。

「えーと、このお茶でいいよな? ってこれしかないんだけど」

「ああ、構わないよ」

 綴が答えたその横で、ムッツリとふくれた顔のナズナは、かすかに顔を縦に振る。

 直正は仕方がないかと言うふうに苦笑して、紅茶を入れる要領で茶を入れ、2人の前に差し出した。

「ありがとう」

「……ありがと」

 笑顔はないものの、ナズナもきちんと礼は言う。直正は、自分用に入れたお茶を持って彼らの前に腰掛けた。

 3人は同じようにそれを一口飲んで。

「! 美味しい」

「うまいな」

「うわ! うま! なにこれ」

 今まで飲んだことのないような味なのだが、やたらと美味しいそのお茶に、三者三様の感想が勝手に口をついて。

 何故だか3人とも可笑しくなって、ひとしきり笑っていたのだった。

「で? ナズナは、連絡がなかったんで、心配して来てくれたって事で、OK?」

「OKよ」

「ご心配おかけしました。で、肝心のあっちへの連絡は、ついたのか?」

 と、綴に聞く。

 すると、綴は可笑しそうに苦笑いしてから説明をはじめる。

「ああ、鈴丸と泰斗がやたらと張り切ってたんで、2人に任せてナズナをお迎えに行ったんだ。で、ここへ来る前に聞いてみたら、通信はすんなり通じたってことだ」

「ふうん、で、それがなんで面白いんだ?」

 直正は綴の表情から察してそんなふうに聞く。

「それが、あまりにもあっけなく通じたもんだから、2人ともガッカリしててさ」

 そのあと、ナズナがこちらも可笑しそうに後を引き受けて言う。

「そうなのよ。なんかこう、もっと、あーっ通じないー! どうしようーってなってね、ああでもないこうでもないって試行錯誤ののちに通じてほしかったーって、ふたりして本当に悔しそうなの。だからもう、可笑しくって」

「天才とか科学者ってのは、変な奴ばかりだな」

「ハハ、そりゃ可笑しいわ」

 そのあと、綴がここへやって来た理由を話す。

「あちら側の海と繋がっている次元の扉は、ジャック国と言うところにあるんだそうだ。だから、今日これから俺たちはそこへ行く」

「私も所長に了解とってあるから同行するわ」

「了解。で、そのジャック国とやらまでは、どのくらいかかるんだ?」

 すると綴は、また面白そうに言う。

「一瞬だそうだ」


「へえ、これが空間移動部屋か」

 そしてネイバーシティご一行は今、王宮広場に置かれた、トニー&時田ご自慢の、天文台型移動部屋の前にいた。

 そのトニー&時田の2人は、現在2代目の移動部屋開発中のため、ブレイン地区にある自分たちの研究所に入り浸っている。なので今回は、丁央が彼らを案内する事になっていた。

「くれぐれも、壊さないでくれよ」

 通信のディスプレイごしに時田が念を押すので、丁央が面白がって言葉を返す。

「だったらそんなところで油売ってないで、来て下さいよ」

「俺たちは忙しいんだ、どっかのお気楽国王とは大違いさ」

「へえ、クイーンシティの国王さまはお気楽なんだ」

 丁央の横から現れた直正が面白そうに言う。

「お? お前さん達があっちからやって来た奴か。ふたりともいい面構えしてるじゃないか」

「手塚 直正と言います。よろしくお願いします!」

 隣では、直正に引っ張られて来た綴が生真面目に挨拶する。

「広実 綴です。よろしくお願いします」

「おう、時田ときた 瞬壱しゅんいちって言うんだ、よろしくな。けど、中の装置あっちこっち触りまくるんじゃねえぞ、他のヤツらにも言っておいてくれ」

 すると、ふふ、と笑いながら泰斗が現れる。

「僕はいいよね? 時田さん」

「うむ、泰斗ならまあ仕方ねえな」

「それと、彼」

「鈴丸・オルコットです、よろしくお願いします」

 泰斗の隣にすっと現れたのは鈴丸だ。

「彼はすごく優秀なロボットメカニックなんだ」

「いえ、泰斗に比べたら……」

 と、少し恥ずかしそうにする鈴丸の様子を見た時田が、ガハハと笑って言った。

「うん、気に入った! 謙虚な若者は気持ちが良いもんだ。けど、度が過ぎるといけねえぜ」

「はい!」

 そしてその横から4人を押し出すように現れたのが、

「お初にお目にかかります。天笠 琥珀と言います、……えーと、すみません。なぜか気に入られてしまって」

 と、一角獣にスリスリされながら苦笑いの琥珀だった。

「おう、そうか! いやいや、そいつらに気に入られるのは良いことだ」

 と楽しそうに言う時田のうしろに映っていたトニーが言う。

「天笠?」

 だが、その小さなつぶやきは、最後に彼らを押し出すように現れたナズナにかき消された。

「ナズナ・シンクレアです。よろしくね」

「おおー、ネイバーシティにもこんな美人がいるんだな。時田だ、よろしく!」

「いやだー美人だなんてホントのこと~」

 とかなんとか、大賑わいの自己紹介タイムが終わると、通信を切って丁央が言う。

「それではこれからダイヤ国へご案内します」

「え? ジャック国じゃないのか?」

 少し驚いたように綴が言うと、丁央が説明する。

「まずは、ダイヤ国がどう言う所かを知って貰った方が良いと思ってな。あっちも美しい国だ」

 丁央はそれだけでなく、彼らにはダイヤ国民とも親睦を深めてほしかったのだ。協力して事を進めるなら、お互いの人となりがわかっていた方が良いだろうから、と、なんとなく思ったからだ。


「じゃあ出発するよ」

 鈴丸に副操縦席を勧めて、泰斗がコクピットに座る。他の連中は広い室内の、思い思いの席に着いた。

 ヴィーン、とかすかな羽音を響かせて、建物自体が持ち上がったような感じがして。


 グニャグニャと歪みながら、天文台型移動部屋は、陽炎のように消えていった。



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