血に濡れた鎮魂歌(5)
脳筋バカが頭お花畑女を恐る恐る見て――――悲鳴を上げた。彼女の頭が無くなっている。あの音はあの女の頭が地に落下した音だった。地はすぐさまさび付いたような紅に変色し、黒となって浸食していく。
「煩い小バエ共だね」
「そうですね」
メゼルの冷たい、感情の無い声。口元に浮かべるのは無感情な冷笑。瞬時に理解できたのは、もう何年も忘れていた死への恐怖――――。それを理解した俺はメゼルから距離を取るために飛び退いた。
「は、なななんだぁ?」
「そこの君も消してしまおうか」
そう言われて脳筋バカにも魔族の手が向けられたが、ジュッという魔族の手が焦げた音によって阻止された。撃ったのはあの泣き虫だ。それをメゼルは気に食わなさそうに、感情の無い瞳で見ている。
「僕の、邪魔をするんだ?」
「サ、サンノリードさん! 目を覚ましてください……!」
この中じゃ、確かに一番仲がよかったか。だが、所詮はその程度らしい。フィルティレに向けて使役している魔獣を容赦なく放つ。その瞬間、視界に入ったのは赤い飛沫。脳筋バカがいつの間にかあの魔族に突っ込んでいったらしい。バカだろ、とか思うが瀕死の状態の奴に何もできない。傍から見たらとても非情に見えるだろう。だが、そうなのだ。俺は非情で自分だけが生き残ればいいと思っているから。ずっと、そうやって生きてきた。
「ランディック君!」
カルツィオルトが叫ぶ。そして、俺を見る。俺より身長が低い奴を見下ろす形になるが仕方ない。掠れた声で、何でですか、と。脳筋バカの耳をつんざく声が響き、ゴトリと鈍い音がした。
「何で助けなかったんですか!!」
「お前が行けばよかったんじゃないのか」
「僕には人を助ける力なんて……」
ビュッ、と頬に生暖かい何かがこびりつく。目の前で舞うは鮮血なる紅。目を見開いた状態で、微かに動いた口は「……なん、で」と。首元を裂かれたカルツィオルトは崩れ落ちて。俺の足元にじわりじわりと紅を蔓延させる。黒い靴に着く、紅。水音が耳に響く。
フィルティレとメゼルの攻防戦はあっけなく決着がついた。メゼルの放った使役魔獣を撃つのを躊躇ったフィルティレが首を噛まれて死んだのだ。噛まれたというよりかは引きちぎられたと言った方が正しい。それは一般人が見るに堪えられない無残な姿だ。
しかし、俺もメゼルも。この惨状と化した場所で何も思ってなかった。魔族は不思議そうに俺を見る。片手には今の一瞬で作り上げた剣。いつかの光景を思い出して、嗤う。ああ、昔はこうやって死んでも死ななくても何も思わなくて、それでも無我夢中で生きていたくて。そんな、昔のあの感情に近いようで遠い。死地に赴くのは、これだから嫌だったのだ。感情に未だ引きずられる思考は、勝手に過去に飛ぶ。それだけならまだいい、それと同時に思い出させるのは過去の経験と勘だから。
「君は、何者ですか」
「……質問の意味が分からないが」
「この空間に居ても平気だとは……メゼルと似ているのですか?」
「……どういう意味だ」
過去への感情は、断ち切る。その最中に聞こえる謎の発言。何を言ってるんだ、この魔族は。いや、もしや……たった一つ、思い当たることを思い出しつつも確信が得られないため訝しげに眉根を寄せればその隣に居たメゼルが口を開いた。
「僕は彼に育てて貰ったんだ」
「……。」
「僕は森に捨てられた孤児でね、彼が気まぐれでも拾ってなかったら死んでいたんだ」
こうなる運命が決まっていたのか。哀れに思う。過去を懐かしんで話すメゼルに。本当に可哀想だ。そうならなければならなかった世界が取り決めた運命に。
「アシュレイ、君もじゃないのか?」
「いや、」
全然違う。俺は世界に捨てられた側だから。世界に助けられた思えとは違うんだ。今更、この身の運命は受け入れている。
「そうか、なら邪魔だね」
容赦なく魔獣を放ってきたが殺すことに躊躇いのない俺はそれを切り捨てて切り裂く。メゼルが瞳を見開いていた。紅が伝う剣。いつぶりかの感覚に呑まれそうになる。剣を振るい、血を落として間合いを詰める。
「くっ……!」
メゼルの懐に入る直前に放たれた黒い獣は切り捨てる。頬にアカの飛沫が飛ぶが気にしない。いつだったかはこうして紅に塗れていることが常だった。そうしてないと、生きていく理由にならなかった。生きるために殺してきた、この手はすでに深い深い血の色に染まっている。
メゼルの胸を一刺しした。ごふっ、と彼が吐血する。肉を裂くのは一瞬の出来事。真横に薙いで、切り裂く。常人の力じゃ無理だろう。胸を覆う胸骨と肋骨をも砕かなければならないのだから。
異様な音がする。魔族はただ静観しているだけだった。魔力を注いで骨を砕く。最後にメぜルが呟いたのは、「死にたくない」だった。
崩れ落ちた彼を無感情に見遣る。そして、魔族に視線を向ける。響く拍手。それは単なる余興でしかなかったらしい。
「あんたも、」
「メゼルは中々いい駒だったんですよ」
「……そうか」
世界に捨てられた俺なんかよりも、世界に縛られた俺なんかよりもずっとずっと幸せだっただろうに。世界が選択したのは、魔族に拾われて育てられること。
「何しに来たんだ」
「私ですか? 面白いことを聞きますね」
「答えないのか」
「ならばお答えしましょう」
魔族の男はニヤリと嗤った。所詮はそうだと思っていた。
「単なる暇つぶしです」
「暇つぶし」
「ええ、世界の強者である魔族はか弱い人間が見にくい争いをするのと殺しあいをするのがす……?」
言葉が消える。胸に刺さった剣を見て、嗤った。俺は魔族の男を刺した。ただ、それだけのことだった。
「何をしてるんです? こんなことをしても……」
「『消えろ』」
「っ……!!」
言霊を発する。世界に嫌われている俺が無条件に繰り出せる技の一つだ。この世界ではいくら魔族が強者であっても、意味を持った言霊には勝てない。人の発する言葉は形だけであって、言霊でない。そこに目的が、明確な、強い意味があってこそ言霊として成す。
「きさ、ま……!」
「俺はこの世界に嫌われてる存在でな」
ならば、嫌われて縛られているのなら逆に使ってやろう。そう考えた。この世界に存在している限り、使えるモノは何だって使う。いずれは朽ちて果てていくのだから。
「さようなら」
魔族が耳を劈くような声を上げて消えていく。いつか見た、塵となって。下ろした手に持つ剣はアカというよりも最早血に濡れすぎて黒くなっていた。
周囲は血塗れで、誰も息をしていなかった。生き残ったのは俺だけだった。剣から落ち行く雫をそのままにする。剣を引きずって歩く。言霊を使った影響で身体が重い。この世界に縛られている俺は何かを使う度に反動が来る。厄介だが仕方ない。これが定められた運命なのだから。そうして、また思い出すのだ。世界に嫌われた日の、結末を。
――あの、少女の口から流れる赤き雫。肉を刺した感覚がハッキリと直に伝わってくる。何を、した……? この少女は、自分から……!?
鮮血がしたたり落ちる。少女は俺の頬に、自信の貫かれた胸に触れてその手を紅に染めた後に触れた。そして微笑む。剣を離したくとも、身体が言うことを聞かない。
『貴様が背負うのは永遠の業だ――――この世界の重き哀しみと、貴様がこの世界に存在するという罪を貴様の魂が朽ち行くまで背負い苦しむがいい……!』
身体の硬直が解ける。力の緩んだ手は剣を落とし、貫かれた少女の身体は塵となって消えていく。脳に木霊する少女の声。響く笑い声と、この世界に対する貴様の業を忘れるな――――。そんな声が永遠に響き渡る。
瞬間、流れ込んできた膨大な映像。地は果て、人々は涙を流し慟哭していた。時間は残酷にも流れていき、王族は血を流し、民は泣き叫び、この世界は酷く酷く慟哭していた。これが言っていたこの世界の哀しみか。随分と酷いものだ。そして、これを背負っていかなければならないということも。
だから、この世界は嫌いだ。これは、単なる序章。この業は俺に永遠に、魂が朽ちて果てるまで纏わり、縛り付ける永遠の鎖。蝕まれてこの身が消えるまで背負うことになったこの業は、残酷すぎた。
これは俺のこの世界の、いかに幾千となる哀しみと罪を負っているのかを突きつけた苦しみの前奏曲でしかなかった。たった一回の、定められた運命に逆らっただけでこれだ。これが、世界に嫌われた日の結末だ、だから何なのだというのか。例え、世界に嫌われようと、見離されようとそれでも俺は抗って生き続けるだけなのだ――背負う、この業は永遠で苦しいけれど。
あの日の結末は永遠に木霊し、反芻し続けるその言葉。手に持つ大きな黒い細身の、身長程ある片手剣を意識して身体の中に仕舞うと、すぐ横にある壁にズルズルと凭れかかった。
定められた運命は、残酷なくらいにそれを現す。運命に逆らっている俺はどこまでもそれを見ていかなければならないのだろう。
洞窟内に充満する空気のせいか、はたまたこの身に掛けられたふざけた呪いのせいか。居心地と気分の悪さに悪態をつきたくなった。内心で息をつきながら、暗闇を見上げた。後少し歩けば、外に出れる。しかし、男はそれを望んでなかった。この場で今すぐ呪いによって身を焼かれたかったが、この身に掛けられた呪いはそんなありきたりで生易しいものでなかったな、と気づく。
気だるい身体を叱咤して、立ち上がって洞窟謂わばダンジョンの外に出た。数時間振りの新鮮な空気に身が浄化される気がしたが、それもやはり気のせいで。中の、どす黒く重苦しい空気を思い出してそっと瞳を伏せた。
――――亡き、彼らを弔うように。
彼らが安らかに眠り、この世界の運命に殺されないことを内心で祈りながら、歩き出した。
次回の更新は未定です。