血に濡れた鎮魂歌(1)
短編、RequiemとPrelude。殺人描写があります。
足元にできる黒い水溜り。ジワリジワリと広がるそれはまるで世界の果てなき混沌を表したような、そんな感覚だった。
手に持つ大きな黒い細身の、男の身長程ある片手剣を意識して身体の中に仕舞うと、すぐ横にある壁にズルズルと凭れかかった。充満する空気のせいか、はたまたこの身に掛けられたふざけた呪いのせいか。
居心地と気分の悪さに悪態をつきたくなった。内心で息をつきながら、暗闇を見上げた。
後少し歩けば、外に出れる。しかし、男はそれを望んでなかった。この場で今すぐ呪いによって身を焼かれたかったが、この身に掛けられた呪いはそんなありきたりで生易しいものでなかったな、と気づく。
気だるい身体を叱咤して、立ち上がって洞窟謂わばダンジョンの外に出た。数時間振りの新鮮な空気に身が浄化される気がしたが、それもやはり気のせいで。
中の、どす黒く重苦しい空気を思い出してそっと瞳を伏せた。
――――亡き、彼らを弔うように。
高度魔技術学園「アルティフィリカ」。ここは自身に備わる魔力を駆使して戦闘技術に特化するための全寮制学校である。巷では「戦闘狂育成学校」という、何とも言えぬ名をつけられているがあながち間違ってはいない。
何のために人は魔力を持ち、何のためにそれを使えるようになるのか。
その話は一昔前に遡る。かつて、人々は魔力など持たずに行きていた時代があった。しかし、海を挟んだ大陸を支配する魔物が海を渡って現れたことにより、人々は呆気なくその命を散らしていった。
その時に突然変異として生まれ、魔力を初めて持ったのがこの世界の英雄であるアルティフィリカ。
彼の学園の名は、その英雄の名から取られた。
アルティフィリカは自身に備わる魔力を人々に与えていった。そして、武器を作り、手に持ち、魔物達を次々となぎ倒して行った。
それが、魔技術と呼ばれる始めの所以である。
それが一昔前であり、現在は魔物はこの大陸にも蔓延るようになっている。
魔力を持つ人間は魔物にとっては格好の餌である。つまり、言うなれば彼らが人間を襲うのは餌であるから。
「……お前さ、何なの」
と、朝から喧嘩を売られている俺はこの学校の魔剣術科4年のスレイトラ・アシュレイ。この学校は8年制であり、現在折り返しの学年である。歳は……17ってことで。
かくいう俺は上級生に囲まれているという明らかリンチみたいなことになっている。つか、知らねぇよ、これ俺のせいなのかよ? と思うくらいの疑問だ。
何故こうなっているか? 簡単な話、俺がとある上級難易度の魔物討伐に選ばれたからだ。
学園には魔物討伐協会、通称ギルドから指定討伐依頼が来る。特に難易度の高いものをX、簡単なものをAとしている。今回俺が行くのは難易度H。上から数えて3番目に高い。
難易度は優しい方からA,B,C,D,E,F,G,H,I,S,Xとよく分からない並びになっている。
「普通は上級生に回すなよなぁ?」
「実力が足りてないから選出されなかったんだろ」
何て事実を言ってやれば顔を赤くさせて怒鳴り散らしてくる。本当に煩い、鼓膜破れるから。俺だって好きで選出されたわけじゃねぇっつーの。
あの理事長……また俺のこといいように使いやがって。本当にやめてくれ。大げさに溜息を吐きたいが上級生の手前、それは避けた。
実力主義なこの学校では理事長が高難易度の討伐依頼を割り振りする。別に理事長と顔見知りだからとか、仲がいいからとかそういうのは関係なしに総合評価で決められてしまう。
……ちなみに俺は前者だ、単なる顔見知りであって別に理事長とは何もない。そんなお決まりの展開なんてないからな。そんな面倒なことなんてないからな。
「テメェ生意気なんだよ! 大体、4年のくせして討伐難易度Hとか死にに行けって言われてんだよ!」
僻みなのか罵倒なのか、どちらも同じか。まあ、普通はそうだろうけど。けど、総合評価なんだよ。4年のトップである連中らと俺が今回の討伐依頼を受けさせられたことなんか、コイツら知らないだろ? 俺は嫌だから、行きたい奴が居たらどうぞどうぞと喜んで譲る。が、しかし。
適任者がいないらしいのだ。この討伐依頼は4年までに受けさせたい依頼内容らしく、その割には難易度がバカみたいに高すぎて、トップ達でもギリギリのラインらしい。
なんつー鬼畜度。つまりはアレだ、死にに行けって言われてるようなものだ。それでもトップ達がこの討伐依頼を受けたのは自分達の自尊心故だろう。下らない。
ちなみに俺には自尊心なんてものはないがついでに拒否権もなかった。つまりは強制、死にに行けと。
依頼の中身はそれこそ洞窟に行ってみなければ分からないが、Hクラスだし相当だろう。
「……だったら?」
生憎、俺は死ぬつもりなんて毛頭ないけど。昔、知り合いと難易度Xに入った時には本気で死を覚悟したがその知り合いが強すぎて死を免れた記憶がある。てか、アイツ1人でその洞窟攻略しやがったし。俺いらなかったじゃん、と攻略後に言えば「付き添い」なんていけしゃあしゃあと言いやがって。
なんてことを思い出して、上級生を見る。俺の回答が意外だったらしく、目を丸くしている。
「別に死ぬつもりないんで」
一緒に行く奴らが死んでも、俺だけは生き残る。生き残れる、その理由がある。酷く残酷で、酷く非情に思えるその理由がある限り、俺は死ぬことはない。
先輩方に踵を返して教室に戻る。確か、今から討伐に行くんだっけか。精々何もなきゃいいけど。何ていう俺の勘は残念なくらいに当たらない。必ず何かしらがあるのだ。特に今回は難易度H……そのレベルは、正直一介の生徒には計り知れない程だろう。
なのに放り込むとか……絶対、ここの教師おかしいわ。生徒を殺したいんだと思う。そうでないとこんな危険極まりない洞窟なんかに行かせるわけがない。本当、勘弁してほしい。
討伐メンバーが集まる教室へと足を向かわせながらどうにもこの依頼に引っかかりを感じてならない、が俺の勘は残念なことに当たらない。こういう嫌な時に当たってほしいものだ。まあ、実際はふたを開けてみたらヤバかったりするからもう、考えることすら嫌にもなるのだが。
「……あの理事長は、何を考えているのやら」
元々きな臭さが前面に出たような人ではあったがそれが今になって露呈し始めた。本人は気づいていないようだが、案外分かりやすい。だが、あの人の思惑など俺には全く関係のない話だ。例え、この世界が俺のことを認めなくてもこの世界に存在し続けてやるのだから。もちろん、そうならざるを得なかった俺の存在には面倒な過去が纏わり付く。ああ、どうしてこうも世界は面倒な方向に走っているのだろうか。考えれば考えるほど、面倒だなと思わざるをえないこの世界の理。
きっと、『運命』という人間にとっての不確定事象がこの面倒ごとを引き起こしているに違いない。何せ、俺自身もその不確定事象たる『運命』に巻き込まれた身だ。
「――この世界は、俺を受け入れない」
そんなこと、その運命に見離された昔に分かっていたことだ。あの日、死ぬ運命だった俺がここまで生き延びているのは抗い続けた他にならない。その抗いが、いかなる不具合を生み出し定められていた運命を改変し続けていたとしても知らないことだ。
神という存在はひたすらに傲慢で残酷だというが、実際その通りだ。神は脆弱で、何もできやしない人間を見下しながらこの世界に存在しているのだから。
変な感傷に浸りながら、目的の教室に辿り着く。俺の運命が変わった日を、感傷のせいか思い出しながらドアを開ければ甲高い声が耳に響いて溜息をついた。
1~5一気に投稿してます。