紅濡れに木霊する(2)
同胞殺しの名を背負う、その重みは誰しも簡単には背負うことはできない。単純な話、それは犯罪と同意義であるということは誰しもが分かっていることだ。その名を背負える者だけが、生き返ることができる。突きつけられた条件は意外にも過酷だ。全員の顔が固まる。誰しもが背負う事を拒むこの条件に俺に迷いはなかった。同胞殺しの名を背負うことがどんなに酷なことかも分かった上で――そこに、捨てたはずの生への未練を今度こそ断ち切ることができるのなら。生に執着しているからこそ、今はまだどこかで死ねないと思っているに違いない。
「……俺が」
「俺は背負う覚悟ができてます」
俺よりも先に名乗り出た奴が一人いた。そんな奴、いないと思っていたのに。ただ、コイツは俺と違って生に執着がある奴だろう。瞳を見れば分かる。生前に何かを残してきた、その瞳は俺にはないものだから。ただ生に未練なくいつかは死にたいというそんな馬鹿げた願いを持つものは滅多にいないだろう。そのために生き返りたいのならば、誰かに譲るべきだろう。しかし、結局のところ誰も背負う覚悟はできてないのだ。例え、生き返ったとしてもその負った責務は果たせまい。それ相応の相当な覚悟を持っていなければ絶対に。
「俺も」
「僕も、です」
「俺もだ」
意外なことに四人、名乗り出た。それも、それぞれにそれ相応の覚悟があると分かる。それぞれの覚悟がどんなものかなのかは知らないが「同胞殺し」の名を背負うことに躊躇いはないんだろう。そうでなければ名乗り出ないか。最後の一人は誰もいないようだ――やはり、生き返っても纏わり付くであろう「同胞殺し」の名は荷が重い。皆が諦めの表情の中、その意味を背負えない哀しみと絶望の中で一人手を上げた。。
「お前は最初から責任を負う覚悟があったな」
「……そうですね」
あってもなくても、所詮選んでいたであろうその道に悔いはないとも言える。どんな結末であれ、見離された者達の末路は変えられないものだと気づいているのだ。生き返る条件というのは一時的な処置でしかない。それを生かすも殺すも――朽ちていくことには変わりはないのだから。
「この五人以外は、黄泉まで送り届けよう……そこまでが、私の仕事だ」
選んだ道が茨の道だとして、救われたいとか報われたいとかそんな甘い思いは一切ない。「同胞殺し」の名を持つ救済者など矛盾の塊でしかないということなど分かりきったことだ。その名を背負えぬ者に救済者の名を背負う意味などないのだから……また、生まれ変わって理不尽な世界に生まれ変わったほうが幸せな気もするのだ。神に振り回される人間ほど可哀相な生き物はいないだろう。そうして決められた運命を恨む他に彼らが報われることはないだろう。恨むべきは、俺達人間の器を創り出して、干渉の術を持ってしまった全ての元凶である創世の神。
死を司る神が黄泉へ俺達以外を送り届けて不在の間に流れるは沈黙。そんな中で口は始めに開いたのは、最初に手を上げた男だった。
「……とりあえず、さ。自己紹介だけでもしておかないか?」
全員初対面も同然。この場で新しく運命が定められる仲間として、ということか。それに他の三人も頷く。正直な話、どんな形で生き返ることができるのかは分からない。俺達と同じく「天命」という残酷な運命に見離された者を救済することを条件として生き返るのだ。
「僕はアルフォンテ・クラウド。事故死だったかな。」
外見年齢は二十代前半。物腰が柔らかそうな好青年だ。アルフォンテの隣に居るの腕を組んで立っている男が次に口を開く。確か、俺の前に手を上げた奴だ。
「ロインツだ。死因は毒殺」
「うわ、物騒!」
思わずそんな声を上げた見た目が女にも見える小柄な男がそのまま引き継ぐ。ロインツに睨まれて、流石にいきなり声を上げたことは謝った。
「僕はルタード! 死因は確か絞首だったよ!」
「お前も中々に物騒じゃねぇか」
「毒殺よりマシじゃない?」
いや、どっちもどっちだ。他殺ばかりか、やはり。病死だったらそれこそ自分の運命悟って受け入れてそうだしな。そして、今のところ生き返りを希望した奴らは皆総じて何かに巻き込まれている。それが、あの神が見離した者の末路ということか。
「で、次は?」
「俺っすか? カデルって言います。死因は焼死っすね」
「うわー」
「お隣の火事に巻き込まれました」
「災難だったねぇ」
何かさらっと言った。しかもかなりの不運だろ、それ。アルフォンテ以外は名字がない。名字があるのは貴族だけだ。ルタードの死因がかなり奇妙だがそれを除けばアルフォンテを除く他は皆孤児か平民。平民に名字はない。孤児もしかり。孤児には名すら与えられないこともあり、むしろ名のない子供など山ほど居る。
「で、最後」
「……クルゼット、死因は通り魔による刺殺」
「お前も運がないな」
「まあ、そろそろ死ぬんだろうなっていう前兆はあったから」
そう言えば、四人も思い当たる節があったのか口を閉ざした。いつしか身体の中で強くなっていく縛りのような違和感。それが思い当たっているというのならば、死の前兆を感じていたということだ。
「あの、妙に苦しくなる感覚だよな?」
「だと思う」
神も難儀なことをしてくれた。死の前兆が分かるなど、いいことはない。むしろ、それを悟れば受け入れるとでも思ったのだろうか。そんなはずはないに決まっている。存外バカだということが発覚して無意識のうちに溜息をつきそうになった。
人間の中では神は崇高なる存在、全知全能とは思ってはいないだろうが万能だとは思っているだろう。しかし、万能ではない上にこの結果だ。それを知らない今を生きる人間は、死を体験した者からしたら滑稽にしか思えない。
「クルゼット、お前一番若いんじゃないか? いくつだよ」
「多分15」
「……は!?」
若すぎると驚かれた。そんなことはないと思うけど。死を司る神が連れて行った見離された者達の中には俺と同じくらいの奴が数人居たし。それでも、多かったのは二十~四十くらいの人達だ。その中だと確かに若い方だというのは否めない。
「……お前は、なんで生き返りたいと思ったんだ? その歳だと何かやり残したいことがあるからか?」
「やり残したことなんて何もない……ただ、今度は生を未練なく捨てられると思ったからだ」
言ってることが分からない、と。四人から見られたが当たり前だろう。このことが理解できたら相当おかしい奴だ。生に執着して、やり残したことを成し遂げたいから生き返る。そんな理由が全てだろうに、その真反対の理由で生き返りを希望した。大方、予想はしていたが誰かの手が俺の胸ぐらに伸びてきた。
「お前は、生を冒涜してまで生きたいのか!!」
「人はいつかは死ぬ、その摂理はどんな概念であろうとねじ曲げられない」
「だからといって、ならこの場で死ねばよかっただろ!!」
「生に執着した状態で死ぬなど、後味が悪いだろう」
「何言ってんのか分かんねぇよ!」
この場に居た誰しもが生に執着していて、その中であの条件だけがネックで。そんなこと、誰もが分かっていた。報われることがないのが全て。その絶望の淵に立たされて突き出された選択肢が極端すぎた。
「はいはい、落ち着こうか……クルゼット」
「――救済という名のエゴで、生への執着が満たされると思ったんだ」
死んでも何も変わることはない、生きても何も変わることはない。それならば、救済という名のエゴという罪を背負って生きてしまえば下らない事など考えずに済むということ。それ自身が俺のエゴであり、この報われることのない運命に抗う方法。
「……クルゼットは、結局生きたいんだろう?」
「さあ、どうだろうか」
今更完全な執着心が形成されたところで、根本的な何かが変わることはないとは思う。人生が他の四人より短かった分、この考え方は甘く未熟で矛盾だらけ。そんなふざけた思考の元、生き返りを希望した俺はただのバカでしかない――垂らされた、蜘蛛の糸に必死にすがりついたのはそういうことなのだろう。
死ねないと思った時点で、想いと考えに大きな矛盾が存在していた。それに気づいてなかった、気づかないフリをした。
「死にたかったのなら、今この場に残る選択はしてないはずだ」
「……。」
「今は認められなくても、そのうち認める日が来るよ」
死んだことによって、生まれた執着心。まだ認められないそれに小さく嘲笑を零した。生きることに理由がなかったというのに、高も簡単に生まれるものなのか。存外、理由とは単純なものだ。
「すまない、遅くなった」
気配を感じさせず、現れた死を司る神。新たな「運命」を、「同胞殺し」の名を背負って生きる覚悟は全員できていた。
二話連続更新。次回の更新は未定です。
後ほど修正入れます。矛盾点が多いです。