紅濡れに木霊する(1)
天命の宿命の補足が一部入ってます。矛盾点がありましたら報告下さるとありがたいです。
――いつかは、人は「死」という不可避の現象を迎えざる得ない。
頑なに閉じていた瞳をゆっくり開けば、一番最初に視界に入ったのは真っ白い天井だった。背の感覚は布団ではなく床、であるが。胸元に何とも言い難い痛みを感じ確認すれば手につくのは紅色、やや固まり黒みを帯び始めている。鈍痛が響く頭で記憶を探れば、そうだった。俺はこの胸をたったひと突きされただけで呆気なく死んだのだった。どこかで感じていた、日に日に強くなる何かに縛られる感覚。その結果がこれだと言うのなら、人間は何とも脆い生き物だ。
「起きたのか」
「……誰」
不意にかけられた声の方に顔を向ければ、そこに居たのは黒装束の男。見た目は世間一般で言う死神だろう。しかし、手に鎌は持ってない。全身真っ黒で、ボロボロの黒いロングコートが目に付く。向けられた瞳はやや蒼味を帯びているように見えた。そんな死神のような男がいるこの場所がどこなのか嫌でも見当が付く。ここは黄泉の一歩手前というところだろうか。死神の名を語れるのはこの世界では死を司る神のみだろう。
身体を起こせば、かなりの人数が床に転がっている。誰も彼もが死の匂いを漂わせ、俺同様紅に濡れている者も居れば、年老いた人間もいる。しかし、どう見たって若年者が多いのは目に見えて分かることだ。つまり、ここにいる殆ど――『天命』という下らない定められた運命を全うした者は少なく、見捨てられ切り離された者達ばかりだと言うことだ。
『天命』に見離された者は、短命だ。それはこの世界に生きる者ならば誰でも知っている。そもそも、どうやって『天命』に見離されたかどうかが分かるか。これは感覚でしか分からないという。自分の中で唐突に何かに縛られる感覚、そして最後には命の音がぷつり、と切れる音がする。徐々に自分に纏わり付く死の匂いが合図だという。実質、俺もそうだった。命の切れる音、すなわちそれは死を迎えた音だ。所詮、短命だろうと長命だろうと、人間いつかは死を迎えるのだから。その順番が早まっただけのことだと――人間、そう簡単には受け入れられはしないだろう。己に忠実なのが人間だ。その死を受け入れられない者が多いのは仕方が無いこと。
元よりこの命に執着していたわけでもない。生きる意味がなかったから、あっけなく死んでも受け入れられる。そう割り切って今まで生きてきた俺は完全に年相応ではない考え方をしている自覚がある。幼少期は孤児院で育ったがそれも十を過ぎれば自分でどうにかするべきだと考えた。
この世界は富裕層と貧困層の差が大きい。よって、親の顔も自分の名も知らない子供が多く存在する。孤児院とて、全て全てが善意の世界ではないのだ。いつまでも甘えては生きてられない。自分で生きていく術を確立させていかなければ、いつかは死ぬのだ。まだ幼かった俺は、あの頃は確かに生に執着していたのだろうけど今思えばあの時死んでいても今死んだのなら特に変わりはないんじゃないかとも思う。
「……。」
結局は、神は、世界は弱者など救う基は毛頭ないのだから。そんな下らないことを考えたところでどうにかなることはない。俺が生に執着を捨てたのは、十二の時だ。自分が手を汚してまで、誰かの命を奪う必要はあるのか。そんな単純なようで複雑な考えがよぎった。生きるために身につけた技術は誰かの犠牲で成り立つ。誰かを犠牲にしてまで生きたくはない、そんな考えは思い浮かばなかった。代わりに、生きる技術を身につけてもいつかは死ぬのならばそれは意味がないんじゃないか――そう思い、誰かに手を下すことは極力避けた。生きることに執着心を捨てたのならば、その時死ねばよかったのだろう。しかし、それができなかったのはまだどこかで生にしがみついていたからなのだろう。心のどこかで死にたくはないと、そう見えない恐怖心と戦いながら――迎えたのは『天命』に見離されたあの縛り付けられた感覚だった。
小さなうめき声と共に意識を失っていた人達が起き上がる。やはり皆困惑しているようで、死神の男は申し訳なさそうに息をついていた。全員が、その場を支配する圧倒的存在――死神に気づく。その中で疑問と恐怖、戸惑いを抱く者が殆どだった。それは当たり前のことだろう。そこで死を受け入れているのは『天命』の長寿を全うした高齢者のみだ。
「私は死を司る神だ。今回の非礼、誠に申し訳なく思う」
非礼。そう言った死神……基死を司る神は瞳を伏せて謝った。何が非礼なのか、さっぱり分からない。『天命』を全うした者に関しては特にそうだろう。俺達『天命』に見離された者もそうだ。見離された理由が神の都合ならば致し方ないと納得している者の方が多い。
「『天命』を全うした者以外は、話がある」
つまり、全うしたであろう高齢者達は用済みというわけか。数人である彼らを黄泉に向かわせた死を司る神は案外早く戻ってきた。そうして、口を開く。それは、俺達人間が今まで知らなかった『天命』の仕組み。
「ここにいる者は『天命』という創世の……あのバカ神によって気紛れに見捨てられた者達だ」
気紛れ。その言葉に一期にざわめく。しかし、そこには疑問しか残らない。神はどうやって人間に干渉するというのか。神と人間は似て異なる存在。そこに相容れて干渉することはできないはずだ。世界はそう釣られている。孤児で無知だった俺が、孤児院の先生に聞いた言葉の一つだ。その概念が違うというのか。
「まず、お前達は『天命』がどのようなものかは知っていると思うが……あれは、あのバカ神が自分の退屈を凌ぐために創ったお遊びだ」
神のお遊び。たったそれだけのことで、人間の命は簡単に決められてしまっているという。なんと滑稽で残酷なことだろうか。事も無げに死を司る神はそう言うが、人間にとっては重大な問題だ。
「『天命』とは人間にとっては偶然的現象――運命が定められたことを指すんだろう。しかし、私たち神にとっては運命は偶然的現象ではない……変えることは不可に近しい絶対的現象だ」
運命を変えることは不可に近い。なのに、創世の神は運命に干渉できるのか。誰しもが『天命』に見離され事は仕方の無いことだと思っていた。それが覆された今、思うのは神に対する憤りだろう。
「創世の神が人間に干渉できるのは奴が人間の核、つまり魂を創ったからだ。そして、その器を創ったのも創世の神だ」
死を司る神曰く、魂を生み出すのは創世の神と紫魂の神。そして、それが流転の神――魂の流れを管理する神――によって魂のゆりかごに運ばれ、管理神である紫魂の神に託される。ゆりかごには一切の干渉が不可とされているが創世の神は別だという。それは何故か。彼の神が魂という概念を創り出したからである。創りだしたモノに干渉が許されるが故に起きた過ちとでも言おう。しかし、創世の神が干渉できるのは魂の定めを変える手前まで、魂の運命を変えたのは改竄の神である。いや、正式に言うならば――改竄の神に命令して改竄させた、というべきか。
この改竄の神は創世の神同様、世界に退屈していた。神の中で世界の基盤を創った開闢の神を除けば万物を創り出す創世の神はあらゆるものの器を創るがために絶対的な権力を持っている。それ故、改竄の神は創世の神の元に付き従っていた。退屈を凌ぎ、権力者に従うことによって――退屈しない。『天命』を見離すという事象を起こすことが可能となったのだから。
「奴らが魂に刻まれた運命へ干渉し改竄したことによってその魂が降りた後でも改竄することが可能となった」
つまるところ、見捨てられた人間は創世の神の気紛れに振り回された被害者でしかない。もしかしたら、まだ生きられる可能性が、運命があったのかもしれない。しかし、それはもう叶わない過去のこと。適当に選ばれた人間が『天命』に見離された者であるというのならば、やはり世界はいつまでも傲慢で残酷なんだろ。
「そこで、だ」
区切りをつけて、死を司る神が一度息を吐く。彼の神からしたら、ここにいる者は皆同胞の被害者ということだ。一番最初に言った非礼とは、そういうことなのだろう。
「五人だけ、私の権限で生き返らせようと思う」
たったの、五人。いくら神と言えど全てに万能な訳ではないということか。その言葉に過敏に反応する者も居れば、反論をする者も居る。正直なところは、死を司る神も全員を生き返らせたいに違いない。しかし、それができないのは世界の規則《概念》に反するからだろうか。すでに概念を壊しているであろう創世の神はどうにもならないところにいるのだろう。それが、今までの過ちだと分かっていて。
「すまない、私が生き返らせることができる上限が五人な上に条件が付く。それを満たす者しか生き返らせられない」
誰しもが望む。しかし、そんなに甘くはないということくらい分かっていても目を逸らす。そうして人間は生きてきたのだから仕方が無いと言うことなのだろう。死を司る神から出された条件はたった一つ。
「お前達と同じ『天命』に見離された者達を」
簡単なようで難しい、過酷な条件。割り切ってできる者など少ないだろう。もしかしたらいないかもしれない。それは、犯罪と同等なことであり。つまり、その条件とは。
「自らの手で殺すことができるかどうかだ」
同胞殺しの名を背負ってまで、生きたいか。そんな問いかけがされた気がした。
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