「確証」
瑛明は眉間に皺を刻み、「何が?」
依軒はまたしても、これ見よがしにため息をついて見せると、
「わざとあんな格好で出歩いておられるのかと思っていました」
「――え?」
「では行って参ります。念のため、中から鍵をおかけください」
戸惑う瑛明に、とってつけたように頭を下げると、依軒はさっさと踵を返した。
バタンといささか大きな音を立てて、扉が閉まる。
瑛明はすぐさま湯船から立ち上がった。
湯船の縁にかけておいた布を腰に巻きながら、小走りに扉に寄る。依軒が引き抜いていった閂を再び差し込むと、扉に背を向けて、ほうっと一息。
「そうか……」
顎を上げて、板の隙間から空を仰ぐ。
湯船の中から見ていたより、ずっと奥行きのある空だ。
自分ばかりが縮こまっていたことを思い知らされたようで、口元は、知らず歪んだ。
そうだった。
バレやしないかということにばかり気を取られ過ぎて、周りが全然見えてなかった。
外界で男共の視線を集めていたこの俺が、女の園を男装して歩き回る――それはさぞかし、目を引いたことだろうよ。
むかしは笑いかけたり、手を触ってやったりして不良品を買い取らせていたっていうのに、使えるものは何だって使うと言ってはばからなかったのに。
『何が?』だなんて――なんて温いことを抜かしてるんだ、俺は。
「ま、いいや」
瑛明は湯船の縁に腰を掛けた
「とりあえず、当分は一人だ……」
「随分とすっきりされたようですね」
居室、定位置に座って髪を拭く瑛明の前に茶を置きながら、依軒はそう声をかけてきた。
「いいお湯だったからね」
後頭部を拭く態で、瑛明は依軒の視線を外しながら、そう答える。
伏せた目線の先には、卓上に置かれたままの五冊の書。
その一番下から、瑛明は一冊を抜き出した。
『桃花源記』
「中相様からご連絡があったそうですよ。間もなく戻られるとか」
「そう……」答えながら、頁を捲る。
これは確かに中相の手蹟だ。
だけど――これだけじゃ、いくらでも言い逃れができる。
もっと言い逃れできないくらいの確かなものが欲しい。
そのためには。




