表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第九章『選択』
97/143

「制御」

 「はい、そこまで!」声が聞こえた。


 両腕がじんじん痺れ、足元には手にしていたはずの棍が転がっている。

 目を上げると、棍を手にした王が、自分を見下ろしていた。幾分冷めた目が、「何をしている」そう語っている。 


「じゃあ次は私。陛下、今日こそはお相手していただけますよね?」

 そう言って、転がった棍を拾い上げて瑛明の前に立ったのは、勝負を止めた声の主、芳倫である。

 濃淡のある桃色の短衣と裙子スカートは、この院子の季節を先取りしたかのように、華やかだ。

「瑛明さま、敵は私が取って差し上げます」

 こちらを振り返った笑顔は、春めいた柔らかい日差し以上に輝いて見えた。まさに、屈託のない笑顔だ。


 「なにをおっしゃいますか」瑛明はその肩を引いて、半ば強引に横に並ばせると、

「貴女では無理ですよ。ましてその格好では。それに、以前も申し上げましたでしょう? お互いに『得手不得手』があると」

「確かに、私は武術は得意ではないけれど……」

 不満げに口を尖らせながらも、語尾が消えている。

 芳倫の素直な反応に、瑛明がそっと目を外して、僅かに口元を歪めていると、


「瑛明さま、今、貴女が思ったことを当てて差し上げましょうか?」

 尖った声に隣に目を向けると、尖った目が自分を見上げている。

 「いや、そんな……」瑛明が曖昧に笑っていると、芳倫はふいっと横を向き、


「でもお二人だけ男装だなんて……」


 そう。

 瑛明は、長衣、褲子ズボン高革靴ブーツという、見事なまでの男装である。

 政務の合間、王はしばしば桃華宮を訪れるようになった。

 院子を散策したり、お茶をしたり、たわいない話など、ほんの短い時間を三人で過ごすだけだったが、それでも目に見えて顔色が良くなっていき、瑛明と璃音は揃って安堵した。

 王は芳倫が用意する甘いものを気に入っているらしく、喜んだ芳倫は思考を凝らして様々なものを用意し、さらに王が喜ぶ姿を見て、彼女も喜ぶ――そんな姿を、瑛明は微笑ましく見ていた。そういや、市でも甘いものを喜んでいたな、などと思いながら。


 対して瑛明は、王から武術の相手を求められるようになった。練習着として璃音が用意してきたのが、男装これだった。

 立襟で肌の露出が極端に少なく、身体の線が出にくいゆったりめな衣装のため、むしろありがたい。しかも動きやすいときた。

 最近は、「いつ陛下が来てもいいように」と、普段からこの格好である。

 本来ならば真っ先に文句を言いそうな依軒は、「この方がごまかしがきく」の一言で黙り込んだ。ほっとするとともに、「やっぱり依軒も()()思ってるのか」と心がざわついたのも事実だ。


「私だけ仲間外れみたいじゃない」

 むくれた様子でそんなことを言う。


 あくまで「身内」として接する王と過ごす時間が増えるにつれ、同じ「甘いもの好き」としての心安さを感じるようにもなったのか、芳倫は王の前でも素の反応を見せるようになってきた。あれだけ完璧な令嬢ぶりだったのに、これじゃいつもの甘えた小姐(おじょうさま)じゃないか。


「ただ動きやすい、ということですから」

 瑛明が曖昧に笑って見せると、「だったら私だって」ムキになって言い返してきた。

 瑛明は困惑しつつ――いや待て。これは「私たち、ちゃんと仲良くやってますからご安心を」と言外に示しているのかも。

 前に「少しお痩せになったみたい」と心配げに言っていたし。

 甘いものを中心にせっせと美味しそうなものを用意しているのも、彼女なりの心配りなんだろう。激務の王を励ましつつ、心配の種を減らしているんだな――そう思ったら、この駄々っ子みたいな態度にも納得がいく。


 瑛明は、今度ははっきりと傍らの令嬢に笑いかけると、

「貴女には裙子がお似合いですよ」

「え? そうかしら」

 すると芳倫は一転、目を輝かせて口角を上げるから、瑛明は苦笑する。

 あーあ、頬染めちゃって、何をくるくるしているんだか。

 すねたり喜んだり、陛下の御前だというのに、完全にいつも通りだな――そう思ったら、知らず口元が綻んだ。

 可愛らしいことだ、相変わらず。


 そして今、こちらに目を向けているあの方も、同じように芳倫を見ているのだと思うと――綻んだはずの口元が、少しだけ強張る。


 お似合いだと、思ったはずだ。

 二人が並ぶ姿は、一幅の絵のようだ。

 家柄も姿も、美しく釣り合いが取れている。二人がいることが自然だと思ったはずだ。


 なのに。


 「陛下、そろそろ」渡廊から璃音の声。

「そうか、ではまた」そう美しく笑って、王はさらりと踵を返した。あまりにあっさりと背を向けられて戸惑っていると、いきなり身体を後ろに引かれた。

 見れば、芳倫が右腕に絡みついている。

「さあ、私たちも行きましょ。私が部屋までお送りしますから」

「お送りって、目と鼻の先なんですが……」

 ぎこちなく笑って応じると、「あら? じゃあ私のお部屋にまっすぐに遊びにいらっしゃるの?」大きな目がさらに見開かれて、こちらを見上げてきた。


 「いやあの」返答に困りつつ目を投げると、探していた姿は渡廊を大股で進んでいて、やがて角に差し掛かる。こちらに見せる凛とした横顔は、たちまち見えなくなった。


 一度も――振り返らなかったな……。


「どうしたの瑛明さま? 怖い顔をして」

 気づいたら顔を覗き込まれていた。あまりの近さに驚いて、慌てて目を外しながら、

「え、ああ、負けちゃったからかな」

 あはは……と軽く笑って見せたが、芳倫は険しい顔をしたまま、

「何か他ごとに気を取られていたのではなくて? 身を入れないと危ないわ。相手がお優しい陛下でよかったわね、お気遣いいただいて。そうでなかったら、怪我なさってたわ」


 作っていたはずの表情が強張る。

 そうだったのか、俺は気を遣われていたのか。

 しかも見ているだけの芳倫だって気づいたのに、実際に手合わせをしている俺が気づいていないなんて。


 なんてことだ。

 そんなことも分からないほどなのか俺は。

 瑛明は思わず天を仰いだ。


 早く言わなければと思っていた。取り返しがつかなくなる前に。

 感情が「形」にされてしまう前に。

 だってあの方は知らない。俺と違って、決定的なことを。でも俺は――。

 あの方を止めなければ、そう思っていた。


 だけど違う。

 本当に止めなければならなかったのは、俺の方だったんだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ