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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第九章『選択』
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「核心」

「なんて無茶なことを。本当に、貴方という御方は」


 瑛明は半歩先を行く姿に、そう投げかけた。

 王は立ち止まり、瑛明に並ぶ。

「そうか? 危急の時に王が後宮に身を隠すというのは、聞く話だぞ」

 そっと耳元に囁く。


 瑛明は辺りを伺う態で目線を外しながら、「ここは後宮ではありませんよ」


「まあ、似たようなものだ」

 ここは院子。先日、瑛明と璃音が歩いた梅林である。

 辺りに人気はないが、渡廊が騒がしい。そこここで女官たちが固まってこちらを見ている。

 そりゃ陛下がこんなところにいるんだから、驚くよな。


「地下通路に繋がる鍵は全て替えられた。瑛明の部屋にあったあの黒櫃も、私の部屋の鍵もな。だから――また無茶をされるよりはと、璃音も納得してくれた」

「……」

 もう、何て言っていいか分からない。

 芳倫も呼ばれてるわけだし、こんな人目につくところで堂々としてるあたり、同じ桃華宮にいる従姉妹に会いに来ただけといえば、まあその通りだし、だけど。


「それにしても――大層な格好だな」


 言われて気が付いた。

 まさか王が来るとは思っておらず、分厚い手套、蒙面、圍巾という、いつもの重装備だった。

 あわてて外そうとしたところ「体調不良を謳って引きこもっているんだろう? そのままで構わない」そう笑って制された。


「ああでも」王はふと面を伏せ、「顔だけは、見たいかな……」

 小さな声でそう言う。


 瑛明は黙って蒙面を外した。

 おずおずと顔を上げた王が、ゆっくりとこちらを見上げてくる。瑛明もそれにならう。王の頬が、ほんのりと梅色に染まってる。やっぱり寒いよな――右手が、袖の下で動きかけた。そのとき。

「陛下、お待たせして申し訳ございません」

 背後から大きな声。振り返ると、芳倫が真っ赤な披風を翻し、息せききって駆け寄ってくるところだった。

「やあ芳倫、久しいな。元気そうで何より」

 美しく笑う横顔を見ながら、瑛明は袖の下で右手をぎゅっと握りしめた。俺いま――。

「支度もできたようだし、行こうか」

「はい」

 王と芳倫が揃って歩き出す。

 瑛明は遠ざかっていく二人の背中を見ながら、茫然と佇んでいた。


 お傍にいたい。

 お役に立ちたい。

 そう思っていた――だけど。


 瑛明が目を落とした先には、自身の右手があった。

 冷えた頬に触れたいと、思ってしまった。 

 あの地下通路で、このまま離れたくないと思ってしまった。

 もういっそ、このまま――と。


 俺は――。


「瑛明さま?」

 二人は随分と先を行っていて、怪訝な顔でこちらを振り返っている。

 「すぐ、参ります」大股で歩きながら張り上げた声は掠れて、瑛明は慌てて咳ばらいを繰り返した。

「大丈夫か?」

「瑛明さま、寒くないですか? 私の披風も着ます?」


「大丈夫です、ちょっとむせただけで。ありがとうございます」

 両方から向けられる心配げな目を避けるように、瑛明は目を伏せた。


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