「一切」
「また少し、お痩せになったのでは?」
「そんなことは、ない」肩口に埋められた顔は小さく頭を振った。
だけど――そんなことはない。
お互い支え合うようにして男の死体から逃れたあのときより、一回り小さくなっている。
目を向けてみたが、僅かな光さえない中、伏せられた面の表情は、うかがい知れない。知らず、指先が髪筋を辿るように、肩に埋められた頭を撫でていた。
ひんやりとした、柔らかい感触。
「ちゃんと、召し上がられていますか?」
小さく笑い声。「璃音がうるさいから、それは大丈夫」
これは本当のようだ。
「きちんと、お休みになられていますか?」
「それも大丈夫。今、倒れるわけにはいかないから」
返ってきた声は、もう震えてはいない。
落ち着かれたんだ――そう思って、瑛明は密かに安堵する。
だからもう、こうしている理由はない。
だけど。
――離れたくない。
なんだろう、うるさい――そう思った。
ささやかな音さえ吸い込まれてしまう闇の中、荒く耳を打つのが自分の心音と呼吸だと気づいた時――瑛明は、自分の心の声を確かに聞いた。
離れたくない。
このままでいたい。
もっと強く抱きたい。
もういっそ、このまま――。
「――痛っ」
耳元で上がった声に、強張っていた何かが解けた。我に返る。
瑛明は慌てて腕を振りほどき、後ずさった。
――今、俺は何を、しようとした?
「すみません、つい……。お怪我は」
つい――何だ?
自問する声を押し留め、落ち着け――必死に言い聞かせて、大きく、ゆっくりとした呼吸を重ねた。冷たい気が、火照った身体に流れ込んで来る。
「大丈夫」
静かな声が、耳奥に沁みていく。
「瑛明、ごめん、おまえを困らせるような真似をして」
「そんなこと……」
むしろ自分が――その思いで咄嗟にあがった声が、遮られた。
「また、おまえと、市に行きたい。そうできるように、今は、頑張るから……」
やっと絞り出したかのような必死な声が、胸を突いた。そんなこと――喉まで出かかった声を、瑛明は押し留める。そんなことくらい、たったそんなことで――。
何をやっているんだ、俺は。
こうやって自分を押し殺して、心身を削って務めを果たしておられるのに、俺はただ自分の身の安全だけを図って引きこもって、ただ自分の気持ちの向くままに、こんな……。
瑛明は瞑目し、大きく息を吐いた。そうして顔を上げ、
「そうですね。必ず行きましょう。でもそのまえに――お話したいことがあるのです。どうしても」
一寸先も見えない闇――だが、視線が真っすぐに自分を捉えていることは、分かる。
小さく息を吐く音。
「そうだな。落ち着いたら、私もおまえと話がしたい――何もかも」
「それは……」
自ずと口に上った問いかけが、喉で止まった。瑛明はしばし闇奥に目を凝らし――
「誰か、来ます!」




