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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第八章『足音』
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「一切」

「また少し、お痩せになったのでは?」


 「そんなことは、ない」肩口に埋められた顔は小さく頭を振った。


 だけど――そんなことはない。

  お互い支え合うようにして男の死体から逃れたあのときより、一回り小さくなっている。


 目を向けてみたが、僅かな光さえない中、伏せられた面の表情は、うかがい知れない。知らず、指先が髪筋を辿るように、肩に埋められた頭を撫でていた。

 ひんやりとした、柔らかい感触。

「ちゃんと、召し上がられていますか?」

 小さく笑い声。「璃音がうるさいから、それは大丈夫」


 これは本当のようだ。


「きちんと、お休みになられていますか?」

「それも大丈夫。今、倒れるわけにはいかないから」

 返ってきた声は、もう震えてはいない。


 落ち着かれたんだ――そう思って、瑛明は密かに安堵する。

 だからもう、こうしている理由はない。

 だけど。


 ――離れたくない。


 なんだろう、うるさい――そう思った。

 ささやかな音さえ吸い込まれてしまう闇の中、荒く耳を打つのが自分の心音と呼吸だと気づいた時――瑛明は、自分の心の声を確かに聞いた。


 離れたくない。

 このままでいたい。

 もっと強く抱きたい。


 もういっそ、このまま――。


「――痛っ」

 耳元で上がった声に、強張っていた何かが解けた。我に返る。

 

 瑛明は慌てて腕を振りほどき、後ずさった。


 ――今、俺は何を、しようとした?


「すみません、つい……。お怪我は」


 つい――何だ?


 自問する声を押し留め、落ち着け――必死に言い聞かせて、大きく、ゆっくりとした呼吸を重ねた。冷たい気が、火照った身体に流れ込んで来る。  


「大丈夫」

 静かな声が、耳奥に沁みていく。

「瑛明、ごめん、おまえを困らせるような真似をして」

「そんなこと……」


 むしろ自分が――その思いで咄嗟にあがった声が、遮られた。

 

「また、おまえと、いちに行きたい。そうできるように、今は、頑張るから……」

 やっと絞り出したかのような必死な声が、胸を突いた。そんなこと――喉まで出かかった声を、瑛明は押し留める。そんなことくらい、たったそんなことで――。


 何をやっているんだ、俺は。

 こうやって自分を押し殺して、心身を削って務めを果たしておられるのに、俺はただ自分の身の安全だけを図って引きこもって、ただ自分の気持ちの向くままに、こんな……。


 瑛明は瞑目し、大きく息を吐いた。そうして顔を上げ、  

「そうですね。必ず行きましょう。でもそのまえに――お話したいことがあるのです。どうしても」

 一寸先も見えない闇――だが、視線が真っすぐに自分を捉えていることは、分かる。

 小さく息を吐く音。


「そうだな。落ち着いたら、私もおまえと話がしたい――何もかも」


「それは……」

 自ずと口に上った問いかけが、喉で止まった。瑛明はしばし闇奥に目を凝らし――


「誰か、来ます!」

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