「真実」
瑛明は黒櫃の蓋に手をかけた。
蓋は、開いた。
蓋を外し、底板に手をかける。底板も外れた。その下には、暗闇に続く階段があった。
瑛明は深く息を吐いた。
可能性は二つ。
侵入者がいる――一つは、新たな刺客。
瑛明は床に置いた黒櫃の蓋に視線を落とす。あの男を運び込むのに、担架代わりに使ったものだ。当然洗ってはいるだろうが、今なお、禍々しい気配が立ち上っている気がする。
そしてもう一つは――瑛明は再び、階段に目を向けた。
目を凝らして暗闇を見る。しかし照らす火がない今、その闇の奥を確かめることはできない。
誰かが居るかもしれない。
それも、今度は逃げようもない大勢が、得物を持って待ち構えているかもしれない。
もしそうなら、差し込む光で、ここに誰かが居ることは知られてしまった。不用意に黒櫃を開けるべきではなかったのかもしれない。
耳が痛いほどの長い沈黙。
瑛明は眉間に皺を刻んだまま、しばらく暗闇を凝視していたが――やがて呟いた。
「行こう」
渡廊と、前室へ繋がる扉には鍵をかけた。
身軽に動けるように、着込んできたものは脱ぎ捨てた。
大きく息を吐き、「よし」小さく声にした。
そうして黒櫃を跨いで、階段に足をかける。
後ろ手で段を掴みながら、一段ずつ慎重に、滑るようにして階段を下りる。
部屋からの光で、最下段までは辛うじて見えた。しかしあとは、何ら綻びの見えない闇――何か飛んで来たら避けられないな……自ずと口元が歪んだ。
前も後ろも、漆黒の闇。
殺しているはずの息の音さえ、耳に響き渡るほどの圧倒的な静寂。
誰もいない――のか?
思いながら瑛明は、何度も辺りを見回し、目を凝らした。しかし何度首を巡らせても闇ばかり。
何もない、か――そう瑛明が結論付けたとき、目の端に何かが止まった、気がした。
立ち尽くして、そちらへと目を向けた。闇奥を凝視する。
気のせい――という思いは瞬時に消えた。暗黒の遥か向こう、何かが明滅していた。
それは、上下に揺れる炎だった。
瑛明はそちらへと足を向ける。
ゆっくりと、だが次第に足早に。
岩肌を伝いながら進んだが、足元が全く見えず、何度か躓いた。だが足は次第に早くなる。何度も転びかけた。でも構わない。
そして――「瑛明!」
――この声!
ようやく迫ったその姿に、瑛明は両手を伸ばした。
炎が足元に転がる。一瞬明るくなった空間が再び闇に落ちたとき、体当たりだとばかり、それは瑛明の懐に勢いよく飛び込んできた。
「会いたかった――!」
しっとりと、熱い身体。鼓動が、まるで自分のもののように激しく伝わってくる。しがみつく指先の、爪が背中に食い込んで、痛い。
――嗚呼、やっぱり。
「私も、お会いしたかった」
そう声にして、瑛明は回した両腕に、少しだけ力を込めた。
――この御方だけが、俺の真実だ。




