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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第八章『足音』
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「真実」

 瑛明は黒櫃の蓋に手をかけた。


 蓋は、開いた。

 蓋を外し、底板に手をかける。底板も外れた。その下には、暗闇に続く階段があった。


 瑛明は深く息を吐いた。

 可能性は二つ。

 侵入者がいる――一つは、新たな刺客。


 瑛明は床に置いた黒櫃の蓋に視線を落とす。あの男を運び込むのに、担架代わりに使ったものだ。当然洗ってはいるだろうが、今なお、禍々しい気配が立ち上っている気がする。


 そしてもう一つは――瑛明は再び、階段に目を向けた。

 目を凝らして暗闇を見る。しかし照らす火がない今、その闇の奥を確かめることはできない。


 誰かが居るかもしれない。


 それも、今度は逃げようもない大勢が、得物を持って待ち構えているかもしれない。

 もしそうなら、差し込む光で、ここに誰かが居ることは知られてしまった。不用意に黒櫃を開けるべきではなかったのかもしれない。


 耳が痛いほどの長い沈黙。

 瑛明は眉間に皺を刻んだまま、しばらく暗闇を凝視していたが――やがて呟いた。


「行こう」


 渡廊と、前室へ繋がる扉には鍵をかけた。

 身軽に動けるように、着込んできたものは脱ぎ捨てた。

 大きく息を吐き、「よし」小さく声にした。


 そうして黒櫃を跨いで、階段に足をかける。

 後ろ手で段を掴みながら、一段ずつ慎重に、滑るようにして階段を下りる。

 部屋からの光で、最下段までは辛うじて見えた。しかしあとは、何ら綻びの見えない闇――何か飛んで来たら避けられないな……自ずと口元が歪んだ。


 前も後ろも、漆黒の闇。

 殺しているはずの息の音さえ、耳に響き渡るほどの圧倒的な静寂。


 誰もいない――のか?


 思いながら瑛明は、何度も辺りを見回し、目を凝らした。しかし何度首を巡らせても闇ばかり。

 何もない、か――そう瑛明が結論付けたとき、目の端に何かが止まった、気がした。

 立ち尽くして、そちらへと目を向けた。闇奥を凝視する。


 気のせい――という思いは瞬時に消えた。暗黒の遥か向こう、何かが明滅していた。


 それは、上下に揺れる炎だった。

 瑛明はそちらへと足を向ける。

 ゆっくりと、だが次第に足早に。

 岩肌を伝いながら進んだが、足元が全く見えず、何度か躓いた。だが足は次第に早くなる。何度も転びかけた。でも構わない。


 そして――「瑛明!」

 ――この声!


 ようやく迫ったその姿に、瑛明は両手を伸ばした。

 炎が足元に転がる。一瞬明るくなった空間が再び闇に落ちたとき、体当たりだとばかり、それは瑛明の懐に勢いよく飛び込んできた。


「会いたかった――!」


 しっとりと、熱い身体。鼓動が、まるで自分のもののように激しく伝わってくる。しがみつく指先の、爪が背中に食い込んで、痛い。


――嗚呼、やっぱり。


「私も、お会いしたかった」

 そう声にして、瑛明は回した両腕に、少しだけ力を込めた。

 

 ――この御方だけが、俺の真実だ。

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