表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第八章『足音』
89/143

「仕掛」

 バンっと大きな音を上げて開いた扉に、依軒の丸っこい背中が、思いっきり跳ねた。

 キッと振り返った彼女が、「なんですか、はしたない!」と声を上げるのにも目をくれず、瑛明はまっすぐ書机に向かう。

 座るなり、傍らの硯に水を落とした。そうして墨を磨りながら、

「中相って、いつ戻るの?」背後に立つ依軒を振り返ることなく、訊いた。 

「さあ……。視察のお役目次第ではないでしょうか? 長くても一月ひとつきくらいかと思いますが」


 ――発ってから十日は経ってる。急がないと。


「地方視察って、年に何回くらい行くの?」

「そうですねえ、一、二回というところでしょうか?」


 ――まあ、()()に、地方に行くこともあるんだろう。むしろないとマズい。


「だいたいこの時期?」

「この時期はそうですね、新年行事が明けて、城内が少し落ち着く頃合ですから」


  ――ちょうど、桃の時期だ。母さんが桃花源こっちを出た時と、俺たちがここに来たのと同じ。


「何故、そんなことをお尋ねに?」背後からの声に、不審の色が滲む。

「え? どんな感じなんだろうって思ったから訊いただけだけど、そんなに変な質問?」

 瑛明は振り向かず、さらりと答えながら筆をとり、墨を含ませる。量も磨りも十分とは言い難いが、判別できる文字が書ければ、それでいい。


 瑛明はさらさらと筆を走らせたあと、一度それを置き、左傍にある竹巻を広げる。

 ざっと目を流してから再び筆をとり、紙面に何事かを書き加えた。

 それを手に、瑛明は勢いよく立ち上がると、

「これ」

 振り返り、墨の乾かない右手の紙を、背後に控えていた依軒に突き出した。


「中相居なくても、本は持ってきてもらえるんだよね? じゃあ、この五冊」

 勢いにたじろいだように、依軒はおずおずと紙面を手に取り、しばし眺めていたが、

「…四、五冊……あら? 最後の一冊は、棚の場所を書き忘れていますわ」

「目録の文字が滲んでて、読めないんだよ。でも竹庵のどこかには必ずあるから、くまなく探してって」

「そんな無茶な。この本は、中相様がお戻りになってからに――」


 依軒が言い終わるのを待たずに、瑛明は声を上げる。

「それは陛下が読みたいとおっしゃってるんだ。陛下に、『中相が戻るまでお待ちください』って、俺に言えって?」

「……」

 依軒は上目づかいで瑛明を見据えたまま、口元を固く引き結んでいる。

 そのじっとりとした目を、瑛明は顎を上げて見下ろしたまま、微動だにしなかった。


 先に目を外したのは、依軒だ。

 はあっと、これみよがしな溜め息をつくと、再び紙面に目を落とし、

「この本、なんとお読みするんですか?」

 

 瑛明はひそかに息を吐き、口を開いた。「『とうかげんき』」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ