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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第七章『背反』
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「罪と罰」

「陛下、そろそろ」

「ああ、もうそんな時間か」


 いつの間にか近づいていた璃音に促され、王は立ち上がった。瑛明も立ち上がり、長櫃に向かう王の後を追う。璃音はいつも通りその場にとどまり、卓上の片づけをしていた。


「どうぞお気を付けて」

 そう声をかけると、階段へと降り立った王がこちらへと向き直る。瑛明は、火を入れた燈籠を差し出した。

 「ありがとう」王はいつものようにそれを受け取り、それを足元に置いた。


 何――? 思ったら、さっきまで燈籠を持っていた右手を引き寄せられる。

 そのまま両腕が伸びてきて、抱きしめられた。回された腕からはしっとりとした熱が伝わり、寄せられた頬からは甘い香りがした。


 背中を抱く手に少しだけ力が込められる。耳慣れたいつもの言葉が、耳元で響いた。

「ではまた、瑛明」


 長櫃を閉めて戻ったら、卓上はすっかり全て片付けられていた。つい今しがたまでの時は本当にあったんだろうかと思ってしまう、いつもながらの手際の良さだ。


 璃音はやはりいつものように、部屋の窓を開けて回っていた。瑛明はいつもその作業を手伝っていた。

 だが。 


「散歩してくる」


 そう言うと、璃音の返答も待たずにその後ろを抜けた。

「お待ちください」

 声をかけられたのは、廊下に出ようと扉に手をかけた時だった。

「どうぞこちらを」

 そう璃音が差し出してきたのは、披風(マント)だ。


 「ありがと」瑛明はそれだけ言うと、披風を受け取って部屋を出た。


 外はまだ薄暗く、そして痛みを感じる寒さだった。瑛明は披風を羽織りながら、足早に渡廊を進み、階段を下って院子に下りた。


 朧な足元だけを見て、瑛明は院子の道を、ひたすらに歩く。そうして築山の前に立つと、影が色濃く落ちて一層足元が怪しい石段を上り始めた。

 途中何度か躓いて手をついてしまったが、構わず上った。


 亭台に上がると、東の空がほんのりと白んでいるのが見えた。瑛明は東に向いた椅子に座る。石の椅子は、しっとりと湿っている。


 瑛明は、いま思い出したとばかり、ゆっくりと呼吸をした。吐いた息が、白く伸びた。

 そこへ風が吹きつけ、ざわっと草木が鳴る。ぞわっとする寒さが押し寄せ、披風を胸前で寄せたとき――『じゃあ、また』


 蘇った声に、鎮まったはずの熱が身体の奥から込み上げる。


 本当はあのとき、あの背に手を回して、抱き返したかった。だけど、


『そんなことが許されるとでも?』


 冷ややかな声が、それを止めた。回しかけていた手は、虚しく宙を泳ぐしかなかった。


 あの柔らかい目も、滑らかで美しい指も、凛とした声も、あの熱も――本来、俺が受け取るべきものじゃない。


 仕方なかった――なんて言えない。


 女装(この)姿で、王の前に立つと最終的に決めたのは、自分なんだ。

 いつしか目に映るのが硬質な石であることに気づいて、瑛明は目を上げる。ぼんやりと白かった正面の空が、いつの間にか明るさを増していた。


 ただ目に映していただけの空の、白く淡い光が、にわかにぼやける。


 本当は、離れたくない。


 もう二度と会えないなんて、考えただけで恐ろしい。だけどそう思うのは、俺の勝手でしかない。


 俺は最初から、何もかも知ったうえで、あの方を好きになってしまった。でも、あの方はそうじゃない。そうじゃないんだ。 


 俺こそが、あの方を騙して、裏切ってる。


 俺は、何てことをしてしまったんだろう。


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