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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第七章『背反』
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「心の内」

 僅かに弾んだ声を上げながら手早く解かれたその中から出てきたのは、(いち)で、『小妹』がなかなか手放そうとしなかった、寄木細工の小箱だった。


 何で、と思う間もなく、「志按が持ってきた」王がさらりと言った。


「――父が?」

 思いもよらない言葉に、瑛明の声がにわかに裏返る。


「ああ。志按は市や城外で見つけた目新しいものを見つけては、贈ってくれる。もちろん、伝統の品もな。おかげで私の部屋は、なかなかに面白い」


 市や城市で、自分で探し回っているのか? 

もしくは家の誰かに――いや、腕の立つ達人をあちこちで抱えているのかも。

 もしかして自分でも作ってる? あの人ならできそう。器用だし。茶の淹れ方もさまになってた。一見文人風なのに意外と力もある。あれはちゃんと鍛錬している身体だ。


 『敬愛している』それは――当然か。


 つまり、俺が宮中を下がって陛下に会えない間も、中相は参内して、陛下お好みの品を贈り続けるのか。

 そのたび陛下はお喜びになられるのか。


 なんか――腹立つ。


「陛下は、新しいものがお好きですか?」

 奇抜なもの、と言いかけたが、そこは言葉を選んでおいた。

 王はしばし思案顔だったが、

「そう、なのかもしれない。志按がくれる珍しい話や礼物を私が喜ぶのを、璃律は――不思議そうにしているから」


 ああ、あいつ……。あの、嫌悪感も露わな目を思い出した。そういや、あいつはずっと陛下のお傍にいるんだな。それこそ子供のころから。

 そしてこれからも――思ったら、胸の底に苦いものがわく。恐らく「不思議そう」ではなく、もっと露骨に態度に出しているんだろう。陛下が庇ってるのは明らかだ。


 面白くない。


「そんな怖い顔をするな」

 目を上げると、困ったように笑う姿があった。 

「あれは私を心配するあまり、行き過ぎる時が往々にしてある。若さゆえだ、大目に見てやってくれ」


 あいつ、俺と同い年だったよな確か。何だよそれ、いっそう面白くない。


「そういう瑛明も、なかなかに好奇心旺盛だ。志按の血かな。姿も似ているしな」

 話を変えてきたな――カチンと来たけれど、王に気を遣わせたのは、間違いなく自分の大人げなさだ――思い至って瑛明は、自分の振る舞いを恥ずかしく思った。だから務めて明るい声を出し、


「そう、言われます。でも……」

「でも?」

「雰囲気だけ、って気はしてます」


 あれだけ凄みのある美男美女の子としては、「あれ?」って思うことが、よくある。鏡の自分を見ると、目が小さいとか鼻が低いとか、色々な点が気になってしまうのだ。

 まあ雰囲気と化粧で、周りがごまかされてくれてるからいいか、と思ってはいるのけれど。


 それよりはずっと――。


「なんだ? 私の顔に何かついているか?」

「いえ、そういうわけでは」

 瑛明は慌てて卓上の茶碗に手を伸ばした。さっき璃音が用意してくれた時は猛然と湯気が立っていたのに、すっかり温くなっていた。


「母上は、どのような方だったんだ?」

「母……ですか……」

 ふと虚空を仰ぐ。

 ほんの半年前まで、ずっと一緒にいた姿なのに、思い浮かぶのは何故か霧の向こうに立っているかのように朧気だ。


 しかも大半を過ごした外界での空虚な姿ではなく、中相と一緒にいる時の――。

「父を、ずっと愛していました」

 そんな言葉が口をついたことに瑛明自身が驚いた。眼前の王も「え?」という顔をしている。

 何言ってるんだ俺、そもそも答えになってないじゃないか。


 「そうか」王は、茶碗を手にとった。「ではその子も、愛されていたのだな」そう言うと、目の高さにそれをかざして小さく笑うと、冷え切っただろう白湯に口を付けた。


 ――愛?


 最初に言い出したのは自分なのに、その言葉に射抜かれたかのように硬直する。


 だめだ――それ以上は、考えちゃいけない。

 息苦しさを感じて、瑛明は自分が呼吸が止めていることに気づいた。慌てて息を吸い、

「陛下のお母様は、どんな方だったんですか?」

 努めて明るい声で聞いたのだけど、またしても王が「え?」という顔をする。しまった、陛下を産んですぐお亡くなりになったんだから、答えようがないじゃないか!


 いくらなんでもこれは――。


 だが、対面の王は、にっこりと笑った。

「先后は、誰とでも隔てなく接し、いつも笑顔で、その朗らかな笑い声は全ての人を魅了した。居るだけで周囲を和ませる方だったと――まあ惚気が大いに入った話だろうけど」

「そう、なんですね……」

 王が普通に返答してくれたことにほっとしたのも束の間。


 母さんとは、正反対だな――そう思ったら、苦い笑みが込み上げてきた。


 母さんは孤高の、美しい人だった。

 まさに珠玉、それを得るためにどれだけの人間が躍起になっていたことか。だけど、そんな母さんが最期まで、得たいと願い続けていたのは――瑛明は卓上の小箱に目を注いだ。


「それと、歌が好きだったと父は言っていた。決して巧いわけではなかったが、歌声が愛らしくて、よく歌ってくれとせがんでいたと」


 似たようなことを言われたな――中相に。


 それってつまり、『あれ』は、俺に向けられた言葉ではなく……。

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