「残り時間」
「もういいわ! 私は王后になるのであって、仕立屋になるわけじゃないんだから!!」
また始まったよ……。椅子から立ち上がり、床に投げつけられた夜着――と思しき白い布を拾い上げながら、瑛明は小さく息を吐く。
仮病による体調不良と、依軒の監視下でのやはり仮病による体調不良と、そして中相の(傍目には突然の)訪問が重なり、芳倫との習い事が再開されたのは、一週間ぶりである。
しかし、そんな空白があったとは全く思えないいつもながらの展開がどうにもおかしくて、肩の震えが止まらない。
途端に鋭い声が飛んで来た。
「ちょっと瑛明さま、何がおかしいの! 私よりほんの少し裁縫ができるからって……」
ここで「まあまあ」と宥めるのがいつもの流れである。だが。
「そのとおりですよ」
振り返りざまに瑛明が放ったその言葉に、火鉢が温めている室内の空気が、すうっと冷えた。二人の間を行き来していた師の笑顔が引きつり、芳倫すら驚愕の表情で固まっている。
瑛明はそんな芳倫に歩み寄り、蟠った白い布を差し出しながら、
「おっしゃるとおり私はそんなに裁縫がうまくありませんし、私よりうまい人はたくさんいます。私ならそういう方にお任せします」
差し出された夜着もどきを、芳倫は驚きに目を見開いたまま素直に受け取った。
「私たちに競うべきところがあるというのなら、たいしたことのないお互いの腕ではなく、陛下のお役に立つ優秀な人材をどれだけ抱えられるか――ということではないですか? 貴女は、有能な人物が心からお仕えしたいと思えるよう、凛々しくあればよいのです」
まっすぐ見上げてくる目から、驚きの色が消えている。この目は嫌いじゃないなーー強い光が宿り始めた目を見返しながら、瑛明は続けた。
「とはいえ、何事も基本を知っておいて損はないと思います。『良し悪しも分からない』と陰で嗤われぬよう、努めてまいりましょう」
「そんなこと、言われるまでもないわ!」
たちまち色めく芳倫を横目で見ながら、やれやれと密かに息を吐き、瑛明は自席に戻った。
座面に置いた夜着を拾い上げて座り、
「ですよね。じゃあ続けましょうか」
そう隣の席に目を向けると、芳倫は膝上で夜着を握りしめたままうつむいている。心なしか、顔も上気しているようだ。
言い過ぎたか……瑛明が僅かに眉を寄せると、「――じゃあ」か細い声。
「これは瑛明さまがもらってくれる?」
「え?」瑛明がきょとんとしていると、
「だって、こんな不調法なもの、陛下には差し上げられないじゃない。それでなくても投げちゃったし……」
確かに――思わず苦笑する。
まあいいか、後始末でも練習台でも、それで気が済むなら。
「ありがとうございます、よろこんで」
「あと、これが終わったら遊びに来てくれる?」
また『甘い』時間か。久々だし、それもいいだろう。
あと何回あるか分からないし。
「お呼びいただけるなら、よろこんで」
「じゃあ、始めましょ」
そう言って再び針を持った芳倫の機嫌は、すっかりよくなったようだ。
やれやれ、思いながら瑛明は「はい」と笑顔で頷いてみせた。
そうして、ある早朝。
璃音が王の傍らに置いた茶碗から、白い湯気が立ち上っている。ああ、もう冬だもんな。そんなことをぼんやりと思う。
こうやってお会いできるのはあとどれくらいだろう――そう思うと、胸に痛みが走る。
「これ」
璃音が扉の前に引いたところで、王が懐から小さな包みを出してきた。




