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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
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「影」

 鐘が鳴った。北の宮城から日没が近いことを知らせる鐘声だ。


 その音の意味を中相に初めて聞いたとき、「まだ随分と日は高いですよ?」と瑛明は言った。それに対し中相は、「ここは山間だからな。日没は早い」

 まさにその言葉通り、それからあっという間に暗くなった。そして日没を告げる鼓声が響けば、城門のみならず各戸も門を閉ざすと聞き、「でもこの地に外敵は来ませんよね?」再度問うた瑛明を中相は流し見て、

「外敵は人とは限らぬ。特に野生の獣は、髪の毛一筋残さず平らげてもらえるぞ」

 いつもの穏やかな笑みのはずなのに、冷たいものが瑛明の身体を突っ切ったことをにわかに思い出した。


「そろそろ行こうか、璃宇が迎えに来る」

 そう言うと、小妹は空になった茶碗を置いて立ち上がった。そうして「じゃあ老板、また」奥で店を片付け始めている老板に、軽く手を上げて声をかける。

 二人は店を出て、ほどなく突き当たった大路を西に向かう。いまだに空は青いが、正面からの日差しは確実に弱まっていた。道中、たわいないことをひたすら話した。小妹はずっと楽しそうだ。よかった。


 だけどその実、一体何を話したのか、瑛明はあまり覚えていない。


『敬愛している』

 それはそうだ。地位があるのに偉ぶらず、博識で、それでいて自らが動いて事を動かす――会ってまだ半年余りで、彼の血を引いているという自分でさえ中相を尊敬せずにはいられない。まして長いことその働きを間近で見ていたなら、当然のこと。


 なのにどうして、その言葉が、こんなにも重く沈むのか。


 璃宇の車から降りた倉庫街は北西方面にある。そちらに向けてゆるゆると歩いていると、閉店間際の売り切りを謳って、あちこちから大きな声が上がっていた。帰路の門を目指して歩く人々が、その声で時に足を鈍らせ、時に足を止めて、店先に吸い込まれていく。

「まだ随分と人がいるな。冬は日が落ちるのが早いのに」

「だからこその売り込みが強烈ですからね。小路から行きましょうか。お待たせしても申し訳ないですし」

「あ、かわいい」一際大きな呼びかけに、目を投げた小妹がそう呟いて、足を止めた。

 ここは市内に二本ある南北大路のうちの西側にあたる大路――に面した倉庫街であり、軒先に布を張って屋根にしただけの簡単な露店が並んでいた。璃宇と落ち合う場所はこの大路を北にもう少し進んだところだ。

 露店街は、色々な店が並んでいた。各倉庫の蓄えのうち半端なものや傷物などを売っており、掘り出し物が望めるという通りなのだろう。店じまいが簡単だからかまだ商品は出揃っていて、そこそこの客足もついていた。


 小妹が足を向けたのは、竹細工の店だった。


 露店の背後には背丈ほどの竹垣があり、その向こうはどうやら竹林のようだ。この市も元々は中相邸と同じく王宮の竹林だったということだから、その名残ということだろう。

 まさに採れたてってか――店の傍らに縦横に置かれた竹を一瞥したあと、地面に敷いた布の上に並べられた様々な商品を、瑛明は腕組みをして見下ろしていた。水筒に籠、扇、笠――竹の素材そのままを活かしたものから手を入れたものまで、品揃えは豊富である。


 瑛明の足元にしゃがみ込む小妹が手に取って眺めていたのは、方形の箱だった。僅かに色合いの違う竹でざっくりと編みこまれたものだ。抽斗(ひきだし)としても使えそうな代物である。

 ほどなく、瑛明のすぐ脇、店先で往来に向かって声を張り上げていた若い男が、竹垣の向こうから現れた男に呼ばれて店の奥に入っていく。


 それを契機に、瑛明は小妹の隣にしゃがみ込んだ。

「俺が作ってあげますよ」

 瑛明がボソッと呟いた声に、小妹がチラッと横を向き「え?」という目を向けてきた。

「ちょっと時間がかかるかもしれませんが」


 材料をどうしようか。依軒は絶対に許さないから、中相が来たときに直接頼んで用意してもらおうか。いや、そもそも王に差し上げるなら、特別区の竹じゃないとダメなのか? だったら璃音に頼めば――。


「何を作ってくれるんだ?」

 そっと寄ってきた気配が、ささやく。瑛明も僅かに身体を横に傾けると声を潜めて、

「そうですね――では、手始めに燈籠から。折りたためるものをご用意します」

「本当に!?」

 弾んだ声に、奥で話し込んでいた話していた店の二人が、揃って目を向けてきた。


「ほ、本当です。だから――行きますよ!」

 それは瑛明も同様で――次の瞬間には声を上げながら身を引いていて、その勢いのまま立ち上がっていた。「待って、じゃあこれを戻すから」そんな声に背を向け、瑛明は通りの様子を窺う態で、大股で店から距離をとる。


 無駄にうるさい心音を感じながら、とりあえず深呼吸――そう自らに言い聞かせたときだった。目の前を通りかかった女性が、ふとこちらを見、口を大きく開けたまま硬直する。


 何? 瑛明が眉を寄せたとき、背後からガラガラっという音。被さる甲高い悲鳴。


「危ない!」

 

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