「学友」
「え?」驚きのあまり目を見開いたまま硬直していると、璃宇は上から伸し掛かるように瑛明に迫り、
「竹林管理というと『楽でいいな』と言われるんですけど、分かりますか? ちゃんと手をかけてるって」
「ええ、それはもう。折れたものや腐ったものはもちろん、きちんと間引きもされているから、ちゃんと日も入って曲がった竹もない。間隔もとても配慮されていました」
「凄い、なんで分かるんですか!?」
「自分もやっていたので……」
思わず口にした言葉に、他の三人が「え」という顔を見せる。
しまった、つい余計なことを――。
「ああ、本当だ」感嘆の声とともに、いつの間に握られていたのか、手が胸元まで上げられていた。
璃宇は瑛明の掌を上に向けると、「この手は、『やっていた』手だ」
まるで何かを確かめるかのように、瑛明の手を撫で始める。おいおいおいおいっ!
「あ、あの……」瑛明が後ずさりかけたとき、
「喝!!」辺りを震わせる大音声に、瑛明の身体がビクッと跳ねた。
見れば、あの好々爺が眦を怒らせて孫を睨み上げていた。先ほどの柔らかい空気はどこへやら、今ここにいるのは間違いなく、数多の教え子を持つ、厳格な教育者の姿だった。
「御前で何たる振る舞いか、見苦しい!」
「も、申し訳ございません。嬉しさのあまり、つい……。あの、車を用意してまいります」
璃宇は口ごもりながら、大きな体を縮め、逃げるようにその場を離れた。
「愚孫の無礼な振る舞い、どうぞご容赦を」
「いえ、そんな。こちらこそ、すみません」
深々と頭を下げる王師を前に、しどろもどろになる瑛明の隣で、王が朗らかに笑った。
「老師も璃宇も、相変わらずだ」
ほどなく戻ってきた璃宇は、牛車の御者席から素早く下りると、車輪の後ろに回った。
「普段は竹の運搬に使うものなので、余り乗り心地はよくありませんが」
牛が引く荷車には箱が載せられていて、後ろの両扉を開くと、床には筵が敷かれ、席が二つ置かれていた。「どうぞ」
差し出された璃宇の手をとって先に王が中に入り、瑛明がその後に続く。すると、
「あの! 今度ゆっくりお話を」
背後に立っている祖父を憚るように小声で早口に、璃宇がそう声をかけてきた。
浮かべた笑みが引きつるのを感じながら、「はい。そのうち」
瑛明が頷いてみせると、「よし!」璃宇は小さく呟いたあと、「では閉めます」今度は声高らかにそう言って、後ろの扉を閉めた。
「気に入られたようだな」
ゆるやかな振動の中、面白そうに声をかけてきた王に、瑛明は「そうなんですかね」曖昧に笑って見せるしかない。王は、ほっそりとした指で自らの顎を撫でながら、
「彼は私の学友で、いずれは王の腹心になるべき者。親しくしておくに越したことはない」
そのときだった。ぎゅーっと盛大に腹が鳴ったのは。
そういや後から具合が悪くなるのに説得力を持たせようと思って、朝あんまり食べなかったんだ――顔が熱くなるのを感じながら、慌てて腹を抱える瑛明を見て、王はまたしても朗らかな笑い声をひとしきりあげ、「まずは腹ごしらえだな。とっておきの店に案内しよう」
車は、比較的緩やかに進んだ。
時折減速すると、人声がする。璃宇が返す声を聞くに、相手は竹林内で働く者のようだった。
てっきり、車に乗り込んだ門を出たら竹林外なのだとばかり思っていたがそうではなく、あそこは王宮が管轄する竹林内でも、特に王へ献上するための筍や竹細工の原料等を賄う特別区として囲われており、王師とその嫡孫である璃宇のみが手を入れることを許され、余人は出入りできない――王が、何度かの中断を挟んで、そう説明してくれた。
一つ目の門を出て特別区を抜け、だいぶ車に揺られて二つ目の門を出て竹林を抜け、作業人たちの作業所兼居住空間を通って三つ目の門を出て、ようやく民間の空間に抜ける。
広い通りを横切れば、目の前に市の西門。それを、やはり璃宇と馴染みらしい門番とのやりとりで瑛明は理解した。
市に入り、これまでひたすらまっすぐ進んできた車が左折する。「お?」と思う間もなくすぐ右折。「もうじきだ」言葉の通り、ほどなく車が停止した。
「降りるぞ」
そう言うと、王は自ら車の扉を開けた。
今しがた通ってきた路は、両脇を高い建物に挟まれていて薄暗く、市を囲う塀に突き当たるせいもあるのか、まるで人気はない。そして幅いっぱいの車は、小路の入り口をふさぐ形で停車していた。
瑛明は城内図を思い出す――竹林に接する市の西は倉庫街。だからか、人がいないのは。
「どうぞお気をつけて」
璃宇が車と小路に面する建物の僅かな隙間から首を出し、そう声をかけてきた。
王は頷き、「分かった。ありがとう」
車が去ると、目の前には少し幅広な路があった。市は、南北に二本、東西に二本の大路が井形に走り、その内部では小路が交差している。同業は同じ区画に固められ、多種多様にある。露店も振り売りもある。生活必需品から娯楽まで、職人の伝統ある名品から素人の目新しい新作まで、あらゆるものが手に入る。城市の賑わいは、ここに集結していた。
「大兄、こっち」
そうだった、そういう設定だった。
振り返った王に、瑛明はぎこちなく頷いてみせた。「ああ、ついていくよ――小妹」




