表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
54/143

「変装」

 翌朝。


「昨日は、見事な披風(マント)を、ありがとうございました」


 璃音の言葉通り、王が瑛明の部屋を訪う。

 璃音が扉の方へ下がるのを待ちかねたように、瑛明は対面に座す王に礼を述べた。


「気に入ったのならなによりだ。そのうち着て見せてくれ。芳倫が『凛々しい』と評していたそうだから、狙い通りだったようだ」

 目の前でにこやかにそんなことを言われたものの、瑛明はひきつった笑いを浮かべるのが精いっぱいである。


 昨日は芳倫と何を話し、どう帰したのか覚えていない。

 その後も上の空で、依軒に「いくら素晴らしい贈り物をいただいたからといって、浮き立ち過ぎではありませんか」とたしなめられたほどだ。

 牀台(ベッド)には入ったものの、よく眠れなかった。こんなこと、久しぶりだ。


 瑛明は意を決し、 

「あの! 『他のもの』も、どうもありがとうございました」


 口にしてぐっと唇を噛む瑛明に、王は「ああ」と軽く声を上げ、

「さすがは璃音、抜かりはなかったな。直しが不要なら問題ない。昼から出かけよう」


 「え?」つい気の抜けた声が漏れてしまう。


「前に話したと思ったが」

 忘れたのか? と責めるような険のある目と声に、瑛明は慌てて「もちろん覚えています!」

 そう口にしてから、何を言われたのかを本当に理解した。一緒に出かけるって、本当だったんだ。


 王、曰く。

「私もおまえも『深窓』だからな、顔を見知っている者は多くはないが、見つかったら大事だからな。念のための『変装』、だ」


「変装……」

 まあ、女性が男性の格好をするのは確かに変装だな。ちょっと複雑な気分だけど……。


「それに以前、志按(しあん)から言われたのだ。瑛明は外界にいたとき、塾に通うため男装で過ごしたこともあったので、女性らしからぬふるまいをするようなことがあるが、大目に見てやって欲しいと。その姿、見てみたいとずっと思っていたのだ。さぞや凛々しかろうと」


 ――この人は……。

 だからそう言うことを、そんな綺麗な顔で、しれっと言うなって!


「陛下、ほどでは……」

「光栄だな」

 瑛明が口ごもった言葉に、王は少しだけ笑ってそう言った。そして、


「――女官に、依軒の幼友達がいる」


 「……は?」いきなり変わった話に、困惑気味に目をしばたたかせる瑛明に対し、

「その者が今日、依軒を誘いに来るだろう。おまえはせいぜい寛大に、侍女たちの久々の再会を許してやることだ。鷹揚に送り出してやった後、急病で習い事はお休みにする。あとは璃音に任せればよい」

 そう言うと、王はにわかに立ち上がった。

「では私も、できるだけ仕事を片付けなくては。持ち越しが多くなり過ぎては、ここに来る暇もなくなる」


 つまり陛下も急に具合が悪くなるんだな……思いながら瑛明は、急ぎ燈籠の支度をする。

 いつものように長櫃の底板を外し、いつものように階段を数段下りてから王は振り返り、

「では、またあとで」

 そう言い置くと、あっさりと階段を下りていく。

 瑛明はなんとなく、闇の先に沈み込む階段の先を眺めたまま、その場に立ち尽くしてしまった。


 果たして朝食を終えると、依軒に誘いがきた。瑛明は、「せっかくだから行ってきなよ。昼寝も習い事も、璃音がいるから大丈夫。そのあとは小姐からお茶のお誘いがあるだろうから、夕方までゆっくりしてくるといい」と寛大に――と言うより前のめりに送り出した。


 そして。


「瑛明さまは男装をされておられたこともあるとうかがってはおりますが、必要でしたらお召し替えをお手伝いいたしますが?」

 璃音の控えめな申し出を、「大丈夫」と遠慮なく断り、瑛明は一人寝室に入った。

 誰もいないのをいいことに、思い切りよく着ているものを脱ぎ、用意された男物に袖を通す。

 胸に巻き付けるためと思われる白布まで入っており、「要らないんだけど」と思ったものの、あえて心衣(綿入胸当て)の上からそれを巻き付けた。


 嗚呼。この、動きやすさ! 股下の心強さ! やっぱり落ちつく――思いながら瑛明は、手早く脱いだ服を畳むと、念のために牀台の下に滑り込ませる。そうして隣の居間に戻ったが、璃音の姿はなかった。律儀に前室で待っているようだ。


 まあ、いいか……思いながら瑛明は、おもむろに鏡台に座った。

 貴族は男子でも多少は塗るのがたしなみみたいだし(あの左相でさえ塗っていたしな)。

「陛下くらいでいいんだよな……」

 呟き、毛先に含んだ白粉のほとんどを皿に叩き落してから、顔に置いた。


「でも」


 俺が男装ってことは、まさか、もしかして。


 長櫃の底が「カタッ」とかすかに鳴った。底板が外された合図だ。

 瑛明は立ち上がって長櫃の蓋を開け、底板を持ち上げ、来訪した王を迎え入れたのだが。


「瑛明、待たせたな」


 やっぱり!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ