「贈り物」
「じゃあ、今日はこれで」
対面の王は、そう言うと立ち上がった。
早朝、瑛明の部屋。璃音はいつも通り少し離れて、隣の前室に繋がる扉の脇に控えている。
もう何度目か分からない逢瀬だ。
会うのはいつもこの場所で、しかも茶を一杯飲む程度の時間でしかないけれど。
「お気をつけて」
長櫃の底板を外すと、地下に下りる階段が続いている。
王が長櫃に足を踏み入れる傍らで、瑛明は王が持参し、鏡台に置いた燈籠を灯し直す。燈籠は竹の骨格に紙を貼ったもので、中には蝋燭が入っていた。
初めてこれを見たとき、蝋燭があるんだ。ということに瑛明は驚いた。外界でも非常に希少で高価な品が、外界より随分のんびりと時が流れている桃源郷にもあるなんて。
ああでも、部屋にあるのは油燈だし、蝋燭が希少で高価なのは変わりないのか。
瑛明が火を灯した燈籠を手渡すと、「ではまた」と微笑を残し、王は地下へと消える。
しかし今日、燈籠を差し出したとき、王からかけられた言葉はいつもとは違っていた。
「今度、一緒に出掛けようか」
「え!?」
まったく、想像さえしたこともなかった一言に、反射的に出た声が低くなってしまい、瑛明は大いに慌てた。
「嫌か?」
「違います! むしろ――嬉しい……です」
今度は声が裏返ってしまい、大いにうろたえていると、
「そうか」王はにっこりと笑って、いつものように左手で蝋燭を受け取った。
「詳細は後日。ではまた」
「――!?」息を呑んだ。
いつもように軽く上げられた右手が――すっと流れてきて、燈籠を渡したまま宙に浮いていた瑛明の指先を軽く握ったのだ。
体温は一瞬。
驚きのあまり硬直する瑛明に、「ははは」軽やかな笑い声を残し、その姿は闇に消えた。
「どうかされました?」
長櫃を閉めて戻ったら、卓上の茶を片付けている璃音に問われた。
「何が?」
答えになってないと思いながら、瑛明はそう言って彼女の脇を通り過ぎた。
数日後。
本日の習い事を終えて部屋に戻ると、ほどなく璃音が大きな包みを持って現れた。
「こちら陛下からです」
今朝はそんなこと何も言っていなかったのに――立ち尽くす瑛明の背後で、「まあ、何かしら」と華やいだ声を上げたのは、依軒だ。
あまつさえ瑛明の脇を抜け、両手を差し出してそれを受け取ろうとする。
その手を避けるように璃音はすいっと包みを斜め上にあげると、そのまま瑛明に歩み寄った。
「陛下が、瑛明さまのためにと自ら御手配されたものです。どうぞ一番にご覧ください」
そう言うと、深々と頭を下げ、恭しく包みを差し出す。いつにない慇懃ぶりに戸惑いながら瑛明はそれを受け取ったのだが。
――重っ!
璃音が軽々と持ち上げていたから、もっと軽いものかと思っていた。
てっきり衣装かと――いや、感触は布だが、中になにか硬いものが包み込まれている。
「あら。そうはおっしゃいますけれど、璃音さまは中をご存知のようですね」
あからさまに尖った声に対し、璃音は相変わらずの無表情で、
「陛下に御指示いただき、私がご用意させていただきましたゆえ――さあ瑛明さま、どうぞお隣の寝室で中をご覧になってみてください。依軒殿、私たちは茶の支度を。まもなくお客さまがいらっしゃるでしょうから」
「お客人が?」
「芳倫さまにも同様のお支度がされております。きっとご披露にいらっしゃいますよ」
――それは、間違いない。きっと来る。
「あらそれは大変。粗相のないようにご用意しなければ」
依軒がどたどたと身を返したとき、璃音がチラッとこちらに目を投げてきて、目配せをする。瑛明は無言で頷いて、足早に寝室に入り、しっかりと扉を閉じた。
羅の帳をくぐり、牀台に包みを置く。念のためもう一度背後を振り返り、扉が閉まっていることを再確認して、やっと包みを開けた。
中から出てきたのは艶やかな青の披風だ。
「うわ……」思わず声が出た。
コレかなり、いや凄くカッコよくないか?
知らず口角があがってしまったところで、その下に何かがあることに気づく。瑛明は慎重に披風を広げ、包み込んでいる「なにか」を取り出した。
長衣。褲子。高革靴。
「これ……」思わず声が出てしまい、瑛明は慌てて口元を覆った。
これ、男物じゃないか!




