「嘘つき」
「陛下、お替わりをお注ぎしますね」
「ありがとう芳倫。この茶菓子もとても美味しい」
「それはよろしゅうございました。お替わりもありますよ? あ、是非こちらも!」
数日後、瑛明は王と芳倫とともに、先日中相と対面した院子の亭台にいた。桂花茶を王から所望されたからである。
亭台の蓮型の石卓に、上座の王を頂点に、瑛明と芳倫が下座に並ぶ。
傍らの芳倫は、真新しい薄紅の衣装がとても可憐で、雲一つない秋晴れの空にも劣らぬくらいにその笑顔は眩しい。嬉しくってたまらないというのが明々白々だ。
その様子を横目で伺いながら、
――ああいうのが好みじゃなかったのか?
いつぞや渡された激甘本の、胸やけがする甘々な台詞の羅列を瑛明は思い出す。
そして今度は正面で、目を細め、芳倫に優しく笑いかけている美しい横顔を見た。
ああでも、この方ならさらりと言えるかも。
『乱れている』
白くて長い指が、そっと額に触れたときの、ひんやりとした感触。
「瑛明さま、どうされたの?」
その声にハッとする。見れば隣の芳倫がこちらを窺っている。いかにも心配げな様子で。
「もしかして具合が悪いの? 顔が赤いわ」
「そうなのか?」合わせるように心配げな声を上げる王を、瑛明は複雑な思いで見た。
『ここのところ朝晩冷え込んできたが、変わりないか?』
『はい。おかげさまですこぶる元気です』
『それはなによりだ』
そんなやりとりを、今朝したばかりだ。
鍵をもらって以来、依軒が寝静まっている早朝のうちに、ほぼ毎日会っている。多忙な御身なので、長居はされないけれど。
同じ室内に璃音がいるものの、(一応)嫁入り前の自分と、王が密かに会うってかなり問題なのでは――という思いは日ごと強くなっている。屈託のない笑顔で王の話をする芳倫を見るにつけ、胸が痛い。
だのに隙あらば鍵を開け、長櫃の蓋が開く待っている自分に、身近くにいる依軒につい苛立っている自分を、止められずにいる。
中相が言うまでもなく、近しくなればなるほど、事が露見する確率が上がるのに。
近しくなったからといって、どうなるわけでもないのに。
「冬も近い、二人とも大事にするように。必要なものがあれば遠慮なく言うように」
「ありがとうございます、陛下」
この方は――自分に向けられる無邪気な笑顔を、溢れ出る好意を、どう受け止められているのだろう。そんなに清らかに、優しく笑いながら、あなたはなんて嘘つきなんだ。
芳倫が俺たちの密会を知ったら――きっともの凄く傷つくに違いない。
だけど――そう思っていながら、この場にしれっと座っている俺は――瑛明はそっと顔を伏せ、口元を歪めた。




