「嫉妬」
そんなこんなで日々は淡々と過ぎ、季節は深まっていく。
とある早朝。
「ほら急いで! もう、まだ夢の中なの?」
軽やかに先を歩く芳倫が、そう言ってこちらを振り返る。院子から回廊に差し込む光が、彼女の笑顔を明るく照らした。
最初は一緒に習い事、やがてその後の宮中探索にお部屋訪問――宮中に上がってはや一月、一緒にいる時間が長くなっているな、とは思っていた。
ついには、こんな早朝から一緒にいる。
午前の講義の時には思いっきり眠そうで思いっきり不機嫌だったのに(だから習い事は全部午後からになったのに)、そんな朝にめっきり弱い小姐に、空が白む前から開門を待っていた俺が叱責される日が来るなんて。
回廊の角を何度か曲がると、吸い込んだ朝の清爽な気に、わずかに甘やかな香りがした。
目を投げる。その先には鬱蒼とした緑に黄色が点在する木が見えた。根元には白い布が敷かれ、依軒と芳倫の侍女が、背丈を遥かに超える竹竿を手に佇んでいた。
「早く! 花が開いちゃう」芳倫が、院子に下りる階段前で手招きしている。
揃って院子に下り、木に近づく。生い茂る細長い葉に、豆粒ほどの花が小さな塊をつくり、其処此処に点在している。形状がはっきりしてくるにつれ、甘い香りが強くなった。
「お待ちしておりました」
「お見立てとおり、よい開き具合ですわ」
そういって差し出された竹竿を、それぞれの侍女から二人は受け取った。
芳倫がこちらを見てにっこり笑うと、
「たくさん花を落としましょうね。陛下のために一緒に頑張りましょう! ――えいっ!」
その声を契機に、瑛明と芳倫は揃って枝を叩いた。頭上からは大量の葉と小枝、いくらかの小さな花がバラバラと落ちてくる。甘い香りとともに。
「小姐、上にもっといい具合の花が」「そちらは少し開きすぎです」背後から飛んでくる侍女の声を受けながら、二人は一心に枝を叩き続けた――のだか。
「はあ……」
ほどなく、芳倫は竿を置いた。
無理もない。竿は長くて重く、身の丈の倍以上ある木から花を叩き落すのは小柄な彼女には相当な労力だろう(それでなくても重い物なんかロクに持ったこともないだろうし)。
そしてこの、むせ返るような甘い香りは、ともすれば気分が悪くなりそうなほど強烈だ。
そこへ心得たように彼女の侍女が主に寄り、「小姐、あとは私が」
だが芳倫は決然と延べられた手を振り払い、「これは陛下に差し上げるものですから、私がやります!」
すっかり息も上がってるのに……。
みなに背を向けて、さりげない態で息を整えている小柄な姿に、瑛明は小さく笑ってしまった。
ほどなくこちらに向き直った芳倫に、瑛明は笑いかけ、
「では芳倫様。私があちらの花を落としますから、貴女はこちらで花を摘んでください」
瑛明を振り返った芳倫は、明らかに不満げな様子を見せる。だが、
「お互い『得手不得手』がありますから」
その言葉に、額に汗を滲ませながら芳倫はしばし無言で瑛明を見上げてきた。
やがて一つ頷き、「確かにね。力仕事は私の担当ではないわ」
「花の選別は私の担当ではありません」
「そうね」
「楽しそうだな」
突然の背後からの声に、その場にいた主従の四人が一斉に振り返った。
「陛下!」
みながあたふたと膝をつこうとするのを手で制すると、王はにこやかに瑛明に歩み寄り、
「久しいな瑛明。元気そうで何よりだ」
そう言いながら、瑛明の肩口に残る小さな花を摘み上げた。
「芳倫も。変わりないようだ」
「お心にかけていただき、勿体ないことにございます」
そう言うと、芳倫は優雅に、可憐に膝を折った。
王は並び立つ二人に目を流しながら、
「院子が賑やかだと来てみたら、美しい二人の姿が見えた。まるで一幅の絵のようで、しばし見惚れていた。仲良くやっているようで何よりだ。少しばかり――妬けるね」
「まあ」嬉しそうな声をあげて芳倫は両手で口元を押さえると、
「桂花がちょうどいい開き具合でしたので、桂花茶を陛下に差し上げたく。早朝からお騒がせしてしまい、申し訳ございません」
「それは嬉しい。今は三分といったところか、絶妙な咲き加減だ。さぞかし美味しい桂花茶ができあがることだろう。三人で味わおう」
「ありがたいお言葉にございます」
――お似合い、だな。
まさに一幅の絵だ。
家柄はもちろんその姿も、きちんと釣り合いが取れている。
様子を見るに相性も悪くなさそうだし、皆に祝福されて、きっと幸せになるんだろう。それが自然の流れた。
二人が家族になったとき、俺はどうしているんだろう。
せめて近くにいることは、できるんだろうか――瑛明は桂花を見上げることで、二人から目を外した。




