「ずっと一緒」
翌日、芳倫の部屋に招かれた。
「これ、貸して差し上げるわ」
そう言って芳倫が卓上に積み上げたのは、数冊の書だった。
「最近流行りのものよ。巷の女の子はほとんど読んでいると思うわ」
「へえ」これは中相の蔵書にはなかったな――思いながら瑛明は一冊手に取って、ぱらぱらと捲ってみたのだが……。
目眩がした。
「どう? 面白いでしょ? そう、その頁! そこの告白場面の台詞、素敵過ぎない!?」
悲鳴か歓声か分からぬ声を上げながら、頬を少し赤らめている芳倫。
どうやら俺をからかうためとか、まして俺の無知を笑うためとか、そんなんじゃないらしい。くねくねしてるし。
「貴女も、こういうのを読んで少しは女らしさを勉強なさいな。正后じゃなくたって、陛下にお仕えする身になるのだから」
いいのか? 俺が陛下に嫁しても?(実際は無理だけど。そして自分が正后ってのは確定事項なんだな)
そして本気でこの本を俺に薦めているな。
でも――この頁音読させられたら、俺、愧死する自信ある。
目を輝かせている芳倫の視線を空咳をすることで外すと、瑛明は思いっきり吠えた。「こんな台詞を本気で言うような男は頭おかしいか詐欺師だろ! こんなのが流行ってるなんて、この桃源郷は、大丈夫なのか!?」心の中で。
いや待て。ロクに読まないでアレコレ言うのは良くないよな……。もうちょっと読み進めたら、もっと違う展開が――思い直した瑛明は、意を決して、最初から頁を捲り始めた。
だが。
「すみません、無理です……」
言うなり勢いよく閉じた本を両手で芳倫に差し出し、瑛明は卓上に突っ伏さん勢いで深々と頭を下げた。これなら、激甘の菓子を三つ食えと言われる方が遥かにマシだ!
「ええっ、このお話がダメなんて貴女、女の子としてどうなの!?」
顔が見えなくても頭上に投げかけられるその声で、芳倫が不満げに頬を膨らませているのは分かる。
でも――無理なものは無理だっ! ちらっとした読んでないのに、致死量なんじゃと思うくらいの激甘、かつ無茶苦茶な文章と台詞が焼き付いてしまい、今晩は悪夢にうなされそうだ。
芳倫が大きくため息を吐くのが聞こえた。
「まあいいわ。まあ考えてみたら、私たちの趣味嗜好が似てしまったら、陛下には面白みがないでしょうしね。――分かったわ、貴女に足りない女らしさは私が担当することにするわ。貴女は陛下のお話し相手が務まるように、せいぜい難解な本を読んでおきなさい」
お互い、訪問が許されているのは官僚たる父親のみで、それだって僅かな時間でしかない。話し相手をするはずの王は政務に忙しく、こちらも滅多に顔を合わせない。
有り余る時間を、何もかもが用意されるただ広いだけのこの桃華宮で、家から連れてきた僅かな侍女と過ごすしかない。あまりに世間離れした生活――要するに暇なのだ。
だから最初は単なる暇つぶしだったんだろう。俺にかかわってくるのは。
だけど今は、かつてのように敵を見るような目を俺に向けてくることはない。
血で血を洗う権力闘争序章を覚悟してここに来た身としては、いささか拍子抜けである。こんなに穏やかで楽しい時間を彼女と過ごせるなんて、思ってもみなかった。
「でも」
芳倫の声が僅かに改まった気がして、瑛明は顔を上げ、視線を彼女に向けた。
「人には得手不得手はあるものだけど、こんな程度の話で取り乱してどうするの。『初心さ』が売りになるような、そんな年じゃないでしょ。それに、もうじき後宮に入って『房中術』を学ぶ身なんですからね、私たちは」
目眩がした。
まさかこんな、『女子話』をするなんて、全然! 少しも! 思ってませんでした!
「分かったわ。もっと若い子の間で流行ってる、もう少し読みやすい本を用意するから。だって少しでも一緒に盛り上がれた方が楽しいじゃない。これからずっと一緒にいるんだから」
さも当然とばかりに芳倫が言うのに、瑛明は薄く笑うことで応えた。だって。
彼女と一緒に後宮に上がる日なんて、絶対に来ない。




