「甘い生活」
「で、この廊下が『梨華宮』に続いてるの。いずれ私たちが住む『後宮』ね」
「なるほど……」
習い事後の、桃華宮探索である。――もう何度めかの。
『陛下の言いつけだから』との言葉で、もう何度も、こうして芳倫に連れ出されている。
「一度じゃ覚えきれないでしょうから」と彼女は言うのだが、複雑怪奇な竹林に居を構えていた瑛明にしてみたら、ここ桃華宮は広大ではあるものの非常に単純な造りで、一度歩けばその全体図がほぼ把握できた。安全面が心配になるほどだ。
ましてこう何度も歩いては、もはや目を瞑ってでも自室に帰れそうだ。
そして探索後は決まって、「家からとても珍かな菓子が届いたの。きっと召し上がったことはないでしょうから、お味見させて差し上げるわ」と部屋に招かれる。
嗚呼、また甘いヤツ……。
蓮型だったり鳥型だったり表面胡麻だったりしたけれど、茶色のとにかく甘ったるい塊が鉢に山盛りにされた様が目に浮かび、げんなりする。甘いものは貴重だし、あれだけ雑味のない甘さはかなりの高級品なのだということは分かる。
でも高級品なら何でもいいわけではないことを、俺は知ってしまった。贅沢な話だけど。
しかしどうにか感情を収め、「いつもありがとうございます」笑顔を作る。
一度「喪中だから、このような贅沢品は……」とやんわり断ったら大層驚かれ、「喪中だから、控えめな品をご用意しているのよ」と言われたから恐れ入った。
控えめじゃない品は、一体どれだけの甘さなんだ。歯が外れるんじゃないだろうか、多分。
さりげなく背後に目を流すと、依軒が嬉しそうにしている。
神妙な面持ちで目を伏せているが隠し切れていない。付き合いで一個食べるのだって俺には苦行でしかないのに、「部屋でおあがりなさいな」と大量に渡される菓子を綺麗に平らげるのは依軒だ。彼女が嬉々として甘味の山を崩しているのを見るだけで、胸やけがする。こっちに来て明らかにふくよかさが増したし。
まったく、女は何だってかくも甘いものが好きなんだか。
さらに。
「史書に地誌に四書五経……。何この、面白みのない本棚! だから貴女は、どこか女性らしさが欠けているのね」
何度も請われ、何度も部屋に招かれてもいたので、渋々自室に芳倫を招いたときのこと。
念入りに掃除はしたものの、何かまずいものを見つけ出されてはと一瞬たりとも目を離さずにいたが、さすが深窓の令嬢だけあって室内を物色するような真似はしなかった。
ただ勧めた席の正面にある本棚を目にした途端、彼女は「やだ」と声を上げたのだ。
「まあそうよね、中相家には近い年頃の方はいらっしゃらないし、こちらに来て間もないあなたが『そういう』話題に疎くなるのは仕方ないわよね」
とか言いながら一人思案顔だったから、なんだか嫌な予感はしたのだ。




