「お手並み」
身内の家で喪を過ごす名目でやってきた、王の父方の従妹である瑛明と、喪が明けたばかりの王をお慰めするお話し相手という名目でやってきた王の母方の従妹である芳倫。
二人は言わばただの客人であり、何かを課されたり、まして寵を競うなどという事態は起こり得るはずはなかった。
ないはずなのだが。
「お見事ですわ、瑛明さま」
背後から手元を覗き込む痩せぎすの女性に、「そんなこと」とうつむきがちに謙遜して見せつつ、「どこがだよ」と心中で毒づく瑛明。
母さんにはしょっちゅう「雑だ」「目が粗い」と手を叩かれたもんな。「これでは売り物にならない」って――まあ事実だったけど。
窓も扉も開け放たれた室内には、昼前の清爽な光が満ちている。
初秋の風が吹き渡る中、瑛明と芳倫は背中合わせに置かれた籐の椅子に腰を掛け、刺繍に励んでいた。窓際に座り自らも手を動かしつつ、時折立っては二人の背後を行き来するのは、刺繍の名手として名高い諒夫人。
「ああ、これが噂の山猿ね」という光を、細い目に満々と讃えた彼女が瑛明の前に立ったのは、つい先刻。しかし今や感嘆の吐息を漏らし、瑛明の手元を見つめている。この反応、もう何度目だろう。
ここに来てからというもの、毎日色んな人が「師」と称して入れ代わり立ち代わりやってきた。
それというのも「王の政務中は暇であろうから、将来のため、高名な師を城外よりお招きすることにした。ついでに瑛明殿もご一緒されよ」という左相のもったいなくも押しつけがましい厚意によるものである。
書・絵・琴・歌・舞・槍に素読……よくもここまでと思うくらいに色々なことをやらされた。
しかも現れる者はどいつもこいつも、侮蔑と好奇を隠そうとしないばかりか「中相家で申し訳程度につけられた半端な実力を暴いてやる!」という意味不明な使命感に燃え、やたら突っかかってくる者も少なくなかった。
突き刺さる視線から免れるように顔を伏せ、「私、外の暮らしが長かったものですから物知らずで……」と消え入りそうな声で恥じるそぶりを見せてやると「まあ、それは致し方ないことですわ」と、心からなのか口先からなのか、「師」たちは揃って慰めの言葉を口にしてくる。
だがほどなくして――揃いも揃って呆けたように口を開けるのが、瑛明には面白くって仕方ない。笑い声を上げないようこらえるのが大変なくらいだ。
とはいえ、『驚きはしたが目を瞠るほどではない』という中相の言葉は忘れていない。
そう、別に自分は大した器ではない。この驚きと称賛は、「世間知らずの山猿」という思い込みが生じさせた業なのだ。そして何より。
ガッシャン!
また始まった――密かに大きく息を吐いてから、瑛明は驚いた態で後ろを振り返った。
見れば芳倫が足元に刺繍を投げだし、立ち上がっていた。肩を震わせて。
「もういいわ! 私は王后になるのであって、刺繍女になるわけじゃないんだから!!」
今日は刺繍女か……。昨日は武人だったな。
それ以外は連日寸分違いない。
おかげで今や驚きも呆れもなく、ただただ、おかしい。
少しだけ俯いて緩んだ顔をどうにか引き締めてから瑛明は立ち上がり、芳倫が投げ捨てた刺繍を拾い上げた。
「かわいらしいじゃないですか。かように雑に扱うのはかわいそう」
言いながらそれを広げて見せる。紅や黄の華やかな色の糸が織りなす、がったがたの縫い目は、幼子が必死に針を動かしたさまを想像させてかわいらしい。
そう、噓は言っていない。
だが。
「お情けのつもり!? あなたに慰めを受けるほど、私、落ちぶれてはいませんわ!!」
瑛明を思いっきり睨みつけ、芳倫はその手から自分の刺繍を、文字通りひったくった。
「何がおかしいの!? 私よりほんのちょっと腕が立つからって偉そうに! 貴女の方が一年も長く生きてるんだから、私よりできて当然でしょ。むしろ、これしかできないなら足りないくらいだわ! 来年になったら、私の腕は貴女を遥かに凌駕するんだから!!」
「楽しみにしております」
いちいち大げさな物言いに、笑いをこらえるのが大変だ。
下手に笑ってしまうと、いっそう大騒ぎして、笑いを止められなくなる。
自分の山猿さよりも、彼女のできなさがより自分を引き立ててくれるのだ。たとえキーッと奇怪な奇声を上げながらドコドコ叩かれたところで、怒る理由になるだろうか。
そもそも痛くないし。
最初こそ、敵意を露わに何かと突っかかってくる「小姐」に身構えていたが、余りの面白さに戦意はすっかり失せてしまった。
しかも彼女は、ただの「小姐」ではなかった。
左相に阿り、彼女の作を「良し」とした師に対し、「素人の私にも分かる作品の良し悪しがお分かりにならない方に、教わることなんて何一つありませんわ。どうぞお帰りになって!」ときっぱりと言い放った。青ざめて立ち尽くす師が気の毒になって、思わず場を取り繕ってしまったら、「貴女はどっちの味方なのよ!」と、また怒られたけれど。
芳倫本人にそのつもりはないのかもしれないが、不平も不満も、全てその口と顔が表してくれるから、その感情を読み取ることは瑛明にとってそう難しいことではない。
嫌味めいたことも言われるが、「嫌味を言ってやろう」という気配ありありで言い出すものだから、不快になるよりどうにもおかしくて、つい笑ってしまう。そうすると彼女がさらに怒り、それがまたおかしくて笑っていると、「もういいわ」とお流れになる。毎日こんな感じだ。
要するに――楽しい。




