「信書」
午前の学をから解放されると、昼餐を急いで済ませてから、瑛明はすぐさま竹庵に向かう。
鍵をかけたあとは男の衣装に着替えて、中相が現れるまで予復習をしたり、書棚から本を抜いて読んだりする。それと、王への返書をしたためるのもこの場所だった。
それは、謁見翌日のことだった。
王宮から戻った中相から、細長い藍色の包みを渡された。目で開封を促され、戸惑いながら中を開くと、現れたのは一通の書。
滑らかな紙面に細く流れるような手蹟で「瑛明殿」と記されていた。裏返すと、「翠荷」と控えめに署名されている。
「これって」瑛明が驚いて顔を上げると、「陛下から言付かってきた」中相は薄く笑った。
なんだか気恥ずかしくなり、「後で拝見します」と言うのが精一杯だった。
以来、王との書のやり取りが続いている。仰々しさのない外観と同じく、中身も素朴なものだった。
院子の美しい花だとか、読んで面白かった本だとか、肩肘張らない親しみやすい日常が淡々と綴られている。そして瑛明の返書に対する礼と回答。最後は必ず「瑛明が来る日が待ち遠しい」で締められる。
瑛明をあくまで身内として扱う証として、后たちが住まう梨花宮ではなく、王族が住まう桃華宮に居を用意すると書かれていた。かつて母が使っていた居室が使えるように改修していると。
柔らかい文章と手蹟。心遣いに胸が温かくなる。
北を向いて、感謝の気持ちを念じてしまう。この温情に、どうお返しをしたらよいのかと悩んでしまう。
そして、かくも優しい方を偽るのかと思うと――胸が痛い。
后は左相家か右相家から出るのが慣習と聞き少しは安堵したものの、複雑な胸の内が全て解消されたわけではない。それに……。
「やめよう」
あの中相が何とかすると言ったんだ。きっと何とかなる。
こう思い込むのは何度目なのか。いつか、男として正々堂々と人前に出た暁には、役に立つ人材たり得るように、今は勉学に励む。そう決めたはずだ――瑛明はまたしても自分に言い聞かせて、書物に手を伸ばす。
依軒さえ出入りしないこの竹庵は、瑛明が一番気楽に、好きにいられるところだった。
その思いをくんでか、中相は「火が必要になる頃には戻るのだぞ」と言い置き、瑛明が授業後もここに居残ることを許した。時には日が落ちるまでたわいない時を共に過ごすこともあった。
ある日のこと。
それはやや強めの風に秋が滲む、涼やかな日だった。
竹庵に現れた中相は上掛けを手にしてきた。
紺地に黒の襟。幾分かくたびれてはいたが、襟と袖の刺繍は細やかだった。差し出されたそれを手に取り、瑛明はじっと凝視する。この文様、まさか……。
「これは玲華が作ったものだ」
――やっぱり。




