「理想郷」
思いもよらない答えに、瑛明は呆気にとられ、しばし言葉が出なかった。
だが気を取り直し、「ですが、喧嘩の延長なら、事故と同じことでは?」
中相は緩やかに微笑むと、
「裁かれるのは『人を殺した』という事実一つだ。故意か偶然かなど、問題ではない。大切な者を奪われた者の悲しみが、その理由で左右されないのと一緒だ」
その言葉は全くその通りで、納得させられるものだった。
だけど一抹の違和感を覚えてしまったことも、また事実。それを気取られたくなくて、瑛明は変に声が上ずったりしないように気をつけながら、訊いた。
「それはつまり、死刑――ということですよね。どのように執行されるのでしょうか?」
「四肢を牛に繋ぎ、鞭打って走らせる」
うっ……光景を想像して思わず口元を押さえる。
そこは春秋戦国のまんまなんだ……顔面蒼白の瑛明を、中相は面白そうに見て、
「なんなら見に行くか? 近々処刑が行われることになっている」
「見に行くって……」
「処刑はで公開して行われる。以前は外城の片隅にある牢獄のさらに奥でひっそりと行われていたが、見せしめたほうが今後の抑止力になると思ってな。そうした」
『そうした』ね。瑛明は青ざめながら、
「いや……見学は遠慮します。でもそれなら、役人は大変ではないですか? その、ちぎれた体を、えーっと始末、しなければなんて」
言い澱む瑛明に対し、中相は「ああ」と軽く声を上げ、
「役人は処刑に携わらない。罪人を牛に縛るのも、その牛に鞭打つのも、死体を片付けるのも、全て罪人の親や伯叔が行う。罪人が親で、親や兄弟がなく子しかいない場合は、役人が替わりに執り行うことになるが」
「ええっ!!」
つい声が大きくなる瑛明に対し、中相は「しごく当然」とばかりの冷静な口調で、
「子の不始末は親が片付ける。当然だ」
「でも俺は――もし俺が何か罪を犯したとして――それが親のせいだと言うつもりはないし、他の人のことだってそうは思いません」
「おまえにそのつもりがなくても、罪を犯すような人間に育てた親に、咎がないはずはないだろう」
「じゃあ、俺が罪人になったら?」
「父である私の咎として、粛々と罰を受けよう」
きっぱりと言い切られ、瑛明は戸惑いを呑み込むしかない。
「――それでは、残された家族は、どうなるんですか?」
「日常生活に戻る――と言いたいところだが、世間の冷ややかな目の中で生きることは困難だ。狭い城市だからな。新たな問題を生み出さないためにも、城外で生活させている」
驚いたことに、この城郭都市以外にも人は住んでいるのだという。
城市で生活するより、昔のように田畑を耕し生きていきたいという者たちが、城外の北あちこちで村を作り、昔ながらの生活をしていると。彼らが作る農作物が、都の人たちの食料となるのだという。
しかし若者は城市に出ていきたがる傾向にあり、年々農業に携わる者が減っていく。それを補うように増えているのが罪人の身内。彼らに新たな土地を拓かせ、作物を作らせることで、需要と供給の釣り合いを取ってるのだという。
うまくできてる、なんか釈然としないけど――瑛明が思っていると、
「もしくは――自殺だな」
「自殺!」またしても声が大きくなり、瑛明は慌てて口を押さえた。理想郷なはずの桃源郷で自殺?
「驚くことではない。ここでは自殺する者は、病死や事故死する者より遥かに多い」
「何故ですか? だって生活には困らないし、気候は温暖だから病気だって少ないのでしょう? 何の苦もないじゃないですか」
「そうだな。たいていが平穏に暮らしているので、いきなり襲う不幸――たとえば身内の不慮の死や、失恋など――に耐性ができていない者が多い。私からしてみたら『そんなことで』と思うような理由で首を括るものは本当に多い。あとは――退屈だからだろう」
「退屈?」
知らず声が大きくなる。そういや依軒もそんなことを言ってた。
「納得いかない、という顔をしているな。しかしな、退屈は人を殺せるんだよ。対象が他人か自分かの違いはあるにしても――おまえには分からないだろうが」
俺には分からないってどういう意味だろう。
自殺を考えたことは何度だってある。実行しかけたことも。
ただ、「退屈」で死を選ぼうと思ったことは、確かに一度だってない。
「だから人々を退屈させないよう、新しい制度を作り、色々な物を建設している。刑の公開もその一つと言える。おかげで生き生きと暮らすものが増え、城市もどんどん大きく新しくなっている。自殺者も年々減ってきた」
城市作りも、処刑の公開も、人々の「暇潰し」として同列?
意味が分からない。頭がぐるぐるする。
すると中相は、ふっと息を漏らして笑った。
「おまえは、相当この地を『理想郷』だと思い込んでいるようだ。だが考えてみろ。我らは外界の者たちと祖を同じくしているのだぞ。外界で起こることが、ここでは起こらぬわけがない。考えてみれば分かることだ」
確かにそうだ。そのとおりだ。
だけど――人や国同士で争ったり、貶めたりすることがない、人はそんなふうに美しく尊い生き方もできるのだと思っていたいじゃないか。だからこそ『桃花源記』を皆が愛するのだ。
誰もがそんな世を夢見ているから――瑛明はひそかに唇を噛んだ。




