「明と暗」
中相は小さく笑うと、
「陛下は喪が明けられたばかりだし、おまえはまだ喪中だ。まあ陛下がおっしゃる『産まれてから宮中にいるべきはずだった時を今取り戻す』という、おまえをあくまで身内として宮中で喪を過ごさせるという無茶な理屈は、おまえの特殊な事情もくんで渋々認めるにしても、后どうこうという話になれば黙っていない連中は大勢いる。それくらいは陛下もお分かりのはず」
「そう、なんですか」瑛明の言葉に、中相は一つ頷き、
「おまえの喪明けまで半年余り。それまでに次の手を考えればよい。おまえが陛下と一番近い血であることは事実だしな。今はおまえが宮中に上がるのが一番よい。おまえにとっても、陛下にとっても」
「崔家にとっても、ですね」
瑛明の言葉に、中相は笑って頷いた。
正直な人だ、こういうの嫌いじゃない。だけど。
それはつまり、一国の主を騙すということだよな?
しかもどう考えたって騙し切れる話じゃないのに。半年経ったら俺が女になるわけじゃないんだぞ。
平和が続くとここまで温い考えになるのだろうか。
それとも、これまで何もかもをうまくやってきたから、今回も乗り切れるという目算があるのか。それくらいじゃないと、中相なんて地位に留まっていられないか。
そういう人が言うのだから、何とかなるのかも……。
きっと、そうなんだろう。
そうに違いない。なるようになる!
「よいな」
「はい」頷いたら、あの、美しい面立ちと柔らかい声が思い出されてくる。
この地にたどり着いた時に感じた懐かしさと安心感、それと同じものをあの方から感じた。今、胸が湧きたっているのは不安ではなく、期待――そんな自分に、瑛明は驚いていた。
だが。
「ただ分かっているだろうが」
にわかに立ち上った中相を追うように目を上げると、見下ろす目からは今までの柔らかさが消えていた。おのずと身が固くなる。
「陛下とは余り近しくなり過ぎないことだ」
『浮かれ過ぎだ』とたしなめられたようで、にわかに顔が熱くなり、瑛明は思わず顔を伏せた。
足音が遠ざかっていくのが聞こえる。安堵したのは束の間、突如湧きあがった熱に駆り立てられるように、気づいたら瑛明は立ち上がっていた。「お伺いしたいことがございます」
部屋を出ようと扉に手をかけた中相の背に、その勢いのまま声をかけていた。肩越し振り返った父を、まっすぐに見据え、
「母は、最期に私に言いました。『志按さまには許婚がいたのだけれど、結局結ばれず、自分と結婚することになったのだ』と。それは、本当のことなのでしょうか?」
向けられる目が僅かに細められ、その奥に見える不穏な光に、体が強張る。でももう後には引けない――それを示すように、瑛明は自分の目に力を込めた。
「本当だ」中相は扉から手を離し、瑛明にゆっくりと向き直った。
「確かに、おまえの母と結婚する前、私には許婚がいた。だが彼女は先王に見初められて、そのまま王宮に入り、王后となった。替わりにと私には先王の妹が与えられた。おかげで、たかだか小役人の、複数いる庶子の一人でしかなかったこの私が、正腹の長子を差し置いて嫡子となったばかりか、中相という地位まで手にすることができた。だから崔家は単なる成り上がりでしかない。守るほどの名家ではないのだ」
「替わり」って。『与えられた』って。
そんな、物みたいに――顔に現れそうになる感情を、瑛明は奥歯を噛み締めることで耐えた。
だけど許嫁が王后だなんて。そんなこと母さんは言ってなかった。
それはつまり、王后が陛下の実の母親で、母さんの義理の姉で、恋敵ってこと?
「あの女」って王后のこと? じゃあ中相が今の地位にいるのは母さんの存在だけでなく――。
「だが代々王の補佐をしてきた左相家を筆頭に、高貴なご身分の方々は、卑しい血筋で許婚を差し出した形で出世した私をお気に召さない。恐らく、おまえは王宮で色々辛い目に遭うこともあるだろう。だが卑屈になる必要は無い。血筋がなんだろうと、今、最も王の信頼篤く、権勢があるのはこの私。おまえには私がついている。――過去の話は気にしないことだ。既に終わっている。何もかもだ」
まるで瑛明の心の声を見透かしたかのようにそう言うと、瑛明の言葉も待たず、中相は部屋を出て行った。




