「反抗」
中相は瑛明を見据えながら、胸前で両手を組み、左手で自身の顎を軽く掴んだ。
それが中相が思案するときの癖なのは、瑛明にも何となく分かってきた。
何を考えているんだろう。
益どころか、最悪の事態をどう乗り切るか。
それとも、諸悪の根源である俺の処遇をどうするか――。
「やはりそうか」
「は?」間抜けな声が口を突いて出た。
茫然、困惑、激怒、最悪は命を取られるかもしれないと様々な展開を考えていたが、中相の反応はまったく、どれにもかすりもしていなくて、瑛明は混乱する。
思わず立ち上がっていて、「な、何で? どこで? いつから?」
「うーん」中相は顎に手を当てたまま、しばし左上を仰いでいたが、
「いつから? そうだな……最初におまえの肩を抱いた時、女の骨格ではないと思った」
俺が本宅に駆け込んだ時か!
「おまえは時折、女性らしからぬ振る舞いをしていた。外界では上品ではいられぬこともあったのだろうと思ったものだが、『そういう』目で見ると妙に納得することができた。細身だから気付かなかったが、触ってみると意外と筋肉質だしな。だが確信したのは――今、おまえの口から真実を聞いたからだ」
無駄な汗が全身をダラダラ流れていく。
気づいていたなんて、俺の今までの苦悩は一体……そこで瑛明はハタと思い出し、
「依軒は無関係です! 母と……お、私が、無理に巻き込んだだけで」
「まあ、そうだろう。依軒はもともと玲華が連れてきた人間だ。玲華に背くはずもない」
最悪の事態にならなかったことに安堵したのも束の間、別の感情が瑛明の心を埋めていく。
中相が薄笑いを浮かべているから、尚更。
この人は一体何なんだ。何でもお見通しじゃないか!
いや今はそれどころじゃ……瑛明は自分にそう言い聞かせ、一つ息をついて、裾をさばいて腰を下ろした。もう一度息をつくと、中相にまっすぐに目を向け、
「ですから私は王宮に上がることはできません。このまま外界に戻ることをお許し下さい。王には、私は勝手に帰ってしまったとでも死んだでも、何とでも申し上げて下されば」
「そうはいかない。おまえは王宮に上がってもらわなければ」
「后になれぬ者を宮中に上げる方が、よほどこの家の不利益になるかと存じますが」
瑛明はめいっぱい冷やかに言い放ってやったが、中相の笑みが消えることはない。
「世間では王がおまえを宮中に呼んだと、まことしやかに語られている。この状態でおまえを王宮に入れなければ、我が家が王を軽んじでいると思われても仕方ない。それでなくてもすでにそう思う輩は大勢いるというのに。連中をこれ以上喜ばせる必要もないだろう」
誰だよ、そんな宮中奥深くの話をたった一日で街に流布する馬鹿野郎は!
門番か? 女官たちか? まさか衛兵? いや皇帝付がさすがにないだろう。璃律だったか? あいつは絶対にない。となると。
まさか――瑛明が向けた眼差しを受けた中相は、ふっと鼻で笑ってきた。
――こいつ……!
「何より、王がおまえを是非にと望んでいる。すでに親兄弟もなく、お一人の身。最も近い血である、同年代のおまえを傍に置きたいと思うのも無理からぬ話。そもそも、おまえが王に誤解を与えるような行動を取ったのだぞ。今さら知らぬではすまされない」
そこは――突かれると痛い。
瑛明は思わず目を伏せ、膝の裙子を硬く握り締める。くそっ、完全に面白がってるな。
俯いて唇を嚙むことしばし、瑛明はゆっくり、大きく息をついた。にわかに顔をあげ、
「――そんな立場でないことは十分存じております、が!」
ダンッ! 瑛明は両の拳で机を思いっきり叩きつけると、「すっげえ腹立つ!」
「はは。なかなか面白いことを言う」
対して中相は目尻に深い皺を刻み、朗らかに笑った。笑いながら言うには、
「だが私の心中も察して欲しいね。『おまえが男かもしれない』と思ったものの、今更『男でした』ではすまされない。おまえをここでひっそりと暮らしてもらうのがいいのか、気づかぬ振りをして、外界に帰せばいいのか。だが健康な若者を閉じ込めるのは気の毒だし、みすみす苦労すると分かっている外界へ一人行かせるのは、親としても忍びない。私も悩んだ――だから、おあいこだ」
「それはまた、勝手な理屈で」
「かもしれんな」中相は僅かに目を伏せた。しかしそれもほんのわずかのこと。
「だいたい、どうして女の格好で帰ってきたんだ。男のなりで帰って来てくれれば、まだどうとでも取り繕えたかもしれないのに」
「母の意向です。あちらでも塾に行く以外は女性として居るように言われていました」
「それはまたどうして」
「塾に通う以外は女性でいた方が何かと便利だから、と母は申しておりました」
引っ越し先に高名な学者や手馴の武人がいると聞くと、すぐさま俺の手を引いてその門を叩いた母さん。連中と入門の話をまとめると、『瑛明、母は先生とお話がありますから先に帰っていなさい』って――。
何かの間違いで戸籍が手に入ったからって俺の頭じゃ科挙になんか絶対受からないってのに。それでも母さんが身を削ってまで俺に色々仕込んでいたのは、つまり――。
「女性としてのたしなみは?」
「女の姿でいるからには多少は知っておいたほうがいいと歌や舞も、その時に母から」
「では歌や楽器も多少はできるのだな」
「どれも触り程度です。巧くはありません」
「本来やるべきことではないのだから、巧くなりようがない。――なるほどな、玲華はこうなることを見越していたんだな」
今、母さんがここに居たら「ほら見て」と緻密な刺繍を完成させたときの子供のような笑顔を見せることだろう。よかったね――つい、思ってしまう。
「それにしても女性の方が得をするということは、あるものなのだろうか。確かに男相手よりは、何かと気を遣われるものだが」
「物を売る時は、より売れましたよ」
「まあおまえは見目がいいしな、私に似て」
この人――瑛明は内心、苦笑する。
「なんなら、あの竹で籠くらい作りますが」
瑛明がにこやかに窓外の竹林を指し示すと、中相は軽く目を見開き、
「そんなこともできるのか。食いっぱぐれがなさそうだな。ちょうど手頃な籠を探していたところだが、依軒がうるさそうだ」
「確かに」
思わず笑みがこぼれてしまい、慌てて表情を引き締める瑛明の目の前で、中相が胸前で組んでいた腕を解く。僅かに身を乗り出し、
「おまえも、あの日から険の取れた顔をしている。他の誰でもなく陛下に、お救いいただいたところがあるのだろう。それであれば、この話は悪いことではない、お互いに」




