「この世でただ二人」
「父はずっと、叔母上と、瑛明のことを気にかけておられた。どうしているんだろう、ちゃんと食べているだろうか、凍えてはいないだろうかと口癖のようにおっしゃっていた。私は父と二人きりだったから、叔母といとこがいることが嬉しくて、早く会いたいと思っていた。会えたら一緒にこんなことしたい、あれをあげたい、と。おかげで私の部屋は、ガラクタだらけだ」
そう言って王は目を細めた。
この人、なんて――。
「私も先ごろ父を亡くした。ずっと二人で寄り添って生きてきた父だ。とても辛かった。――だけどどこかで、母とただ二人で生きているだろう瑛明を思うたび、心が慰められた。私たちは、この世でただ二人、同じ気持ちを持って生きているんだと。それがどれだけ私を励まし、支えになっていてくれたことか。だから、きっと会えると信じていた。ずっと帰りを待っていたよ、瑛明」
何をやってる。
目を外さないと。
お悔やみを言われたら返答とお礼を。そして王にも同様のお言葉を返すよう言われてたじゃないか。
礼物へのお礼だって――。
見つめる目が、胸に迫るのは母さんに似てるからだ。向けられた声が染みていくのは、聞いたこともない言葉をかけられたから。
ここに来て、喜ぶ母の姿にほっとしながらも、あれだけ切望していたはずの実の父でさえ遠くて、俺一人だけが取り残されているようだった。みんなが絡んでいる網の目が、自分のところだけ解けているようだと感じていた。
俺はやっぱり異人なんだ――そう思ってた。
それでも母さんがいるうちはまだよかった。でも母さん亡き今となっては。
ここで生きてきた痕跡も記憶もない俺は、ここで生きる縁も、理由も、何もなかった。
だからここでのことは美しい夢として、胸に残しておきたい。そうして外界で一人生きていこう、そう思ってたのに。
「すまない、不謹慎に笑ってしまったりして。瑛明がちょっとでも笑ってくれたら、なんて思ってしまった」
言われて愕然とする。
俺、ちゃんと笑ってたよな? いつも通りに、うまく取り繕って。
いつでもどこでもうまくやり過ごしてきたはず。だけど、そう思っていたのは俺だけってことなのか?
手が温かい。
見れば、すでに形ばかりに組まれていた両手が、上下から包み込まれていた。
触れられたことに気づかないくらい、優しい手だった。
「よく帰って来てくれた」
思わず面を伏せた。床に広がる薄青の裙子に続けざま雫が落ちる。
何やってんだ、こんなところで。
化粧落ちるってのに。もう子供じゃないっていうのに。
もう泣くまいと、決めていたのに。
早く収めなければ。
せめて声だけはと固く唇を噛み締める。でも震え出す肩は止められなかった。離された片手が、白い手絹を差し出してきた。手にするのを躊躇していると、半ば強引に、右の掌に押し込まれる。そして押し込んで来た手ともう片方が、そっと背中に回り込んできた。
ああもう――無理だ。
手絹を両手で硬く握り、目元に上げた。呑み込んでも声は勝手に漏れてくる。背に回された腕の力が、少し強くなる。でももう――いいや。
瑛明は導かれるまま王の肩に額を預け、ただ泣き続けた。




