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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第三章『出会い』
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「対面」

 人通りがないのを幸い、瑛明は窓の布を大きく捲くり、必死に前方へと目を遣った。


 北上する馬車の先には、ひときわ高い城壁がそびえている。

 人々が生活する『外城』と、官吏たちが働く官吏街と王宮のある『内城』とを隔てる壁である。

 やがて、行く先から水音が聞こえてきた。

 内城をぐるりと囲っている水溝だろう。橋を渡ると、内城に繋がる赤門があるはず。


「間もなく内城だ。おとなしくせよ」


 ふいに掛けられた声に目を移すと、いつしか中相の馬が並んでいる。慌てて布を下ろし、扇子を畳む。それを胸に挿し込もうとして、掌が汗でじっとり濡れていることに瑛明は気づいた。

 所詮は異郷でのことだと思っていたはずなのに、やはり緊張しているらしい。


 やがて車は止まった。


 外で中相が誰かと言葉を交わしている。

 ほどなく門が重々しく開くのが聞こえ、またゆっくりと馬車は動き出す。

 時々、中相が誰かと言葉を交わすのが聞こえてくる。官吏街なのだろう。その都度、中相は軽妙かつ丁寧に言葉を返している。短い遣り取りだが、中相が偉ぶることなく、多くの敬意を集めているというのは事実のようだ。


 車が停められ、門が開き、を何度繰り返しただろうか。


「ここからは徒歩だ」

 中相がそう言って簾を上げたとき、瑛明は安堵の息を漏らした。

 配慮はされていたとはいえ、こんなに長時間車に乗ったことがなかったから、座っているのは結構きつかった。延べられた手を取って、車を降りたものの、

「わっ」

 図らずも膝が砕けた。転びそうになったところを、中相に受け止められ、

「気をつけろ。皆が見ているぞ」

 言いながらも口元は笑っていた。

 恐る恐る目を向けると、門番や通りがかりの官吏らしき数人が、遠巻きにこちらを見てにやにやしている。こちらとしては笑っておくしかない。


 依軒や他の家人を残し、中相は瑛明のみを伴い進む。

 両脇には背丈の倍以上はありそうな壁がそびえ、三人ほどがやっと並んで進めるほどの狭い回廊を行く。壁の向こう、左手には丹と青に塗られた大きな建物が見える。あれが政治の中心かつ王宮の象徴とも言える奉天殿だという。瑠璃瓦が夏日に眩しい。

 足元は石畳。小石一つ落ちておらず、柔らかい布鞋であっても歩きやすい。薄青の裙子が長めなのは難儀だったが。


 徒歩になってからは、誰からも止められることなくすいすいと進むことができた。警備は大丈夫か? と心配になるほどだ。


 向かったのは、王の私的空間である内廷である。

 王宮は南北に二分され、南には奉天殿を中心に政治を執り行う空間の『外廷』が、北には王族の居住区である『内廷』がある。

 内廷は敷地が東西に二分され、東には王が住む桃華宮があり、西には后以下夫人たちとその子らが住む梨華宮――いわゆる後宮がある。

 内廷の最奥には、先の王たちを祀った廟があり、その先に北門、抜ければ城外になる。


 王は現在、一人で桃華宮に住んでいるのだという。先王が亡くなって二年余り、喪が明けたばかりということもあり、后どころか妾一人いない状態だ。また先の王もただ一人后がいただけで、その后も現王を産んで早々に亡くなってしまったため、梨華宮は主のない状態が長いこと続いているのだという。


 ここに来る前に聞かされていた王宮のあれこれを思い出しながら、大きいながらも野暮ったい王城の中を進んでいくうち、瑛明はすっかり気楽な気持ちになっていた。


 しかしさすがに部屋の中央に赤絨毯が敷かれ、その先の階段上に、明らかに王座と思われる玉石が数多嵌め込まれた金の椅子を見た時には、忘れかけていた緊張感が甦ってきた。

 夏とは言え日陰に入れば涼しく、しかもこの部屋は風通しよく作られているのに、「王のお出ましです」の声を聞いたときには、跪く背筋を汗が流れてくのが分かる。


 複数の足音の中、ひときわ高らかに鳴る靴音が、正面遥か先で止まった。


「そなたが瑛明か」

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