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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第三章『出会い』
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「城内」

 翌日。


 瑛明は依軒とともに車に乗り、馬に乗る中相に先導されて家を出た。いまだ喪中ではあるが、失礼がないようにとそれなりの支度をされた。

 薄い青の上衣に、同色の裙子(スカート)

 胸のなさをごまかすため帯は高腰(ハイウエスト)に巻かれ、胸元できつめに結び上げられたため、少々息苦しい。知らず緩めたくなって手が伸びるのを、何度も依軒にたしなめられた。

「きつく巻きすぎだって……」

 口調と同様に恨みがましい眼を、向かいに座る依軒に向けた瑛明だったが、「本日は正式な装いではございませんから、加減をさせていただいたのですよ」と、今後が恐ろしくなる言葉をしれっとかけられ、黙り込んだ。

 瑛明は心中でひっそりとため息をつき、車外に目を移す。


 先刻、離れの前に停められたのは、板と簾で四面を囲まれた馬車。

 無論、車に乗ったことなど皆無だし、今は喪中でもある。それにしても中相家の瀟洒さとはあまりにかけ離れた粗末さに少なからず驚いていると、離れまで迎えに来ていた中相から、「無駄に耳目を集めないため」と説明された。

 聞くに世間では自分のことが相当話題に上っているらしい。

 これまた自分の静かな生活とかけ離れた世間の様子に瑛明はまたしても驚かされたものの、まあそれもそうか、異端だもんなと納得はした。


 少し先を中相の馬が先導し、車には崔家の家人数人が遠巻きに取り囲む形をで王宮に向かうと聞かされた。

 見た目は粗末だったものの、いざ乗り込んでみると車内は意外と快適だった。向かい合わせになった二人掛けの椅子に柔らかい敷物が幾重にも重ねられていて、座り心地は悪くない。動き出してからも意外と車内は揺れなかった。


「あれ?」


 一体あとどれくらいで敷地から出られるんだ――と思っていたが、いざ中相邸の門を出たところで、車は右へ曲がった。王宮へは北上、つまり左折するはずなのに……思っていたら、対角に座った依軒が身を寄せてきて、「瑛明さまがご覧になりたいだろうから、少し遠回りするようにと大爺(だんなさま)が」


 どういうつもりなんだろう。

 桃花源のいいところを見せて俺の気を変えさせようとでも? 

 いやでも、本当に必要なら俺の気持ちなんか関係なく監禁するだろう、あの人は。なのに、なんだってそんな面倒なこと……。


 勝手に込み上げてくる感情を鎮めるように、手にした扇子をざっと広げた。

 目元まで隠しながら、「じゃあ、せっかくだから」とってつけたように呟いて、窓に掛けられた布をそっと捲り、瑛明は外に目をやった。


 中相家から出たのは今日が初めてだった。去ると決めてはいるものの、今の桃花源がどんなところか知りたい気持ちも、やはりある。

 ここに来て暇つぶしに読んだ書の中にあった、この城市の地図を思い描いてみる。


 外界と繋がる洞穴を抜けて目に入ったのは、視界一杯にそびえ立つ高い高い半円状の城壁だった。

 岩山と城壁で囲われた空間は桃林となっており、岩山の穴と城壁に一つ空けられた門に通じる道がまっすぐ続く。働きが怪しい見張りが立っている門をくぐり、城内に入ると途端に開けた空間になった。


 内部は東西南北に走る道によって碁盤上に区画され、四面を壁で囲まれた区画(「坊」という)内には、やはり道が東西南北に走り、居宅が整然と並んでいる――と書いてあった。


 瑛明たちは先ほど、坊壁に開けられた門から中に入った。今、通っているのは売店や飲食店が立ち並び、出店も数多く出る城内最大の商業区域である「(いち)」である。中相家の真南にあったはず。


 昼過ぎ、車外では多くの人々が行き交っていた。

 道の両端には様々な出店が並び、呼び込みや笑い声やら喧嘩やらに、鉄を叩く音や陶器の割れる音が響く。あちこちで音楽が流れ、歌声がこだましあっている。こういう賑わいはどこも一緒なんだな。


 だけど。


 えらく田舎――いや、鄙びた城市(まち)だな。

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