「血縁」
「王が?」――俺に?
言ったきり、次の言葉が出てこない。それは思いもよらない言葉で、驚きのあまり返す言葉を考えることすらできなかったのだ。
ただ呆然とする瑛明に、中相は重ねて、
「王が会いたいとおっしゃれば、参上するのが我ら臣民の勤め。おまえがそれを拒んだり勝手に姿を消したりなどしては、この家に累が及ぶ。少なくとも明日の謁見が済むまで、おまえをここから出すわけにはいかない」
いつにない真剣な声と眼差し。「嫌です」と言おうものなら、監禁されそうな勢いだ。
だけど。
「ここは――桃源郷ではないのですか?」
桃源郷、それは人の区別ない世のはずなのに……。
思わず漏れた瑛明の言葉に、中相はうっすらと笑い、
「それは遥か昔にあった夢想の地だ。時は経ち、我々はここで生きて来た。同じく人が生き続ける外界が変わるのに、ここだけがそのまま、ということはない。残念なことにな」
まさに道理。
それどころか自分の浅薄さを指摘されたようで、瑛明は唇を噛み締めるしかなかった。
「そして――これまでおまえに差し入れた衣裳や本の多くは、実は王からだ」
「え?」
「王はおまえと玲華にすぐにでも会いたいとおっしゃっていたが、おまえたちが落ち着くまではと時を待っておられたのだ。せめてもの気持ちにと、様々なものを私に託された」
ここにきて用意された衣装を思い出す。どれも豪華かつ繊細な刺繍が施され、肌触りのよい上質なものばかり。本も相当数あった。中相ってどれだけ有金なんだと思ってたけど、まさか王からの賜りものだったなんて。
「それに、私がこれだけ長い間、参内を控えることができたのも、ひとえに王がおまえの身を案じてのことだ。帰ったばかりで母を亡くし、さぞ心細いだろうから、傍にいてやれと。これだけのご厚意を受けておきながら、礼を申し上げず姿を消すなど、許されると思っているのか。身分の別以前の問題だ」
「……」
ただただ唇を噛むしかない。
そんな瑛明に、中相は一転、柔らかい目を向け、
「おまえが気後れするのも分かる。だが王は大変聡明で、情のある方でいらっしゃる。ご自身の半年後に生まれたおまえのことを、ずっと気にかけておられたのだから」
胸がにわかに騒がしい。
明日にはこの地を離れるはずだったのに、それができなくなったことに対する戸惑い、一国の王に会うという未曽有の展開への不安、その王が、自分に様々な品を送っていたという驚き。
だけどなにより、沸々と湧き上がってくるのは、ごまかしようのない、期待感。
会ってみたい――俺の存在を気にかけ、あまつさえ会いたいという、血を分けた王に。
「分かりました。お言葉に従います」
瑛明はそう言って、自分でも戸惑うほどに昂る胸を鎮めるように、深々と頭を下げた。




