「帰る場所」
中相の目が、まっすぐに自分を見ている。
息をのんだ。混乱した日々の中で、ただそれだけは、唯一決めていたことだった。
思えば、まともに二人で対面したのは、ここに来た日以来だ。
ちょっとやつれたみたいだ、人のこと言えないじゃないか――そう思ったら、僅かに口元が綻んだ。「はい」
「だがおまえの身内は、もう私だけだ」
思いもよらない言葉に驚いて、今度ははっきりと笑みが浮かんだ。
「恐れながら――もうずっと父はいないものだと思って生きて参りました。またその日々に戻るだけです」
「ここはおまえの家ではないと?」
「ここは母の故郷ですが、私のものではありません。母を丁重にお見送りいただいたこと、感謝しております。やっとこの地に母を帰せたことに私も安堵いたしました。私は粗野な田舎育ちで中相様のお役に立つこともなければ、この家で育つほどの品位もございません。お会いできて嬉しく思いました。忌が明けましたら、私は密かにこの地を出ます」
面倒になりそうだったから、何も言わずにここを出るつもりでいたのに、つい言ってしまった。
嬉しかったからかもしれない。
おもむろに中相が席を立った。そのまま踵を返したところで、足下がふらついた。
食事は朝夕二回の雑穀のお粥のみ。
確実に二度も出てくるなんて自分にはありがたいが、あんな豪華な食事と間食に慣れた身体にはきついことだろう。粗衣粗食に耐え、母をきちんと見送って下さってるのだ、この人は。
母さんよかったね。気持ちは――他の人にあったのかもしれないけど、母さんのこともちゃんと想ってくれているよ――思いながら瑛明もまた立ち上がり、去っていく後姿に深々と頭を下げた。
「今の話、母を亡くしてまだ気持ちが落ち着かぬゆえの言葉と思っておく」
思わず顔を上げると、中相が扉に手をかけたまま、こちらをまっすぐに見ている。
「決してそういうわけでは」
「もう一度よく考えるといい。忌明けまで、まだ日がある」
口を開きかけた瑛明の言葉を待たず、中相は部屋を出て行った。




