「悔恨」
清明節が嫌いだった。
清明節になると、人々はこぞって城外の墓地へ向かった。そこで祖先の墓を一族皆で詣でながら、ともに春を喜び遊ぶのだ。
だから、清明節の頃はずっと家にいた。詣でる墓も、春を共に喜ぶ者もないことを改めて見せつけられ、思い知りたくなかったから。自分には心がここにない、母しかいないのだということを。そして、やがて来るだろう日のことを。
もし、母さんがいなくなったら。
それは恐ろしい、だが必ず訪れる確かな現実だった。そうなれば、戸籍を持たない、仲間さえいない自分を待ち受けるのは、奴隷か盗賊の道、もしくは……。
初めて参列した葬礼は、それは盛大なものだった。豪奢な葬列品が並び、精緻な彫刻が施された棺に横たえられた母は、これまでで一番美しい装いをされ、参列した大勢が上げた哭礼の悲痛な声は、天を震わせるほど。
思い出すたび、外界とのあまりの違いに、現実かどうかが分からなくなる。
母さんはいなくなった。
だけど俺は奴隷にも盗賊にもならず、大豪邸で、大勢の人と物に囲まれ、自分のことさえ誰かがやってくれる満たされた毎日。
――だから、この悲しみに没頭できるはずなのに――涙一つ出て来やしない。
昼下がり。
瑛明は自室の窓辺に寄ってぼんやり院子を見ていた。相変わらず多彩な風景だが、もう桃は、とうに散っている。
「桃と一緒に逝ってしまったんだね、母上」
声にしたら、喉の奥がつかえて、息が詰まった。だけど涙はない。
別れは、余りに突然だった。
慌ただしく葬儀の準備が進み、人が集まり、母さんは土に還った。馴染みのある品はあれど、その持ち主の姿はどこにもなく、ああもう本当に母さんはいないんだと、日ごとに実感する。
蟄居して死者を悼む喪という期間がある意味を、身をもって知った。
悲しみも後悔も感謝も、色々なものがないまぜになって波立つこの気持ち全てに、応じてくれる相手がいない――目が覚めるたび、姿が見えない日々を重ねてやっと、本当にもう居ないのだということを少しずつ実感していった。
そうして今はただただ、姿なき相手に語りかけ続けている。生きていた時よりずっと、多くの言葉を。
これでよかったんだよね、母さん。
故郷に帰ってくることができて、愛する志按さまに看取られて。それこそが母さんの望みだったんだから。
だけど――いつもふいに、突き上げてくる。
ここに来なければ、母さんは死ななかったんじゃないか。
俺があの道を見つけなかったら――ここに戻ってさえ来なければ。
あのまま、ここに帰りたいという希望を胸に持ち続けて、志按さまを想いながら趙とでも再婚してたら。
あいつジイさんだったけど結構いいヤツだったし、何より、本当に母さんを愛していた。
女は愛されてこそ幸せというじゃないか。あいつとなら母さんも、穏やかに生きていけたんじゃないのか。
あんな、絶望の思いを抱えることなく――号泣して自分に取りすがった母の、腕に食い込んだ爪の痛みが、いまなお蘇る。
叩扉の音。
ゆっくり振り返る。開いた扉から、少しばかりやつれた依軒が姿を現した。
「瑛明さま、大爺さまがお越しです」
葬儀以来である。依軒に従い瑛明が居間に出ると、そこには同じく粗い白麻の喪服をまとった中相が居た。瑛明は軽く会釈をして、促されて卓子を挟んだ対面に腰を掛ける。
「少し顔色が悪い」
「大丈夫です」
きっぱりと言ったつもりだが、ほとんど出していない声は、かすれたものにしかならなかった。ごまかすように瑛明は卓上に目を落とす。
螺鈿の黒漆のものではなく、粗末な木のものに代えられている。棚に並んだ美術品も下げられ、窓外の景色だけが鮮やかだ。
「今、何を考えてる?」
今は混沌としていて、自分でもよく分からない。
なのに何もかも見透かされてる――そんな畏怖さえ感じて、黙り込んでいると、
「おまえ――ここを出る気でいるな?」




