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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第三章『出会い』
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「悔恨」

 清明節が嫌いだった。


 清明節になると、人々はこぞって城外の墓地へ向かった。そこで祖先の墓を一族皆で詣でながら、ともに春を喜び遊ぶのだ。

 だから、清明節の頃はずっと家にいた。詣でる墓も、春を共に喜ぶ者もないことを改めて見せつけられ、思い知りたくなかったから。自分には心がここにない、母しかいないのだということを。そして、やがて来るだろう日のことを。


 もし、母さんがいなくなったら。


 それは恐ろしい、だが必ず訪れる確かな現実だった。そうなれば、戸籍を持たない、仲間さえいない自分を待ち受けるのは、奴隷か盗賊の道、もしくは……。


 初めて参列した葬礼は、それは盛大なものだった。豪奢な葬列品が並び、精緻な彫刻が施された棺に横たえられた母は、これまでで一番美しい装いをされ、参列した大勢が上げた哭礼の悲痛な声は、天を震わせるほど。

 思い出すたび、外界とのあまりの違いに、現実かどうかが分からなくなる。


 母さんはいなくなった。


 だけど俺は奴隷にも盗賊にもならず、大豪邸で、大勢の人と物に囲まれ、自分のことさえ誰かがやってくれる満たされた毎日。


 ――だから、この悲しみに没頭できるはずなのに――涙一つ出て来やしない。


 昼下がり。

 瑛明は自室の窓辺に寄ってぼんやり院子を見ていた。相変わらず多彩な風景だが、もう桃は、とうに散っている。

「桃と一緒に逝ってしまったんだね、母上」

 声にしたら、喉の奥がつかえて、息が詰まった。だけど涙はない。


 別れは、余りに突然だった。

 慌ただしく葬儀の準備が進み、人が集まり、母さんは土に還った。馴染みのある品はあれど、その持ち主の姿はどこにもなく、ああもう本当に母さんはいないんだと、日ごとに実感する。


 蟄居して死者を悼む喪という期間がある意味を、身をもって知った。


 悲しみも後悔も感謝も、色々なものがないまぜになって波立つこの気持ち全てに、応じてくれる相手がいない――目が覚めるたび、姿が見えない日々を重ねてやっと、本当にもう居ないのだということを少しずつ実感していった。

 そうして今はただただ、姿なき相手に語りかけ続けている。生きていた時よりずっと、多くの言葉を。


 これでよかったんだよね、母さん。

 故郷に帰ってくることができて、愛する志按さまに看取られて。それこそが母さんの望みだったんだから。


 だけど――いつもふいに、突き上げてくる。


 ここに来なければ、母さんは死ななかったんじゃないか。

 俺があの道を見つけなかったら――ここに戻ってさえ来なければ。

 あのまま、ここに帰りたいという希望を胸に持ち続けて、志按さまを想いながら趙とでも再婚してたら。

 あいつジイさんだったけど結構いいヤツだったし、何より、本当に母さんを愛していた。

 女は愛されてこそ幸せというじゃないか。あいつとなら母さんも、穏やかに生きていけたんじゃないのか。


 あんな、絶望の思いを抱えることなく――号泣して自分に取りすがった母の、腕に食い込んだ爪の痛みが、いまなお蘇る。


 叩扉の音。

 ゆっくり振り返る。開いた扉から、少しばかりやつれた依軒が姿を現した。

「瑛明さま、大爺さまがお越しです」

 葬儀以来である。依軒に従い瑛明が居間に出ると、そこには同じく粗い白麻の喪服をまとった中相が居た。瑛明は軽く会釈をして、促されて卓子を挟んだ対面に腰を掛ける。


「少し顔色が悪い」

「大丈夫です」

 きっぱりと言ったつもりだが、ほとんど出していない声は、かすれたものにしかならなかった。ごまかすように瑛明は卓上に目を落とす。

 螺鈿の黒漆のものではなく、粗末な木のものに代えられている。棚に並んだ美術品も下げられ、窓外の景色だけが鮮やかだ。


「今、何を考えてる?」

 今は混沌としていて、自分でもよく分からない。

 なのに何もかも見透かされてる――そんな畏怖さえ感じて、黙り込んでいると、


「おまえ――ここを出る気でいるな?」

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