「少女」
話題を変えなければ――。
「ところで話は変わるが、あちらと比べて、この地はどうだ?」
心を読まれたかのように、突然話が変えられて、瑛明は驚きつつもほっとした。
「あちらでは、こちらの世界のことが物語になっていて」
「そうなのか」
「母さんが、ここに漁師が流れ着いたのは本当だと言ってましたので、その者の話をもとに書かれたのかもしれませんが――その物語では、この地は穏やかな農村だと書かれていたので、城壁を見た時には本当に驚きました。道中の車内から見た人々の装束や建物は少し古風に感じましたけど、こちらのお宅については素晴らしいとしか」
門兵が怠慢にも酒を飲みつつ碁を打っていたことは黙っておいてやった。
「非常時に、よくそこまで見てきたな」
中相が上げた感嘆の声に、瑛明は「当然だ」と心中でこたえた。
初めての地、どんな事態が待っているか分からない。できるだけ情報を集めて、いざという時に備える。ずっとやってきたことだ。
「確かに、農村だと思っていたなら驚くのも無理はない。だが防御を固め、身分の別ができたからといって、昔の暢気さは変わることがない。外からの脅威も『あれ』以来、一度もないしな。昔と変わらず楽しく平穏な生活を送っている。――だから何ら変遷せず、向上もする必要もないということだ」
「平和の証であるかと思います」
「そういうことだな」
再び落ちた沈黙は、何故か瑛明を息苦しくした。
この人、笑うと子供みたいな無邪気さがある。目尻の皺を見るに、きっとよく笑っているんだろう。だけど、ふとした瞬間、眼光が鋭くなることがある。
例えば今。
初めて会う父という存在に対し、込み上げるのは慕わしさではなく戸惑いばかりである。
城門前、俺を待っていてくれる人がいるように感じて、それは父だという人なんだろうと思っていたのだけれど――。
優しそうな人だとは思う。
だからといって「父上」と気軽に呼びかけられない何かを、瑛明は目の前の人物・崔志按に感じていた。
これが十六年という時なのかもしれない―― 瑛明がひそかにため息をついたそのとき、
「大爺っ!」突如、悲鳴じみた叫びが届く。
父子は一瞬顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
揃って隣室に駆け込むと、依軒という侍女が、牀台の傍らで涙にくれていた。
彼女の厚みある体の向こうに、上体を起こした母の姿が見えた。
「志按さま……」
そこには、頬を紅に染め、潤んだ目でただ恋しい男を見つめる少女が居た。




