「視線」
確かにあの門兵も言ってた。「ご息女」と。
聞き違いだと思っていたけれど――どうやら俺は出生時から「女」とされていたらしい。
見落とされたのか!?(何を)
この地を出たら男に変異した!?(だったら母さんは)
全く馬鹿げた仮説だが、この異常事態は、まともな説では説明がつけられない。そして全てを知っているだろう母は、いまだに目を覚まさない。
母さん、俺に一体、どうしろと!?
混乱する頭を抱えながらも、とりあえずは情報収集――気を取り直して瑛明は、尋ねる。
「では、私を見た人は、この地には居ないということですか?」
「おまえを取り上げた医師は、おまえが生まれてすぐに不幸な事故で亡くなってしまったが、玲華の侍女が一人、出産に立ち会っていた。彼女の乳母の娘で、玲華が降嫁の際、共に我が家に来、里帰り時は共に王宮に戻った。君たちの失踪後は、ここでずっと君たちの帰りを待っていた。今、玲華に付き添わせている依軒がそうだ」
ついさっき会ったばかりの、人がよさげでふくよかな中年女性の姿が浮かんだ。
乳母の娘ってことは母さんとそう歳は変わらないと思うんだけど、今やどう見ても母娘くらいの年の差にしか見えない。
きゃあ! 幼い歓声は院子からだった。
見ると池水に小舟が浮かび、そこに痩身の女性と、女児が乗っていた。女性と目が合った気がしたので会釈したが、彼女の目はふいっと逸れていった。
中相は瑛明の視線を辿り、
「あれは私の娘と――妻だ。君たちの行方は杳として知れなかったし、立場上、後継ぎが必要だった。他に今年十の息子がいる」
かつて母に言い放った暴言そのままの現実に、瑛明は自らの心が冷えるのを感じる。
「だが気にすることはない。玲華が私の第一夫人であることは誰もが認めるところで、彼女は現王の叔母でもある。幸い我が家と縁付きたいと願う者は大勢いる。その中からしかるべき相手を探し、おまえを嫁がせよう」
いや、嫁がされたら困るんですけど。俺、男ですから。
でも――俺が男と知れたら、この家で相続問題が勃発しそうだ。だってこの家、小金持ち、なんて話じゃない。
それに王族の母さんが第一夫人なら、息子である俺は『嫡男』ってことにならないか?
それはかなり、マズい気がする。
「ところで、おまえは何故この地から外界へ行ってしまったのか。何か聞いているか?」
「……いえ。母は昔のことは何も教えてくれませんでした。ただ父はとても高貴な方だから、血に恥じぬ生き方をせよとは」
「なるほど。それで――あちらではどういう生活を?」
「あちこちを転々として、最後は母子でひっそりと山奥で暮らしていました。母は、どうしてなのかあの通り姿が変わらないものですから、人里に留まることができなくて」
「なるほど……」
僅かに上体を逸らし、中相は思案顔で腕を組む。
静まった室内に、窓外から柔らかな葉擦れの音が流れ込んで来る。ほどなく、天を仰いでいた中相の目が、瑛明に向けられた。
「確かに。驚いたことに、玲華は多少やつれはしているが、まるで変わりがない。あれでは難儀だっただろう。どうやって生計を?」
「住んでいたのがとても豊かな地でしたから。親切な方が住まいを貸して下さいました。母の刺繍はとても洗練されたものでしたから珍重されて、それで母子二人、どうにか糊口を凌ぐことができました。あとは小さな田畑を作ったり、ちょっとした小物を作ったり――もしてました」
まっすぐ下りてくる視線に、自然と顔がうつむく。中相の方が背が高いんだから、見下ろされる形になるのは当然だ。
だのになんだろう、この、何もかもを見通してるかのように、俺を突き刺してくるこの視線は。
これ以上訊かれたら、知られたくないことまで見透かされそうだ。




