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糸遊~きみにつながるひかり~  作者: 天水しあ
第二章『内界』
13/143

「視線」

 確かにあの門兵も言ってた。「ご息女」と。


 聞き違いだと思っていたけれど――どうやら俺は出生時から「女」とされていたらしい。


 見落とされたのか!?(何を)

 この地を出たら男に変異した!?(だったら母さんは)


 全く馬鹿げた仮説だが、この異常事態は、まともな説では説明がつけられない。そして全てを知っているだろう母は、いまだに目を覚まさない。


 母さん、俺に一体、どうしろと!?


 混乱する頭を抱えながらも、とりあえずは情報収集――気を取り直して瑛明は、尋ねる。

「では、私を見た人は、この地には居ないということですか?」

「おまえを取り上げた医師は、おまえが生まれてすぐに不幸な事故で亡くなってしまったが、玲華(れいか)の侍女が一人、出産に立ち会っていた。彼女の乳母の娘で、玲華が降嫁の際、共に我が家に来、里帰り時は共に王宮に戻った。君たちの失踪後は、ここでずっと君たちの帰りを待っていた。今、玲華に付き添わせている依軒(いけん)がそうだ」

 ついさっき会ったばかりの、人がよさげでふくよかな中年女性の姿が浮かんだ。

 乳母の娘ってことは母さんとそう歳は変わらないと思うんだけど、今やどう見ても母娘くらいの年の差にしか見えない。


 きゃあ! 幼い歓声は院子(にわ)からだった。

 見ると池水に小舟が浮かび、そこに痩身の女性と、女児が乗っていた。女性と目が合った気がしたので会釈したが、彼女の目はふいっと逸れていった。

 中相は瑛明の視線を辿り、

「あれは私の娘と――妻だ。君たちの行方は杳として知れなかったし、立場上、後継ぎが必要だった。他に今年十の息子がいる」


 かつて母に言い放った暴言そのままの現実に、瑛明は自らの心が冷えるのを感じる。


「だが気にすることはない。玲華が私の第一夫人であることは誰もが認めるところで、彼女は現王の叔母でもある。幸い我が家と縁付きたいと願う者は大勢いる。その中からしかるべき相手を探し、おまえを嫁がせよう」


 いや、嫁がされたら困るんですけど。俺、男ですから。

 でも――俺が男と知れたら、この家で相続問題が勃発しそうだ。だってこの家、小金持ち、なんて話じゃない。

 それに王族の母さんが第一夫人なら、息子である俺は『嫡男』ってことにならないか? 


 それはかなり、マズい気がする。


「ところで、おまえは何故この地から外界へ行ってしまったのか。何か聞いているか?」

「……いえ。母は昔のことは何も教えてくれませんでした。ただ父はとても高貴な方だから、血に恥じぬ生き方をせよとは」

「なるほど。それで――あちらではどういう生活を?」

「あちこちを転々として、最後は母子でひっそりと山奥で暮らしていました。母は、どうしてなのかあの通り姿が変わらないものですから、人里に留まることができなくて」

「なるほど……」

 僅かに上体を逸らし、中相は思案顔で腕を組む。


 静まった室内に、窓外から柔らかな葉擦れの音が流れ込んで来る。ほどなく、天を仰いでいた中相の目が、瑛明に向けられた。

「確かに。驚いたことに、玲華は多少やつれはしているが、まるで変わりがない。あれでは難儀だっただろう。どうやって生計を?」

「住んでいたのがとても豊かな地でしたから。親切な方が住まいを貸して下さいました。母の刺繍はとても洗練されたものでしたから珍重されて、それで母子二人、どうにか糊口を凌ぐことができました。あとは小さな田畑を作ったり、ちょっとした小物を作ったり――もしてました」

 まっすぐ下りてくる視線に、自然と顔がうつむく。中相の方が背が高いんだから、見下ろされる形になるのは当然だ。

 だのになんだろう、この、何もかもを見通してるかのように、俺を突き刺してくるこの視線は。


 これ以上訊かれたら、知られたくないことまで見透かされそうだ。

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