「父」
――なるほど、この人が……。
「なるほどそなたが……」
言ったきり、眼前の男は腕組みをして黙り込んだ。視線は瑛明に据え続けたまま。
居心地の悪さを感じながら、瑛明は身を硬くして座っている。
門兵たちに母を担がれ、連れてこられたのはこの大邸宅――崔中相の居所であった。
通された離れの一室で今、瑛明は中相・崔志按と対峙していた。母は別室で寝かされている。
つい今朝まで居た家の、何倍はあろうと思われる一室の床は大理石。二人の間に置かれた円卓は、丹念に塗られた漆が上質な光を放っている。色鮮やかな壷や繊細な金銀細工の箱やらが配された棚は香木のようで、室内には気品高い香りが満ちていた。
中相の背後、瑛明の正面には竹簾がさげられた窓があり、広大な院子の一角が見渡せる。多種多様な花木が配された向こうには輝く池があり、その光に霞んで見えるのが本宅――眼前にいる当主の居所だろう。瑠璃の瓦と丹塗りの柱が、遠目にも鮮やかだ。
「モテそう」というのが、正面に座す人の第一印象である。
意志の強そうな目元が印象的な端正な顔立ちだが、自分より頭一つは大きいものの、大柄ではないことも相俟って、柔和な印象だ。
俺に似てるのか? よく分からんが。でも歳を取ってこの顔になるなら悪くない。
いわゆる、美男美女夫婦だったわけだな。いまや父娘みたいに見えてしまうけど。などと、とりとめなく考えを巡らせていた瑛明ではあったが――。
膝上で、ぎゅっと拳を握る。
いいかげん気まずいぞ、その視線。
いつまで見てるんだよ。取り繕い続けてきた神妙な面持ちが震えてきたじゃないか……。
そこでようやく、中相も瑛明の心持ちに気づいたらしい。
「ああ、これはすまない。何しろ初めて会うものだから」
「初めて?」
思わず問いかけて――しまった馴れ馴れしすぎた。緩んだはずの表情を再び硬くする瑛明に、中相は随分と砕けた笑みを見せ、
「そう固くならず。大変な一日だったようで疲れただろう。声も少し枯れているようだ。まあ、茶でも飲みなさい」
そう言って、自分も卓上の碗を手に取った。
つられるように瑛明も同じく茶を手にする。薄い青磁の器に満たされた、濁りない琥珀色の茶は温かく香る。優しい湯気に吸い寄せられるように口をつけると、清々しさの後から口中に広がる優しい甘さに心からほっとした。
「美味しい」
「それはよかった」
中相は目を細めてそう言うと、自らも一口茶を含んで口を湿らせから、茶碗を置いた。
そして語り始めた。
「もう十六年にもなるか。ちょうど今時分だ、玲華は出産のため里帰りしていた。つまり王宮に行っていた。降嫁が決まった際、『出産時は里帰りさせる』よう、当時まだご存命だった彼女の母、つまり大后様が強く望まれてな。玲華もそうしたがったし、先王からも重ねて依頼があったので帰したのだ。だが出産後すぐ君たちは姿を消した。だから私が君と会うのは、今日が初めてだ。生まれた子供が女児だったというのは聞いていたがね」
「女児」って。




