「詰問」
「どうして……」
先触れもなく、こんなところに――それはどうにか呑み込んだ。
「璃音は?」
瑛明は周囲に目を投げながら、院子に下りてきた王に近づいて、声を潜めて訊いた。すると王はさっと目を伏せ、
「そこまで、一緒だったけれど、用を思い出したから、先に行くようにと……」
そんなはずはない。
璃音が、この御方を一人でここに来させるはずがない。
目の前に立つ姿を改めて見た。
消えた語尾、気まずそうに伏せられた目――質すまでもない、嘘がつけない人なんだ、この人も。
お目付け役がいるとはいえ、以前よりはずっと会いやすくなっているのに。
璃音が譲歩しているのに、こんな勝手なことをしたら、二度と会わせてもらえなくなるかもしれないのに。
それくらい分かっているはずなのに、一体なんで。
嫌な予感がする。
「お茶の支度をさせましょう。依軒を――」
「いや」
「あ、あまりお時間がないんですね。では芳倫殿を呼んできます。三人で院子散策を」
瑛明はそう言って、渡廊に上がるため足早に王の脇を抜けた。
だが一段目に足をかけたところで、左袖を強く引かれる。
足を止めて振り返ったら、強い光にまっすぐに射貫かれた。
「好きなんだ、おまえが」
その声すべてを受け止めたとき、全てが止まったように思えた。
ただ――心音だけがうるさい。
揺るがない目がまっすぐに見つめてくる。握られた左袖に、いっそう力が籠められた。
「私はおまえと、ずっと一緒に居たい。おまえは――私のことをどう思ってる? 本当のことを、聞かせて欲しい」
だめだ、もう誤魔化せない。
強い眼差しに、思わずにはいられない。
今こそ、打ち明けるときだ。
――でも。
「瑛明さまー」
そのときだった。渡廊から大きな声が飛んできたのは。
左袖が解放され、瑛明は袖を引いてそちらを振り返った。目の先、腰ほどまである欄干に手をかけ、身を乗り出すようにして大きく右手を振る芳倫がいた。
「待ってて、今そちらに参りますわ」
そう言うと、彼女は渡廊を小走りにこちらへと向かってきた。
ほっとした。だけでなく、息まで漏れた。
瑛明は、そんな自分の無意識の行動に驚き、慌てて横に目を向ける。
王が目を伏せ、口元を唇を噛んでいた。
――違う、そんな顔をさせたいんじゃないのに。
瑛明が立つ階段近くに来たところで芳倫は足を止め、
「嫌だ、陛下もいらしたんですね。瑛明さまの陰で気づきませんでした、申し訳ございません」
「そう、陛下に言われて今、芳倫さまを呼びに行こうかと」
瑛明はにこやかにそう言いながら、同意を求める態で王を振り返った。だが、
「ああ」すっと横に流された視線。短い回答は、低い声だった。
瑛明は何かを払うように、明るい、大きな声を上げ、
「そういう芳倫さまは、どちらかへ向かわれる途中だったのでは」
「ええ。ちょうど瑛明さまのお部屋に行くところだったの。お見せしたいものがあって」
そう言うと、芳倫はその場で軽やかに一回転してみせた。小花を散らした上衣の青い袖と紅の長裙の裾が、ふわりと揺れる。
「家から新しい衣装が送られてきたから、瑛明さまに見ていただこうと。どうかしら?」
――陛下にお見せする前に、まずは俺の反応を――ということか。苦笑しながら、
「青の衣とはお珍しいですね。いつもの紅基調のお召し物は可愛らしいですが、今日のお召し物は大人な感じでいいですね、長裙と披帛の紅も映えますし。よくお似合いです」
「本当?」
疑念の態を装いながらも、その声は嬉々としていて、まんざらではない様子。
それを裏づけるかのように、芳倫はそのまま、くるっと軽やかに身体を反転させ、
「陛下、いかがですか?」
もう、屈託ない――としか言いようのない笑顔を向けて、芳倫は王にそう問いかけた。
王はただ無言で芳倫をしばし見つめていたが、ふっと小さく笑うと、
「芳倫は、いつもかわいらしくて……。いいな」
「陛下!」
真っすぐに届いた声は、璃音のものだった。
振り返ると、彼女が強張った表情で渡廊に立ち尽くし、こちらに目を向けている。
「では、私はこれで」
王はそう言うと、二人の脇を抜けて階段を駆け上がっていった。そのまま足早に真っすぐに渡廊を進み、待っていた璃音のところで足を止めた。何事か言葉を交わしている。その間、一度もこちらを振り返ろうともしなかった。
「どうなさったの? 怖い顔をして」
声にハッとした。
振り返ると、そこには芳倫が居た。
先ほどとは一転、声と同じく静かな表情で、ただまっすぐに瑛明を見つめている。
「何を考えていらっしゃるの?」
重ねられた問いは、いつにない低い声。
「え?」戸惑いが声になったとき、胸元に、軽い衝撃。鼻先を掠めた高髷から、甘い花の香りが、淡く立ち上る。
目を落とすと、すぐそこに芳倫の後頭部と、垂らした髪から覗く白いうなじが見えた。
「――私が、何も知らないとでも思っているの?」




